支持率7割、韓国・文大統領が進める「積弊清算」のゆくえは
昨年5月に就任した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領。2年目となる今も7割という高い肯定的評価を得ている。その原動力の一つが「積弊清算」だ。韓国は今年、どこに向かうのか。世論調査から読み解く。
年末年始の世論調査 19〜49歳では圧倒的支持
新年企画として、韓国メディア各紙では世論調査を行い、文在寅大統領の2017年を振り返った。支持率(肯定評価)については以下の表をご覧いただきたい。
多少のバラツキがあるが、60%台中盤から70%台後半までと、高い数字を維持している。就任直後の80%超からは落ち着いたものの、夏以降、特に下がってもおらず、安定している。
支持層については、選挙権のある19歳から49歳までが圧倒的だ。この世代はほとんどの調査で年間を通じ80%以上が肯定的な評価をしており、「鉄板」支持層といえる。
50代、60代となるにつれ否定評価が増えるが半数を超えることはなく、満遍なく支持を集めている点も見逃せない。保守層が厚いとされる慶尚道地域でも過半数以上の肯定評価を集めている。
なお、政党別の支持率も与党・共に民主党が50%前後を安定して確保している。2位の第一野党・自由韓国党の支持は12〜15%程度にとどまっている。3位以下は団子状態が続き、与党の一人勝ちが続いている。
支持の理由は?「積弊清算」とは何か?
気になるのは高い肯定評価の理由だ。ソウル新聞の調査では支持の理由について「国民との疎通」が38.1%、次いで「積弊清算」が23.4%としている。
この二つは2017年の文政権を振り返る上で欠かせないキーワードだ。文大統領は昨年5月10日の就任直後から、国民やメディアと最小限の疎通しか行わなかった前任の朴槿恵(パク・クネ)と明確な差別化を行った。
5月18日の光州民主化運動記念行事で、遺族を抱きしめる姿、6月25日の朝鮮戦争(1950〜53)参戦軍人慰労宴では、参戦軍人一人ひとりに頭を下げる姿がメディアで大きくクローズアップされたことは記憶に新しい。
一方の「積弊清算」。これは日本ではなじみの薄い言葉ではないだろうか。「積弊」とは何か。文字の意味は「過去に積み重なってきた悪弊」のことだ。
韓国の政界では、これまで25年以上、時の大統領や政治家によって使われてきた。過去のあらゆる不正腐敗を批判(否定)し、自身の正当性を主張するための表現といえる。
「積弊の徹底した完全な清算」は、昨年7月に文在寅政府が発表した国家ビジョン「国民の国、正義のかなう大韓民国」を実現するための100大国政課題のうち、1番目に挙げられている。
これに伴い、昨年8月、与党内に「積弊清算委員会」が設置された。
同会は「崔順実(チェ・スンシル)による国政ろう断」、「検察制度改革」、「李明博大統領時代の四大河川工事」、「防衛産業における非理(汚職、不正腐敗)」、「文化芸術界のブラックリスト(政権に批判的な人物への不利益)」、「資源外交(莫大な赤字)」などを点検することを目的としている。
過去の朴槿恵・李明博政権に疑わしいとされた全ての弊害を捜査し、問題が見つかる場合には清算するというのが、文在寅政権が進める「積弊清算」の実像だ。
「積弊」の範囲は行政、情報、産業、環境、労働、教育、文化体育などあらゆる分野にまたがっている。韓国の通信社「ニューシス」によると、現在、29の政府部署に39の積弊清算委員会が設置されている。
実際に国防部、文化体育観光部、警察庁、国家情報院などでは検証結果や改革方案を続々と発表している。
例えば、過去に政権に批判的な民間人を査察していたことなどが問題になった国家情報院は、今後「対外安保情報院」に名を変える。国内部署を整理し、予算の運営も透明に行うことを含めた改革案を発表し、法案を国会に提出している。
しかしこうした「急激」とも取れる改革に対する政界の反発は少なくない。特に、矛先が向きがちな旧与党・自由韓国党は頑強に抵抗している。
同党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表は2日、「党の常任顧問たちは積弊精算委員会が人民委員会のようだと言っている」と反感を露わにした。
人民委員会とは1945年8月15日以降、全国に広まった民間組織。「左翼傾向が強い」というレッテル貼りとも受け取れる。
積弊清算を支持する市民
一方、市民の多くは積弊精算を支持している。冒頭の表のうち、3社が「積弊清算を2018年にも続けるべきか」を聞いた。
KBS(韓国放送公社)の調査では50.0%が「今よりもより強く進めるべき」し、「今と同じ程度に進める」と答えた人も21.9%にのぼった。実に7割以上が追及の手を緩めない考えだ。「鉄板」支持層である19〜49歳では85%に肉薄する高い支持を得ている。
東亜日報では「文在寅政権が進める積弊清算についてどう思うか」という質問に対し、56.2%が「特に期間を設けず続けるべき」と答えた。一方、34.6%が「年内(2017年)に早急に終わらせなければならない」としている。
ソウル新聞では、よりストレートに聞いている。「文在寅政府が進める積弊清算について『徹底的に進めるべき』という意見と『前政権への政治報復であるため中断しなければならない』という意見があるが、どう思うか」という質問だ。
これに対し、66.0%が「持続的に進めるべき」と答え、23.7%が「中断すべき」と答えた。
ケーブルテレビ局のJTBCでは「文在寅政権が進めている李明博・朴槿恵前政権当時の青瓦台、国家情報院、軍に対する捜査についてどちらの考えにより近いか」という質問を用意した。66.4%が「積弊清算」と答え、22.5%が「政治報復」とした。
この上に、2018年の韓国社会のテーマとして積弊清算が上位に入っている。
ソウル新聞の調査の「2018年に韓国社会で最も重要な価値」でも1位の「経済成長(30.2%)」に続き、「積弊清算(25.7%)」は2位に入っている。
テレビ局MBCの「新年の国政課題」でもやはり1位の「経済成長(20.4%)」続き「積弊清算(18.3%)」は2位となっている。
付言しておくと、実際に調査を行っているのはメディアではなく、メディアから発注を受けた世論調査会社だ。メディアの信頼度と世論調査の信頼度は別である点を強調しておきたい。
専門家に聞く…「改革への疲労感」は無い
文在寅大統領の高い支持率、そしてその原動力の一つである「積弊清算」との関係について、韓国政治に詳しい専門家に聞いた。
韓国政治に詳しい気鋭の政治学者として知られる李官厚(イ・グァンフ)西江大現代政治研究所研究教授は「今は『司正(間違った点を正すこと)』が実行中の段階」と診断する。以下は電話インタビューでの一問一答。
−文在寅政権の支持率は年末まで下がらなかった
“このまま、6月の地方選挙まで維持されると思われる“
−「安定している」と考えて良いのか
“「安定」とは思わない。今の所は「司正」が機能している段階と見る。政府機関が自主的に過去の問題を捜査し、正そうとしている。さらに文在寅大統領と、青瓦台の個人的なパフォーマンスも効果がある”
−「積弊清算」の効果があると
“そうだ。非正常を正し、不正腐敗を清算しようという枠組みが作動している。4大河川工事や、資源外交など、当時の政権下でも批判の多かった政策について真相を究明していることが高い支持率につながっている。方式も国民の意見を吸い上げる方式でやったのが良かった。「光化門一番地」や「国民請願」などが機能した。
−「前政権への政治報復」では無いと?
“そうだ。無理やり改革をしている訳でなく、透明性に欠ける分野での改革、実際に不満のある分野での改革をしようとしているため、支持につながる。従来の政権にあった「改革への疲労感」がない。国民の多くは政治的な透明性を確保するために、過去の不正を根こそぎ取り払おうとする動きと見ていて、政治的報復と受け止めていない。
−「安定ではない」とした。理由は?
“国会運営がうまくいっていない。12月の国会でも改革法案の立法を行えなかった。司法改革の目玉の「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」設置法案などが宙ぶらりんになっている。議会運営は依然として課題になったままだ。
文大統領の新年辞「間違いを正すのは政権のためではない」
文在寅大統領は1月2日、青瓦台(大統領府)で行った新年の挨拶会の席で「新年の望みは『国民の安全』と『朝鮮半島の平和』だ」と明かした。
その上で、「国を国らしく作ること、間違った制度と慣行を正すことは政権(維持)のためではない。韓国の根幹をしっかりと立て直すことであり、国民が国家と政府、ひいては韓国の共同体を信頼できるようになること」と強調した。
これは明確に「積弊清算は前政権への政治報復だ」という、野党をはじめとする一部の反発を意識したものだ。
日本では「積弊清算」が単純な「政治報復」であると受け止められるフシがある。「いつものことだ」という論調だ。確かに、外見上はそう映ることもあり、判断は簡単ではない。
しかし、韓国市民の多数はそう受け止めていない。韓国の不平等、両極化を招いた原因を、根こそぎ改革することを望んでいるという点は押さえておきたい。始まったばかりの改革がどんな形で可視化され、機能するのか。まだその姿が見えてこないにしても。