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代替出場から歴史的勝利投手へ。野球の神様が用意した真夏のサプライズ物語。

一村順子フリーランス・スポーツライター
ア・リーグの二番手として救援した田中(9日、プログレッシブ・フィールド)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 日頃、信心深い方ではないが、“野球の神様”は信じている。そして、今年の第90回MLBオールスター戦が開催された7月9日(日本時間10日)のクリーブランドには、確かに、神様がいたように思った。

 辞退選手の代替として球宴出場が決まったヤンキースの田中将大投手。開催前日8日に乗り込んだクリーブランドは、奇しくも、6年前の同じ日、新人右腕が登板後に右肘の異常を訴えた場所だった。選手間投票1位で選ばれていた同年の球宴出場を辞退することに至った因縁の地だ。以降、選手生命の危機を乗り越え、2017年には、地区シリーズ第3戦で王手を掛けていたインディアンスに7回完封勝ちするなど、大活躍した同球場。今季は、前半戦5勝5敗と勝ち星は伸びない中でも、クオリティースタート(6回以上3失点以下)を重ねて、メジャー6年目で初舞台を踏んだ。

 直前でのサプライズ選出に「やっていればいいこともあるんだと思った。それは、色々と経験して分かっていることだけど、更に、実感する」と感慨深げだった田中。だが、時間と場所の巡り合わせは、神様が用意した舞台設定に過ぎない。シナリオはその先、更に展開する。

 

 0−0で迎えた二回、先発バーランダーに続いて救援登板した田中は、ツーシーム以外全ての持ち球を散りばめ、持ち味を発揮。前半戦30発のベリンジャーを空振り三振に斬るなど、打者4人に1被安打無失点。試合は二回に先制したア・リーグが最後までリードを保って、4−3で逃げ切り、田中に日本人初となる球宴勝利投手が転がり込んできた。

 

 今季、勝利投手の権利を持って降板しても、救援投手が打たれて“白星スルリ”を5度経験した田中が、わずか17球で歴史的勝利をゲット。代替出場の背景もあり、「田中も投げたんだ、くらいの空気でいい(笑)」と控え目な抱負を語り、「自分のキャリアに1ページを」とあくまで個人的に捉えていた球宴で、図らずも、日本人メジャーの歴史に新たなページを刻んだのだから、神様のシナリオは手が込んでいる。

 もちろん、準備を怠っては、神様の恩恵は受けられない。「バッターはシーズン中よりアグレッシブになると思うから、ストレートに近い起動で打ち気を逸らすボールを」。公算に基づいた戦略。持ち味を凝縮させた投球が報われた。

 「(選出候補)リストに残っていたのも、誰かがみてくれていたからだと思うし、そういうことがあるということは、これからも、結果が出ようが出まいが、自分がやれることに集中して、修正を重ねていくことは、変わらないのかなと思う」

 望んで、狙って、奪いに行っても、白星が逃げるのが野球なら、予想だにしない展開で勝ちが転がり込むのも、また、野球。「バトルし続けていきますよ。自分の課題に対しては」。夏祭典が終わり、田中はまっすぐに後半戦を見据えている。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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