「インスリンは毒」自称祈祷師がもたらした男児の死 知ってほしい医療の進歩と限界
栃木県で、「治療」と称して1型糖尿病の患児(当時7歳)にインスリンを投与させずに死亡させたとして、殺人罪に問われた男性の上告審に関する報道がありました。
報道によれば、被告側の上告は退けられ、懲役14年6カ月が確定するようです。
「祈祷師」を自称した被告は、「インスリンは毒」「従わなければ助からない」と説明し、母親は「わらにもすがる思いで、難病治療を標榜する被告に治療を依頼した」とされています。
弁護側は、「インスリンを打たないと決めたのは両親で、治療費を受け取った被告が死をやむを得ないと考えるはずがない」と無罪を主張していました(1)。
しかし、我が子を救いたい、病気を完治させたい一心で被告に従った母親を責めることは、当然できません。
1型糖尿病の患者さんが生きていくためには、体外から定期的にインスリンを補充しなければなりません。
膵臓のインスリンを出す細胞(ベータ細胞)が壊れ、自分の体の中でインスリンが作れなくなっているからです(2)。
インスリンは血糖値を調節する大切なホルモンで、これがなければ人は生きていけません。
インスリンが枯渇すると血糖値は病的に上昇し、致命的な状態に陥ってしまうのです。
今回の事例に限らず、「治りたい」「治してあげたい」という患者さんやご家族の願いを利用し、医学的根拠のない治療を提供する事例は後を絶ちません。
本当に、悪質な行為です。
一方で、このような報道を見て、
「なぜこんな治療に手を出したのか」
「明らかに怪しげな治療をなぜ信用したのか」
といった言葉を投げかける人もいます。
「私なら決して信用しない」「私なら大丈夫」と考える人も多いでしょう。
しかし、もし自分や自分の家族が突然同じ局面に立たされたら、と考えてみてください。
「治癒するのは難しい病気だ」「一生、薬の治療が必要だ」とされるような病気にかかってしまったとしたらー。
冷静に対処するのは容易ではありません。
誰もが、「どこかにもっといい治療はないのか」と考えるはずです。
誰しも「病気から完全に解放され、元の自分に戻れること」を願うからです。
医学の進歩と限界
医学のめざましい発展によって、かつては治らなかった多くの病気が「治る」ようになったのは事実です。
しかし、医学の進歩が生み出したもっと大きな功績は、「ひとたびかかったらあっという間に命を奪うような病気と長年付き合っていけるようになったこと」だとも言えます。
かつては「診断されたら数日、数週間の命」と言われていたような多くの病気が、適切な治療によって数年、数十年の単位で生きられるような病気に変わりました。
急性に命を奪う多くの病気が、「慢性疾患になり得た」のです。
医師や医学研究者たちはこれまで、この医学の進歩を体感し、これを素晴らしいことと見做してきました。
しかし、皮肉にもこの考えが、あくまで「病気を完治させたい」「医療から完全に解放されたい」と願う患者さんとの間にすれ違いを生んできました。
「病気とうまく付き合いながら治療を継続すること」を現実的な目標にする医師は、時に患者さんにとって冷酷に見えるからです。
医師が患者さんの考えや願いを理解すべきであるのと同時に、患者さん側としても「いま最善の医療で一体どの地点を目指せるのか」を、医師としっかり共有することが大切だと感じます。
ひとたび重い病気にかかってしまうと、誰しも冷静な判断は難しいものです。
まるで、大きな交通事故に遭ってしまってから「事故後に何をするか」を学ぶようなものだからです。
平時からぜひ、適切な医療情報の収集を心がけていただきたいと思います。
私を含め、各科の医師らから情報を集めて作った、信頼できる医療情報サイトリンク集を紹介します。
偽医療から身を守るためにも、ぜひご利用いただけたら幸いです。