森会長辞任は女性蔑視だけでなく民主主義の問題を突き付けている
フーテン老人世直し録(564)
如月某日
森喜朗東京五輪組織委会長は、日本が女性差別国家であることを世界に発信したのに続き、今度は辞任表明と共に後継を指名するという中華王朝の「禅譲」を真似た手法によって、日本が民主主義の国ではないことも世界に知らしめた。
森会長の辞任表明が伝えられたのは11日の午後である。すると夕方には川淵三郎東京五輪選手村村長がメディアの取材に答え、森氏から後任を頼まれた経緯を語った。本人は固辞するつもりだったようだが、涙ながらの話にもらい泣きし、組織委会長の職を引き受けたという。
まるで浪花節の世界を見るようでフーテンは愕然とした。川淵氏はさらに「森さんには相談役になってもらいたい」と言った。それを聞くと何のことはない、辞任表明と言いながら、森氏は川淵氏を表紙にして自分は影の会長になろうとしている。そんな話が通用すれば、日本は世界中から民主主義国と看做されなくなる。恐ろしい話が始まったと思った。
一夜明けて、川淵氏が会長になる話は白紙撤回された。さすがに政府与党からもスポンサーからもおかしいと思われたからだ。そのため森氏の会長辞任表明だけが組織委員会で行われ、後任の会長を選ぶための選考委員会が組織委員会の中に作られることになった。
ぎりぎりのところで民主主義的手続きの採用となったが、この混乱がすんなり収まるかどうかはまだわからない。辞任表明に際しても森氏は「女性蔑視」と指摘されたことに不満の様子を見せた。2020東京五輪には呪いがかかっているとフーテンは書いてきたが、森氏の辞任で呪いが解ける保証はない。
森氏がなぜ民主主義的手続きを取らずに、密室で後継者を決めようとしたのか。なぜ中華王朝の「禅譲」という手法を真似ようとしたのかを考える。
民主主義社会における権力の移行の基本は選挙による。そして権力の移行は平和的に行われるのが前提だ。投票結果を力で覆せば民主主義は成り立たなくなる。従って権力を得ようとする者は投票者の支持を得るために努力し、選挙結果を尊重する。
ところが森氏が最高権力者の地位を手に入れたのは選挙によってではない。2000年4月に小渕恵三総理が急死したため、森幹事長の他、青木幹雄官房長官、亀井静香政調会長、野中広務幹事長代理、村上正邦参議院会長の5人がホテルに集まって後継問題を話し合い、村上氏が「あんたがやればいいじゃないか」と森氏に言ったことが決め手になった。
「5人組による密室の談合」と言われ、選挙によらない森総理の誕生は初めから国民に人気がなかった。そのため政権は短命に終わるが、しかし続く小泉、安倍、福田政権の後見役として森氏は影の権力を強めていく。その延長上で東京五輪組織委会長という念願のポストを手に入れた。
これまで日本で開かれた東京五輪、札幌五輪、長野五輪の組織委会長は、安川第五郎、植村甲午郎、斎藤英四郎といずれも経済界の大物である。2020年東京五輪招致の先頭に立った猪瀬直樹東京都知事は、トヨタ自動車の張富士夫会長を組織委会長に就任させようとしたことで森氏と対立したと語っている。
すると徳洲会事件が起きて猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、御手洗富士夫元経団連会長も固辞したため、意欲を示していた森氏が組織委会長に就任した。アベノミクスの4本目の矢として招致活動を積極的に行った安倍総理の後押しがあったことも間違いない。
従って森氏は「密室」で決めることに何の躊躇もない。国民の反応とか世論は目に入らない。「国民は寝ていてくれればいい」と思っている。権力中枢部の根回しさえうまくやれば、自分が総理の座を獲得できたようになると思っていたに違いない。
IOCのバッハ会長は女性との共同会長案を提示したようだが、森氏にとってそれは絶対に受け入れられない。面子の問題もあるだろう。また組織には必ず表の部分と裏の部分とがあり、会長としての8年間に自分以外には知られたくないことが数々ある。わきまえない女性が共同会長になったらとんでもないことになると考えたはずだ。
川淵氏なら気心が知れている。2005年に設立された「一般社団法人日本トップリーグ連携機構」の会長を2015年に川淵氏に交代し、五輪選手村の村長にもなって貰った。そして川淵氏なら裏から操れる。それが密室で川淵氏を後継者にしようとした理由だと思う。
中華王朝の「禅譲」を真似たのは森氏が初めてではない。自民党の歴史の中で初めて「禅譲」を言ったのは中曽根元総理だ。次に安倍前総理が岸田文雄氏に「禅譲」するという話が飛び交った。そして今度は総理の座ではないが、森氏が川淵氏に組織委会長の座を「禅譲」しようとした。そこに共通するのは何か。
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