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「イスラーム国」のラマダーン

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ラマダーン期間中のごちそうを調理する「イスラーム国」出典「イスラーム国東アジア」

 イスラーム教徒(ムスリム)には、彼らの暦で年に1カ月ほど断食月(ラマダーン)がある。この期間中は、日中に断食し食事、喫煙などを控える一方、日没後は「イフタール」と呼ばれる食事でごちそうを楽しみ、断食明けには子供たちに贈り物が贈られる(親から子へは衣類のことが多いらしい)、楽しい時期である。これが、中国発の新型コロナウイルスの蔓延により、礼拝やイフタール、そして帰省などをすることが極めて困難になった。このような状況は、正しいムスリムであると自称する「イスラーム国」の構成員たちにも影響を与えたはずである。

 新型コロナウイルスの流行当初、「イスラーム国」はそれを不信仰者に対する天罰と認識し、ムスリムだけは無事であるようにと祈願した。しかし、流行が世界的に拡大すると、週刊の機関誌上で構成員らに対し「対処指針」のような記事を掲載した。また、新型コロナウイルス流行のため、中東をはじめとする各国の政府や治安機関の活動が低調になり、各国に駐留する欧米諸国の部隊が撤収や活動停止などの措置をとった。これに乗じて「イスラーム国」が活動を活発化させるとの見方も、多数発信されている。「イスラーム国」が勢力を回復させたか、活発化したか、そして新型コロナウイルスの蔓延がそれとの間に因果関係があるのかは、観察の手法や時間的な幅の取り方によってさまざまな分析ができるだろうから、この問題については今期のラマダーン明けを待って別途分析すべきだろう。同派は、2020年4月30日付の週刊の機関誌で、預言者ムハンマドの言行録についての歴史的学者たちの解釈を引用し、「ラマダーン月の善行の価値は他の期間の10倍」との文章を含む記事を掲載した。(ラマダーン月は「ポイント10倍」については別稿を参照)その一方で、「イスラーム国」の広報活動を観察すると、彼らが今期のラマダーンをどのように過ごしたかを知るための情報の一端が現れることがある。

写真1:「東アジア州」の面々の礼拝の様子(2020年5月11日付 出典「イスラーム国東アジア」)
写真1:「東アジア州」の面々の礼拝の様子(2020年5月11日付 出典「イスラーム国東アジア」)

 写真1は、フィリピン南部で活動する「イスラーム国 東アジア州」の者たちの、ラマダーン月の日常と称する画像群の1つである。導師を先頭に礼拝している模様で、彼らは新型コロナウイルス対策としての集団礼拝の自粛については特段考えていないようだ。また、この画像群にはマスクなどの感染防止のための行動をとっている者は一人も映し出されていない。そのようなことをする物質的余裕も、医学的な情報・知識もないことを象徴しているようにも見える。5月12日午前0時の時点で、フィリピンでは感染者1万1086人と死者726人が確認されているが、多数の島嶼からなるフィリピンでは地方ごとに状況が異なることも考えられるため、彼らの活動地域では感染防止のための諸措置がさほど真剣に取られていないこともありうる。

写真2:「東アジア州」の者たちのイフタール(2020年5月11日付 出典「イスラーム国東アジア」)
写真2:「東アジア州」の者たちのイフタール(2020年5月11日付 出典「イスラーム国東アジア」)

 写真2は、「イスラーム国 東アジア州」の者たちのイフタールである。それなりにごちそうのようにも見えるし、人数のわりに料理の量が少ないようにも見える。長年「イスラーム国」を観察してきた筆者から見ると、ここ数年彼らの食事はどんどんショボくなっている。この写真についても、せっかくのイフタールがこのありさまなので、「イスラーム国」の者たちの食事の量や質が貧しくなっていく趨勢に著しく反するものではなさそうだ。

写真3:2019年のラマダーン明けの祝祭の際の「東アジア州」の者たちの食事(2019年6月8日付出典「イスラーム国東アジア」 )
写真3:2019年のラマダーン明けの祝祭の際の「東アジア州」の者たちの食事(2019年6月8日付出典「イスラーム国東アジア」 )

 写真3は昨期のラマダーン明けを祝う食事の場面であるが、こちらも食事の量・質はかわいそうなくらい貧弱で、ろくな調理もしていない。これらは「イスラーム国」は健在である、というプロパガンダとして発信された画像なので、写真2と3とをみると、筆者は現在も約1年前も、「連中はたいしたモン喰ってない」と考える。

 ちなみに、「イスラーム国」がイラクやシリアで強力な勢力を誇り、広域を占拠していた時分は、その構成員たちも「相当マシな」ものを食していた。

写真4:「イスラーム国 ラッカ州」が前線の戦闘員に供給した食事(2017年6月15日付 出典「イスラーム国ラッカ州」)
写真4:「イスラーム国 ラッカ州」が前線の戦闘員に供給した食事(2017年6月15日付 出典「イスラーム国ラッカ州」)

 上の画像は、シリアのラッカで活動していた「イスラーム国」が、前線で戦う戦闘員たちの拠点に供給した食事の画像である。この画像が意味することは、「イスラーム国」は当時のラッカで、戦闘員のための食事の準備や配送を一元的に管理していたということだ。つまり、当時の「イスラーム国」は、食事の準備に必要な食材・場所・施設・人員を確保・管理するとともに、食事を配送しなくてはならない拠点と戦闘員の数を把握していたということだ。2020年のフィリピンと2017年のラッカとは単純な比較の対象にならないかもしれないが、現在、当時のラッカのようにして構成員に食事を提供している「イスラーム国」を名乗る集団は、世界中を見渡しても一つもない。食事の提供をはじめとする、構成員の待遇は、組織の力量を図る上で極めて有益な情報である。今期のラマダーンについても、今後様々な場所の「イスラーム国」が画像を発信する可能性が高い。まさしく「飽きることなく」観察を続けることが、分析の基幹となる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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