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国の機関が「違法行為」に加担? 「混迷」の度を増す外国人の労働問題

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 今月5日、国の機関である外国人技能実習機構が、技能実習生に労働組合の脱退を促していたことがわかった。宮城県で活動する仙台けやきユニオンNPO法人POSSEの仙台支部が記者会見で明らかにした。

 今回被害を受けたのは、仙台けやきユニオンに加盟するベトナム人技能実習生たちだ。労働組合への加入は日本国憲法によって保障された「権利」であり、これを国の機関が妨害する行為は不当な権利侵害に当たる可能性がある。

 外国人技能実習生の権利を擁護するために存在するはずの外国人技能実習機構が、なぜ反対に権利侵害を疑われる事態になっているのだろうか。

参考:退職強要されたベトナム人実習生、労組脱退促した機構に抗議(毎日新聞 20220405)

記者会見の様子。
記者会見の様子。

各地で起きる技能実習生への人権侵害

 現在日本では、岡山県で起きた暴行事件や北海道で起きた雇止めなど、外国人技能実習生に対する人権侵害の告発が相次いでおり、宮城県も例外ではない。

 仙台けやきユニオンによれば、過去には、コロナ禍での外出ルールを破ったという理由で不当解雇された技能実習生から相談を受け団体交渉を行い、転職を実現するなどの事案もあったという。

 今回問題となっているのは、宮城県石巻市にある水産加工業者の工場で技能実習生として働いていたベトナム人女性3人に起きた権利侵害だ。同ユニオンによると、彼女たちは生活のために、2019年10月にベトナムから約100万円近くの借金を背負って来日したが、日本に来てからすぐに、様々な労働問題の被害にあっていたという。

 まず、会社役員が大声で怒鳴るなどといったハラスメントは日常的に起こっていた。また、就業時間の8時以前から出勤し、掃除や準備を行なうことが業務として命じられていたが、それらに対する賃金を会社は支払っていなかった。

 さらに、技能実習生の一人は、機械での作業中に人差し指を切断する大怪我を負うという労災事故にも遭っていた。そして、今年2月には、些細な「ミス」を理由に3人あわせて退職を強要され、離職を余儀なくされてしまったのだ。

 掃除や準備に対する不払いは労働基準法に犯罪行為に当たる恐れがある。同時に、労災事故や不当解雇に関しては、労働者側は損害賠償を求めることができると考えられる。

職場復帰には「労働組合の脱退」が条件?

 技能実習生3人によれば、彼らは退職強要を受けた直後、技能実習生を支援する立場にある監理団体に相談したが、当該監理団体は転職の支援を拒否し、ベトナムに帰国するよう告げたという。

 さらに、監理団体は助けてくれないという事態に直面した3人は、管理団体を監督する機関である外国人技能実習機構に相談した。外国人技能実習機構は、技能実習制度が技能実習法に基づいて設立され、法務大臣によって管轄されている公の機関である。いわば、外国人技能実習生にとって「最後のよりどころ」の機関だといってもよい。3人は、来日の際に、困ったときは外国人技能実習機構に相談するように教っていたという。

 三人が同機関に労働基準法違反やパワーハラスメントと思われる労働問題について訴えたところ、外国人技能実習機構は「会社が求めているのは(中略)今後はトラブルを起こさないと反省し、謝罪すること」、「お互いに問題があった」とあたかも、職場における労働問題について実習生側にも非があるような内容を本人たちに伝えた。

 後に仙台けやきユニオンが事実確認を求めたところ、外国人技能実習機構は、実習生から相談を受けた後、技能実習先の違法行為などについて調査すらしていなかったということがわかっている。それにもかかわらず、実習生らに謝罪を迫っていた。

 また、相談を受けた外国人技能実習機構の職員は次のように発言している。

監理団体にさっきちょっと電話した所ですね、(会社)に戻るための話し合いをする、条件としてユニオン(注:加入する労働組合・仙台けやきユニオンのこと)を脱退するって事を言われました。今すぐには決められないと思うんだけど、OTITが問題解決をサポートして、もしそれでも解決できなかったら、またユニオンにお願いするという方向もあると思います

(なお、実習生と外国人技能実習機構のやり取りは実習生たちによって録音されている)

 復職の代わりに労働組合の脱退を求める会社側の行為は、労働組合法に定める「不当労働行為」に該当する違法行為である(労働組合法第7条)。しかし、外国人技能実習機構は、会社や監理団体の行為を是正させるどころか、むしろ労働組合の脱退を促すともとれる発言を、技能実習生に対して行っていた。

 さらに、会社に謝罪をし、3人が支援を求めて加入した仙台けやきユニオンを脱退すれば復職の可能性があるとも技能実習生らに伝えたという。これがそのメールの画像だ。

仙台けやきユニオンが提供
仙台けやきユニオンが提供

繰り返される「支援機関」による不当な行為

 今回の事件では、外国人技能実習機構が、企業や監理団体の側に立ち、さらには違法な労働組合の脱退要求をも代弁している。これはきわめて深刻な人権侵害への「加担行為」である。同様のケースが全国にどれだけあるのかはわからないが、技能実習生制度そのものに大きな欠陥が含まれていることを示唆しているといえよう。

 実は、今回のような事件は、技能実習制度の下ではたびたび起きている。例えば、神奈川県では、「外国人技能実習制度の総合支援機関として、「受入れ」「手続き」「送出し」「人材育成」「実習生保護」の5つの支援事業」を行うとされている公益財団法人国際研修協力機構(JITCO)が、監理団体とともに、技能実習生が所属する労働組合の組合員を脱退させようとしたとして、労働委員会で争われている

(なお、この事件では、労働組合側の申し立てが棄却されているが、その理由は同機構は労働組合法第7条第3号の「使用者」に当たらないという判断からだ。つまり、企業の不当労働行為に加担しているものの、機構自体は労組法が適用される対象ではないということである)。

技能実習制度の廃止を求めて、権利行使を支えるZ世代

 技能実習生は、転職の制限があり、認められる場合は違法行為の発生などの例外的な場合だけだ。また、技能実習生らは出身国にある送り出し機関から多額の借金をしていることが多く、債務で縛り付けられている状態は野放しとなっている。

 そのような中で逃げ出そうものなら、「失踪」となり、犯罪者として警察や入国管理局に常におびえながら暮らさなければならない。そうなりたくなければ、黙って働くしかない。このような状態は、「現代奴隷制」であると多方面から批判され、廃止を求める意見が根強い。

 今回の事件で示されたように、制度が適切に運用されることを担保する「最後の砦」とされてきた外国人技能実習機構が技能実習生の権利を保障することができないならば、実習生制度を廃止して、労働者として当然の権利である転職の自由を認めるべきだという論拠がさらに強まることになる。

 特に、最近目立つのは若者たちからの批判だ。Z世代の若者たちがつくる「技能実習制度廃止プロジェクト」は、不当解雇された後の生活支援のために食糧支援を行う、失業手当の受給のためにハローワークに同行し手続きを手伝うなど、権利行使の基盤づくりを支えるために日々活動しているほか、団体交渉や申し入れに一緒に出て、実習生らの権利主張を支えている。

 彼らが目指すのは、現場の支援活動から事実を明らかにし、制度を改善させることだという。権利行使を妨害されている技能実習生にアウトリーチし、相談を集め、権利行使を支え、問題を可視化していこうと日々奮闘しているのだ。

参考:横行する「強制帰国」 Z世代の若者たちが「実習生廃止」の訴えも

 私たちはかれらが示す現場の「事実」に向き合い、制度の是正をしていかなければならいのではないだろうか。

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外国人労働サポートセンター

*NPO法人POSSEで、外国人の労働相談に特化した窓口です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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