女子でも、硬式でなくても、白球に懸ける思いは変わらない。中京大中京女子軟式野球部の挑戦
試合に出られる場を与えたいと女子軟式野球が発足
今夏、「全国高校女子硬式野球選手権大会」の決勝戦が、史上初めて聖地・甲子園で開催された。女子野球にとってエポックメイキングな出来事であったが、その陰でひっそりと中止になった、もう1つの高校女子野球の全国大会があった。「全日本女子軟式野球学生選手権大会」である。コロナの影響を受け、昨年に続いて2年連続の中止となった。
全日本女子軟式野球学生選手権大会―。一般的には知る人ぞ知る大会であろう。始まったのは2003年。高校女子硬式の選手権がスタートした6年後である。第8回までは「全国高等学校女子軟式野球選手権大会」という名称だったが、第9回大会からは中学の部を統合。「全日本女子軟式野球学生選手権大会(中高生の部)」として実施されている。
中高生の部に加盟しているのは全国で64チーム。ただし女子軟式野球部がある高校はわずか3校のみ。高校女子の硬式(今年8月現在、43校+1チームが加盟)と比べると、高校女子の軟式はマイナーな存在であることは否めない。
こうした中、男子の高校球児と同じように野球への情熱を燃やし、硬式でプレーする高校女子の選手たちに負けず劣らず、厳しい練習に取り組んでいるチームがある。前回大会(2019年)で準優勝した中京大附属中京高等学校(以下、中京大中京)の女子軟式野球部だ。
中京大中京と言えば、高校野球ファンには馴染み深い校名だろう。前身の中京商時代から名門で、春は4度、夏は7度の全国優勝を達成。甲子園での通算勝利数は136である(春、夏とも1位)。その中京大中京に女子軟式野球部が誕生したのは2015年。立ち上げたのは現監督で、硬式野球部の副部長を兼務する土井和也先生だった。
「もともと軟式野球部には女子部員がいたのですが、『高体連』(全国高等学校体育連盟)が主催する春の大会には出られても、夏は主催が『高野連』(日本高等学校野球連盟)になるので、女子は出場できません。軟式を指導していた時、夏はスタンドで応援するしかない女子部員を見てきたのもあり、女子軟式の部を作ってほしいと学校にお願いしたのです」
飛びにくい軟球でも全員がホームランを狙う
土井監督は高校時代、公立の豊田西高で遊撃手としてプレー。中京大中京や愛知工業大学名電高など「私学4強」が鎮座する愛知にあって、3年夏(2005年)は4強に進出した経験を持つ。
1年目こそ3チーム総当たりの東海大会で最下位に終わったものの、女子軟式の強豪と呼ばれるまでに時間はかからなかった。2年目からは全国大会へ。5年目には全国制覇まであと1勝と迫った。
高校卒業後は軟式に転じ、豊田市の一部リーグで活躍した土井監督。“軟式特有の戦い方”をよく知るが、それを選手には求めていない。
「点が入りにくい軟式では、好機では叩きの打撃(バットを上から叩いて高いバウンドのゴロを打つ)をするのが主流ですが、そういう野球はしたくなかったんです。ガンガン打って得点する、一番から九番まで全員がホームランを打てるチームを目指しています」
そこには「野球の醍醐味でもある、遠くへ飛ばす楽しさを味わわせてあげたい」という思いもある。とはいえ、女子が硬球より飛びにくいとされる軟球で、ホームランを打つのは簡単なことではない。選手たちはパワーをつけるためにウエートトレーニングにも励み、体を大きくするために毎日、ずっしりと重たい弁当を平らげる。こうした成果で7人いる今年の3年生もほとんどが、「柵越え」のホームランを記録した。
中学時代はソフトボール部に所属していた川﨑玲菜(れいな、3年)は「中学ではもっぱらミート打法だったので、フルスイングできるようになるまで時間がかかりましたが、柵越えを打った時の感触は忘れられません」と話す。
中京大中京では女子軟式も、硬式と軟式の野球部と同じ敷地内で練習を行っている。名門の硬式野球部と同じところというのは、「重圧になっているところもある」(土井監督)が、それが練習での緊張感を生み、「中京大中京プライド」を育んでいるようだ。
どん底の状況でもカッコ良くありたい
中京大中京女子軟式野球部が、スローガンとして掲げているのが「Play SMART」。土井監督が考案したもので「“常にカッコ良く振る舞うことが、個人やチームの成長を促す”という意図があります」。例えば、試合ではあらゆるケースを想定し、賢く抜け目なく。ミスをしたとしても、動揺することなく淡々と。これがモットーだ。
「Play SMART」の体現を目指してきた3年生が“試された”のが、2年連続で全国大会の中止が決まった時だ。6月下旬、選手たちは土井監督から“日本一になる”という大目標が失われたことを告げられた。
副主将の紀美帆(き・みほ)は「その瞬間、それまで張ってきた気持ちがプツンと切れました」と振り返る。高校から野球を始めた前田汐帆理(しほり)は「心の支えとしてきた目標が急になくなり、どうしたらいいかわからなくなりました」と明かす。
立ち直るには時間がかかった。
もう全国大会はないのだから、このまま引退しようか…
不公平感も芽生えた。
コロナ禍でも行われる大会はある。なぜ自分たちは…
目標がなくなった喪失感はあまりにも大きかった。それでも、選手間で話し合いを繰り返し、土井監督からは「最後まで一緒にやろう」と言葉をかけられた中で、少しずつ切り替えていく。紀は「悲観ばかりしていないで、自分たちができることをやるしかないと思ったんです」と、花木彩華(あやか)は「支えてくれた親のためにも、という思いもありました。毎日朝早くからお弁当を作ってくれたり、自主練習にも付き合ってくれたので」と話す。
最後の最後まで、人としてカッコ良くありたい―。「Play SMART」の精神に立ち返った3年生は全員が東海地区予選リーグに出場。全国大会には紐づけされていなかったが、そこで全力で戦い、優勝を飾った。目標は失われても、2年半で培ったものを全て出し切った。
2年連続の全国大会中止を受けて、中京大中京女子軟式野球部が力を入れ始めたことがある。それは女子軟式野球の知名度を高めることだ。軟式でも硬式と同じように、女子でも男子と同じように、真摯に野球と向き合っていることを知ってほしいと。SNSなどを使いながら、積極的に情報を発信。広報活動を行っている。
一方で、土井監督は「知名度を高めるには、卒部生のその後の姿も大事になる」と考えている。
「部員たちが卒業後、周囲からどう評価されているか。これがそのまま女子軟式野球の評価につながるからです。1人1人が認められる存在になることも、1つの広報活動だと思います」
女子野球が発展してくための問題も提起している。切実なのは、試合を行うグラウンドになかなか更衣室がないこと。もっともこれは女子野球に限った話ではなく、他競技でも女子はトイレで着替えている、という話を聞く。女子アスリートの更衣室問題はスポーツ界全体の問題であり、その改善が望まれる。
2年半で培ったものを自分たちの言葉で伝える
8月28日―。3年生部員に大きな機会が訪れた。「夏のオンライン甲子園大会2021」への出場である。3回目の開催となったこの大会が始まったのは、コロナ禍で春のセンバツに続き、夏の選手権も中止になった昨年。大会実行委員長の川島敏男氏が中心となって、「目標」である甲子園は失われても、高校野球の「目的」は失われていないという信念のもとで立ち上げた。
どのように高校野球と向き合ったか、プレゼン形式で発表するこの大会は、順位も競う。今年3月には第2回大会を実施。集大成の夏に向けて、秋から春までの取り組みを振り返りつつ、“決意表明”をする「春のオンライン甲子園大会2021」が行われた。
<参照> コロナ禍で行われた新しい取り組み。高校野球の目的を問う「夏の甲子園大会オンライン」とは?(上原伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/ueharashinichi/20200920-00198996
5人の3年生部員は10分間のプレゼンの中で、大会ルール(3分間で学校・野球部紹介でチームの目的と目標を明確にする/チームとして成し遂げたこと、悔しかったこと、これからの夢を明確にする)を踏まえながら、いかに「Play SMART」を体現してきたか、視聴者と(プレゼンの評価をする)選出委員に伝えた。
<参照>プレゼンの様子
(2021)中京大学附属中京高等学校【オンライン甲子園第6試合】
冒頭で大目標としてきた全国大会が2年連続で中止なったショックを伝えたプレゼンは、見る者の心に刺さった。そして、女子軟式野球に全てを懸けた部員たちの2年半の歩みは共感を呼んだ。中京大中京女子軟式野球部は、書類選考による予選を通過した学校を含む7校の出場校のうち、最高の評価を獲得。初出場で優勝を果たした。川島委員長は「日頃の姿に裏打ちされた質の高い内容が、大人たちを素直に感動させた」と総評する。
大会実行委員として中京大中京女子軟式野球部をサポートした髙橋陽子氏は、プレゼンの裏側をこう話す。
「もともと構成は、プレゼンと動画使用の割合が半々だったのですが、ライブのプレゼンを多めにしたほうが伝わるのでは…とアドバイスしたところ、大会直前になって、彼女たちの意思で、言葉で伝えるパートを増やしたのです」
3年生部員には「夏のオンライン甲子園大会2021」に臨むにあたり、並々ならぬ意気込みがあった。花木は「リアルな全国大会では日本一になる機会が失われましたが、ここでは必ず日本一になろうと挑みました」と全員の思いを代弁する。
プレゼン内容を詰める作業は、中京大中京女子軟式野球部での2年半で培ったものを探る「旅」でもあった。前田は「伝えるべきことを文章や言葉にしたことで、あらためてそれが何か、はっきりとわかりました」と言う。
「夏のオンライン甲子園大会2021」後に引退試合が行われ、7人の3年生部員はひとまず軟式野球に別れを告げた。だが、「Play SMART」の精神はしかと心の中心に刻まれている。それは体育の先生、プロ野球の球団職員、トレーナーといった、それぞれの将来の目標に向けての強みにもなるはずだ。