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技能実習制度はなぜ「人身取引」なのか? 制度の「廃止」が議論されている背景とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(写真:イメージマート)

 2023年4月10日、出入国在留管理庁は、技能実習制度及の改革を検討する有識者会議の中間報告書を発表した。すでに広く報道されている通り、今回の中間報告書では、技能実習制度の「廃止」が俎上に上っており、かなり踏み込んだ議論をしているようにも見える。

参考:技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議「中間報告書 ( たたき 台 )」2023年4月10日

 しかし、これをよく読むと、実際には技能実習制度を全面的に廃止するものではなく、その機能を継続することが前提とされているようだ。結局、「廃止」なのか「継続」なのか、わかりにくい報告となっている感は否めない。

 同庁は今年の秋を目処に制度改変に向けた報告書を作成する予定であるが、今後、どのような改革が提案されてくるのかは、予断を許さない。

 今回の中間報告がこうした批判に正面から向き合っているのかを問うためには、これまでにどのような批判がでているのかを理解する必要がある。そこで本記事では、そもそもなぜ技能実習制度が国際的な非難を浴び、問題とされてきたのかを振り返っていきたい。

技能実習生たちが「逃げられない」構造

 これまで繰り返し指摘されてきたように、技能実習を雇う職場では、多くの職場で違法行為が指摘されている。厚生労働省によれば、2021年に監督指導した実習生の受入れ団体のうち、実に72.6%の事業所に違法行為がみられたという。

 その他にも、職場や寮に鍵がかけられて事実上監禁され、不払い労働を強いられているといった事例や、妊娠を理由に解雇・強制帰国させられたり、堕胎を迫られるといった非人道的な行為が日常化している。それどころか、事業主による密室でのパワーハラスメント、暴力、セクシャルハラスメントや性的関係の強要事件も後を絶たない。

 こうした異常な職場環境が蔓延している理由こそが、海外が指摘する「人身取引」といえるような「制度」にある。

 技能実習生たちは母国の送り出し機関(ブローカー)に多額の借金をして来日するが、その借金は違法であるにもかかわらず、日本政府はほとんど取り締まっていない。そのため、技能実習生の多くは、日本に来る際にすでに50万円~100万円近い借金を負って来日している。

 この点に関して、昨年法務省はベトナムや中国、カンボジアなど6カ国出身の技能実習生約2000人から聞き取りを行っており、来日にかかった費用とその内訳、その調達方法を明らかにした(「技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について」)。

 費用負担についてみていくと、現地の送り出し機関や仲介者への支払い金額は、ベトナム出身者が最も高額の約68.8万円、続いて、中国の約59万円、カンボジアの約57万円となっている。

 ベトナムの最低賃金は現在最も高い地域でも月額約2.6万円となっており(最低賃金を7月に改定へ、平均6%引き上げで最終案決まる)、ベトナム出身の技能実習生は単純計算して、最低賃金の26ヶ月分を負担して来日していることになる。カンボジアの場合は、最低賃金が月額194ドル(約2.6万円)と、費用負担が最賃の約22ヶ月分となる。かなり高額な費用を負担していることがわかるだろう。

法務省「技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について」
法務省「技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について」

参考:技能「実習」制度の見直し「現代奴隷」「人身取引」は是正されるのか?

 さらに技能実習生は、実習の継続性を確保することなどを理由として、自由な転職が制度上認められていない。中には企業側に問題があることを証明され、転職が認められるケースがあるが、その証明は容易ではない。

 そのため、賃金未払いや労災、セクシャルハラスメントや暴力などがあったとしても同じ職場え働き続けることを強要される。会社側も容易に辞めることが出来ないことを理解しているため、劣悪な労働環境を放置し続けられる。

 つまり悪質な雇用主や監理団体による「支配」を逃れづらいのである。また、もしそこから逃れようと「失踪」してしまった場合、在留資格(ここでは「技能実習」)で認められた活動からは外れてしまうために非正規滞在者となり、見つかれば入管法違反の「犯罪者」として入国管理局に収容され母国に強制送還されてしまう。

 このように、技能実習という「建前」によって、保護されるのではなく、むしろ奴隷的な拘束が正当化されてしまっているのが現実なのだ。

技能実習制度は国際的にどのように非難されているのか

 次に、冒頭で述べたように、現在、日本の外国人技能実習制度の改革が迫られている背景には、海外から人身売買や現代奴隷制に当たるとの厳しい指摘が繰り返されてきたという事実がある。

 中でも米国の国務省は、2022年7月19日、「世界各国の人身売買に関する2022年版の報告書」を発表し、日本の外国人技能実習制度が外国人の「人身売買」であると強い言葉で指摘している。

 国務省は過去の報告書でも日本の外国人技能実習制度を繰り返し問題視してきており、昨年の報告書では技能実習生の人権問題に取り組む指宿昭一弁護士が「人身売買にと闘うヒーロー」に選出されている。

 また、国連人種差別撤廃委員会は、2020年9月に「技能実習生が劣悪な労働条件、虐待的で搾取的な慣行、そして債務奴隷型の状況のもとにある」と指摘している。

「債務奴隷型」の現代奴隷制とは何か

 国連人種差別撤廃員会が指摘する「債務奴隷型」とは、現代奴隷制の一種である。現代奴隷制について詳細な調査を行ってきたケビン・ベイルズによれば、現代奴隷制には次の三類型が存在するという。ベイルズに従い、それぞれの定義を見ていこう。

参考:ケビン・ベイルズ『グローバル経済と現代奴隷制』凱風社

〈動産奴隷制〉:「旧奴隷制にもっとも近い形態である。ひとりの人間が捕獲されたり、生まれたり、売られたりした結果、永遠の隷属状態に追い込まれる。しばしば所有権が主張される。奴隷の子供たちも通常、同じように所有物として扱われ、奴隷保有者に売られることがある。ときには、こうした奴隷たちは消耗が顕著な物品として在庫しておくこともある。こうした形態は、北・西アフリカとアラブ諸国によく見られるが、現代世界の奴隷の形態に占める割合はきわめて少ない」。

〈債務奴隷制〉:「世界にもっともよく普及した奴隷制の形態である。人は自分の身を借金と引き換えに担保に入れるが、奉公の年季も仕事の性質もはっきり定められてはおらず、働いたからといって元の債務が減るわけではない。債務は次世代へ引き継がれ、子孫も奴隷にされる。さらに、「債務不履行」を起こせば、子供たちが捕まえられ、借金のかたに売られる罰をくらう。所有権の主張は通常、なされないが、債務労働者の,行動は完全に所有者の支配下に置かれる」

〈契約奴隷制〉:「工房や工場での雇用を保証するからと、契約を持ちかけられ、仕事場に連れていかれて初めて、奴隷にされたことに労働者たちは気づくというしかけである。契約が人を奴隷制へと誘い込むために用いられ、同時に、奴隷制を合法に見せかける手段ともなる。法律問題になると契約書が作成されるが、実際には、「契約労働者」は奴隷であり、暴力によって脅され、移動の自由はなく、給料もない。奴隷制のなかでも、急速に成長するいちばんの成長株で、今日では二番目の規模をもつ形態となっている。契約奴隷制は東南アジア、ブラジル、アラブ諸国、インド亜大陸の一部地域で見られる」

 国連人種差別撤廃委員会は、技能実習生が、このうちの債務奴隷制に該当すると考えられているわけだ。

 確かに、「「債務不履行」を起こせば、子供たちが捕まえられ、借金のかたに売られる罰をくらう」という指摘は、親の田畑を担保に借金をして来日している実習生が、違法な低賃金を告発するなどの「債務不履行」を起こすことで、家族の財産が没収されてしまうことに重なっている。

 また、「奉公の年季も仕事の性質もはっきり定められてはおらず、働いたからといって元の債務が減るわけではない」という指摘も、違法な低賃金労働を強いられて失踪している技能実習生のケースにしばしば当てはまっている。

 国連人種差別撤廃委員会が「債務奴隷型」と指摘しているように、日本の技能実習制度も「現代奴隷制」の一形態であるという見方は、学問的にも政治的にも定着しつつあるといってよいだろう。

 もちろん、技能実習の実態がすべて「現代奴隷制」に該当するわけではない。しかし、これまでに人身取引とされるような事件が膨大に引き起こされているにもかかわらず、一向に改善が見られない点が、国際的な非難の対象となっている。このことは、次に見るアメリカ国務省の「人身売買報告書」で強く批判されている。

人身売買の被害者を犯罪者として取り締まる日本

 「人身売買報告書」とは、2000年に米国で制定された人身売買・暴力防止法に基づいて米国の国務省(日本では外務省に当たる省庁)が毎年作成しているものである。同法では、「(1) 人身売買を防止し、(2) 人身売買の被害者を保護し、(3) 人身売買者を告訴し処罰するためのガイドラインと人身売買対策方針を定めている。

 では報告書で日本の現状はどのように報告されているだろうか。

 まず、人身売買の防止や人身売買の主体の処罰の観点では、「人身売買を防止する政治的意思が欠如」していると厳しく指摘されている。日本政府が行っている人身売買防止のための主なところは、パンフレットなどによる啓発活動であり、人身売買の加害者への処罰を行っていないことが指摘されている。

「政府は同制度(技能実習制度)の下、募集を行う者と雇用主に対して、労働搾取目的の人身取引犯罪の責任を課す対策を全く講じなかった。当局は、すべての形態の人身売買を網羅していない、バラバラで効果のない身元確認および照会手続きに引き続き依存している。したがって、当局は、人身売買業者が強要した不法行為を理由に身元不明の被害者を罰し続けた。政府は、あらゆる形態の人身売買の被害者に適切な特定の保護サービスを提供していませんでした」(以下、訳文は在日米国大使館・領事館による)

 実際に、2021年に人身売買事件として調査されたのはわずか44件であり、そのうち有罪判決が下ったのはそれらにかかわった29人だけとなっている。とりわけ技能実習制度を利用している企業に刑事責任をとらせたり、懲役刑を含む罰則が言い渡されたことはこれまで一度も報告されていないという。

 被害者保護の観点でも厳しい批判がなされている。特に、人身売買の「被害者」の特定を怠っている点だ。報告書によれば、日本政府は、人身売買の被害者を「被害者」として認定する以前に、入管法(出入国管理及び難民認定法)違反などの理由で「犯罪者」として取り締まっているというのだ。

「2021年には、7,167人のTITP(外国人技能実習制度)参加者が職を失いました。そのうちの何人かは、搾取的または虐待的な状況のために逃亡し、正体不明の人身売買の被害者でした。当局は、契約機関での人身売買やその他の虐待的な状況から逃れたTITP参加者を引き続き逮捕し、強制送還した。一部の労働契約には、日本で働いている間に妊娠した、または病気になったインターンに対する違法な自動帰国条項が含まれていました。報告期間中、一部のTITP参加者は、パンデミック関連の事業閉鎖のために職を失いました。これにより、彼らは送り出し組織への未払いの債務を返済するために新しい雇用主を見つけました。しかし、当局は一部のTITP参加者を人身売買のスクリーニングを行わずに不法に転職したとして逮捕した」

 2021年に政府が特定した人身売買の被害者は、わずか47名(そのうち31名が性的搾取、16名が強制労働)である。ほとんどの技能実習生が人身売買の被害者かどうかをスクリーニングされずに強制送還されているが、アメリカ国務省はすでに人身売買の被害者が強制送還されている事実を把握しているという。

 多くの失踪者は実際は人身売買の「被害者」もしくはその恐れがあるにもかかわらず、入管法違反の「犯罪者」とされ、最悪のケースでは母国に強制送還されている。これが、日本における現状なのだ。

日本経済へのダメージも必至

世界的には人身取引に関係する産品に対する規制が強まっており、このままでは日本国内の生産物が不正な商品とみなされる恐れも出てきている。

 欧州委員会は昨年9月15日、「強制労働により生産された製品のEU域内での流通を禁止する規則案」を発表した。今後、技能実習生が関与した製品がEU国内で流通できなくなるという事態も決してあり得ない話ではない。

 また、国連人権理事会は2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「ビジネスと人権原則」)を採択している。この原則では、企業に対して、直接雇用する労働者の人権だけでなく、取引先企業の労働者の人権にもコミットするように求めている。

 政府がいよいよ制度改正に動き始めた背景には、経済界に対しても深刻な影響が及びかねない、という危機意識からだろう。では、改革は十分なものになりそうなのだろうか?

改革案はうまく機能するのか?

 今回の中間報告では、「廃止」という強い文言が用いられている。しかし、もっとも問題となっている転職に関しては、依然として「人材育成」を理由として、制限をかける意向のようだ。このままでは中身を同じにしたまま、海外からの批判をかわすための名称変更にとどまる可能性もある。

有識者会議会議「中間報告書たたき台(概要)」より

人材育成に由来する転籍制限は、限定的に残しつつも、制度目的に 人材確保を位置づけることから、制度趣旨と外国人の保護の観点か ら、従来より緩和する(転籍制限の在り方は引き続き議論)

 これまでも人手不足の産業のための「人材確保」が真の目的であるにもかかわらず、「人材育成」という「建前」によって、研修・実習の継続性を確保する必要を名目として、転職への制限が正当化されてきた。このことを考えれば、育成を名目とした「転籍制限」の在り方がどうなるのかは決定的に重要である。

 正面から人手不足のための「人材確保」であることを認めて、転職の自由や中間搾取を行うブローカーの排除を保証しなければ、技能実習制度を「廃止」したということにはならないのではないか。

人権・人道支援すら妨害してきた日本社会

 最後に、今、被害に遭っている実習生たちの人権をどう回復するべきなのかについても、海外からは厳しい批判がなされている。移民労働者の人権保護のためには、企業外の労働組合(産別労組、地域労組などのユニオン)やNGOなどの支援団体が世界的に役割を果たしている。

 しかし、報告書では、雇用主たちが、技能実習生が企業の外部のユニオンに相談し被害を告発し虐待への賠償金を受け取ることを阻んでいることを指摘している。

「一部の雇用主は、TITP(技能実習制度)参加者に対し、彼らに対する労働虐待の補償を求める機会を減らすために、労働組合を脱退するよう圧力をかけました。したがって、補償金の受領は事実上ほぼ不可能でした」

 また、技能実習生を保護し、技能実習を適切に遂行するための監督機関である外国人技能実習機構(OTIT)も適切に機能しているとはいいがたい。最新の事例では、OTITの職員が労働問題の被害にあった技能実習生に対して、ユニオンからの脱退を促すということまで行っており、訴訟にも発展している。この問題は、今年の米国のレポートで批判の対象となるかもしれない。

参考:国の機関が「違法行為」に加担?「混迷」の度を増す外国人の労働問題

 このように、技能実習制度の在り方自体が、技能実習生らの告発を難しくさせていると同時に、技能実習生を保護する公的機関ですら外部の支援団体との関係を断ち切るようなことが起きている実態が指摘されているのだ。

 制度改正の行方も予断を許さないが、「現在」の人権侵害に対抗するためにも、ユニオンやNGO・NPOの取り組みがますます重要になっている。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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