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「大谷選手と同じ犬種が欲しい」にちょっと待った!多くのセレブが里親に...米ペット事情

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
飼い犬のイメージ写真。(写真:アフロ)

メジャーリーグ史上初、2度目の「満票MVP」を受賞した大谷翔平選手。MLBの番組出演中に隣にいた可愛い犬も話題沸騰となり、Xでは「大谷の犬」というワードでトレンド入りした。

専門家による情報では、犬種はオランダ原産のコーイケルホンディエ(Kooikerhondje)という。映像の中で大谷選手は犬にキスしたり、日本語で「もうちょっとさ~頑張ろうよ~」と優しく問いかけたりしている。この犬が彼にとって相当身近な存在で、可愛がっている様子が窺える。

ファンの間で「誰の犬?」「代理人の犬か?」など憶測が飛び交う中、「テキサス州のコイケル専門のブリーダーが大谷選手に引き渡したと聞いた」という噂レベルの報道も目にした。

当のMLB公式動画やサイトでは「Ohtani's dog」「彼の子犬」「彼のパートナー」と表現されている。これが「大谷選手が飼っている犬」を意味するかは不明だが、その可能性は大いにありそうだ。大谷選手は小学1年生からゴールデンレトリバーを飼っていたことで有名だ。犬との生活が懐かしくて再び飼い始めたというのはあり得ることだろう。

アメリカの筆者の周りでも特に愛犬家がこの話題に着目した。ほのぼのとした微笑ましい様子が好意的に受け止められたのかと思いきや、実は少しざわついているのだ。どうも「ブリーダーに同種犬の予約殺到」「ペットショップに問い合わせ急増」という不穏な動きがあると、動物保護活動家の耳朶に触れたらしい。

ある犬種が何かのきっかけでいきなり注目の的になるーー。これはよくあることだ。日米で大人気の大谷選手の影響力を考えるならば「予約殺到」という現象が起こるのは無理もない。

一方で、これは同種のペットにとって不幸の始まりという危険性も孕んでいると言えるかもしれない。

「保護犬」が注目されていたら...

「もし大谷選手の犬が『保護犬』で、あのような多くの人に注目される場で周知されたら良かったのですが...」

全米や自治領プエルトリコで遺棄された犬の保護団体、ザ・サトウプロジェクトなどにボランティアとして参加し、アメリカでの犬猫のレスキューやアニマルシェルター事情に精通する松村京子さんは肩を落とす。

アメリカでは子犬を乱繁殖させる劣悪な生産場、パピーミル(Puppy mills)が、動物保護団体や活動家から問題視されている。パピーミルやペットショップにとって子犬は高額で売れる「商品」、言わばドル箱だ。人気の犬種を産ませるだけ産ませ、産めなくなった母犬や売れ残りの子犬の多くは安楽死させられる。またペットショップで犬を買った人が、犬のいたずらに手を焼いたり、引っ越しや子どもの誕生など生活の変化によって飼育放棄(遺棄)するケースも後を絶たない。捨て犬は運が良ければ次の里親の下に行くが、信じられない数のペットがシェルターで一時保護後に殺処分の対象となっている。

筆者は以前、アメリカ動物虐待防止協会(ASPCA)が運営するアニマルシェルターを取材したことがある。引っ越しシーズンは犬猫を一時保護するケージを置くスペースが足りず、廊下まで置かれる始末だった。どの子も狭い檻の中から「助けて」と言わんばかりに悲痛な叫び声を上げていた。ASPCAによると、毎年アメリカでは630万匹(犬310万匹、猫320万匹)がシェルターに収容され、里親に引き取られるのは約410万匹。一方、殺処分されているのは92万匹(犬39万匹、猫53万匹)にも上る。

「『犬を買う』人がいる限り、この負の連鎖を断ち切れないんです」と松村さん。一方で、アダプション(里親による引き取り、保護犬の譲渡)は複雑な面も持ち合わせているという。松村さんによると「遠征で自宅を離れることが多い大谷選手くらい忙しい人は、アダプションの審査に通りにくいんです。パピー(子犬)ともなればなおさら」と実情を話す。「それでも大谷選手ほどの影響力のある人なので、話題のあの犬はできれば『保護犬』であってほしかったです」。

NY州ペットショップ 来年から犬猫を販売禁止に

状況を打破しようと、近年アメリカでは「ペット販売を法律で禁ずる」動きがある。カリフォルニア州やイリノイ州などのペットショップでは犬猫の店頭販売が禁止され、来年から新たにニューヨーク州も加わる。ペットを「売らない」ムーブメントはフランスでも同様だ。

前述の報道の通り、あのコーイケルホンディエは(大谷選手の犬だと仮定すると)ブリーダーから来た可能性が高く、保護犬の可能性は低そうだ。

ここで、以前筆者が取材した犬の保護団体スタッフの言葉を思い出す。彼らはこのように言っていた。

「ペットを飼う場合、アニマルシェルターや保護団体でのアダプト(保護犬の里親になること)を推奨。血統書付きの犬にこだわるなら愛情を持ってきちんと育てる環境を整えたブリーダーを利用して」

「その犬がどこから来て、親犬がどのような環境で生活しているのかまで確認してほしい」

「大谷選手の犬の犬種の需要が高まっていて値段も上がるから、業者が同じ犬種をどんどん繁殖させるようになる。これが問題なんです」(松村さん)。悲しいことに、犬を買う人がいる限り、産ませるという悪循環を止めるのは容易ではない。

人気急上昇の犬種がこれから乱繁殖されていくだろうと考えると、「ペットショップで犬猫を買わない」をもっと周知するため、社会に影響力がある人の力は必要だ。

「アメリカでは、お金持ちで教養のある人であればあるほどアダプトに積極的なんです」と松村さん。

調べると、確かに保護された動物をアダプトした有名人やセレブは、オプラ・ウィンフリー、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェニファー・アニストン、アリアナ・グランデ、エド・シーラン(イギリス人)、リーヴ・シュレイバー、クリス・エヴァンスなど、たくさんいることがわかっている。

保護犬をアダプトした米セレブ

特筆すべきは、アリアナ・グランデの活動だ。大の動物好きとして知られるアリアナは保護犬を含む10匹以上の愛犬と暮らしていると発表されている。20年にはロサンゼルスに動物の里親を探す保護団体、オレンジ・ツインズ・レスキューを共同で開設したほどだ。

バイデン大統領夫妻やメーガン・マークル夫人もアダプトしている(していた)ことで知られる。こちらは(残念だが)さまざまな事情で途中で手放すケースになっている。

バイデン大統領

08年から13年間、ジャーマン・シェパードを飼っていた。さらに18年、同種犬をデラウェア州のアニマルシェルターから引き取った。だがこの犬が21年、ホワイトハウスのシークレットサービス職員に噛み付き、怪我を負わせる騒動が発生。犬は騒動後もホワイトハウスに戻されたが、犬の専門家からより静かな環境に移した方が良いとアドバイスされ、該当の犬は「ここには住まなくなった」と発表。同年に贈られた別の同種犬も職員を噛み、今年10月「職員の安全のためホワイトハウスからremovedされた」と報じられた。犬の行き先については言及されていない。

メーガン・マークル

独身時代から保護犬2匹との生活が話題だったが、うち1匹(ラブラドールとシェパードのミックス)がパパラッチの影響か攻撃的になり、ヘンリー王子との結婚でロンドンに移り住む際に「手放した」という。王子の自伝『スペア』に「その犬は近所の友人が保護に同意してくれた」とある。22年夏以降、その犬ではない別の犬が加わり、3匹の保護犬と暮らすようになったと報じられている。

「ペットは『買わない』をもっと多くの人が知ってほしいです。また、飼うなら飼うで生涯添い遂げる心積りで」。松村さんはそう願う。

悲しいペットの現実がある中、人は今も買い続ける。そんな世の中に対して、大谷選手ほどの影響力がある人が「雑種の保護犬の可愛さ」をアピールしてくれるならば、世界は今より少し違った方向にいくかもしれないと考えてしまう筆者であった。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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