カショギ氏暗殺は百年前に匹敵する世界史の大変化を招くか?
フーテン老人世直し録(399)
神無月某日
米国に亡命しサウジアラビア政府を批判していたジャマル・カショギ氏が、今月2日にトルコのサウジ総領事館で殺害された事件は、イスラム世界で覇権を争うサウジ、トルコ、イランのパワーバランスを変えるだけでなく、米国、ロシア、中国を巻き込み世界史を大きく変える可能性がある。
そう思うのはデビット・リーン監督の映画『アラビアのロレンス』を見過ぎたせいかもしれない。主人公の英国将校T・E・ロレンスは第一次世界大戦に従軍し、中東戦線でオスマントルコ帝国と戦うため、アラブの諸部族を糾合し「アラブの反乱」を起こす。映画はアラブの独立を願い裏切られていく悲劇を美しい砂漠の映像と共に描いた傑作だった。
現在、カショギ氏の殺害情報を巧みにリークしながら、世界のメディアを先導しているのはオスマントルコの末裔であるトルコ共和国のエルドアン大統領である。そして追い詰められているのは「アラブの反乱」で立ち上がった部族の末裔サウジアラビア王国である。
第一次世界大戦は、それまで世界に君臨した大英帝国を没落させ、代わって米国を世界の主導国家の地位に就けた。またロシア帝国では革命が起こり初の共産主義国家ソ連が誕生した。世界史に大きな構造変化を起こさせ帝国主義の時代を終わらせた第一次世界大戦は今から百年前の1918年11月に休戦した。
その後、20年ほどで米英ソの連合国と日独伊の枢軸国が再び第二次大戦を戦うことになり、連合国が勝利すると、世界は米国が主導する資本主義陣営とソ連が主導する共産主義陣営の東西二つに分かれた。
東西冷戦の時代、ソ連に隣接するトルコは「反共の防波堤」として西側陣営に組み込まれ対ソ軍事同盟NATOの一員となる。厳格なイスラム原理主義のサウジは反共の立場から親米国家となり、ペルシア帝国の末裔であるイランも親米政権が支配した。
しかし国民の支持を失ったイランの親米政権は1979年の「ホメイニ革命」によって倒れ、イランは一転して反米国家となる。またイランは宗派の違いからサウジとも激しく対立する。
1991年にソ連が崩壊して冷戦が終わると、トルコはNATOの一員でありながらロシアや中国とも軍事協力を行う。また米国から経済制裁を受けたイランもロシアと中国寄りになった。従って米国にとってサウジはイスラエルと同様に極めて重要な同盟国である。
特にトランプ政権が誕生すると、大統領の娘婿であるクシュナー氏がサウジのムハンマド皇太子と特別に親しく、またユダヤ教徒であることからイスラエルと一層の接近が図られた。その一方で、サウジやイスラエルと敵対するイランには経済制裁の強化、トルコには関税引き上げなど厳しい措置が取られた。
米国は「ホメイニ革命」以来、イランへの経済制裁を続けてきたが、イスラエルやサウジがイランの核開発疑惑を問題視すると、2006年から国連決議による制裁の強化が図られた。しかしオバマ政権は2015年に米英仏独中露6か国の枠組みで査察強化などを条件に経済制裁解除を合意する。
ところがトランプ政権は今年5月に6か国合意から離脱、制裁を再開すると共にこの11月からはイラン経済の屋台骨である原油取引も制裁対象にする。イラン産原油が市場から消えればイランは経済の命綱を断たれ世界経済も混乱する。
一方のトルコでは、エルドアン大統領の政敵が米国に亡命し米政府の保護下にある。エルドアンはその人物を2016年に起きたクーデター未遂事件の首謀者と見て身柄引き渡しを求めているが米国は応じない。するとエルドアンはトルコ在住の米国人牧師を諜報容疑で拘束した。
拘束されたのはトランプの支持基盤であるキリスト教福音派の牧師である。トランプは今年8月にトルコに対し鉄鋼とアルミの関税を2倍に引き上げた。そのためトルコリラは大暴落、トルコは経済破たん寸前に追い込まれる。そこにカショギ氏の殺害事件が起きたのである。
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