温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すなら、太陽、雨、風で家庭の電力使用量3分の1にする家を知ってほしい
「温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロ」に向けて
菅義偉首相は10月26日、「温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロ」という目標を宣言した。(Yahoo!ニュース「菅首相が所信表明、日本の温暖化ガス排出を『2050年に実質ゼロに』)。これまでの日本の温暖化対策目標は、「2030年の温室効果ガス排出量を2013年比で26.0%削減」、「2050年までに80%を削減」、「今世紀後半のできるだけ早期に脱炭素社会を実現する」であり、「実質ゼロ」を掲げたのははじめてだ。
一方で気象庁は11月23日、「世界の主要温室効果ガス濃度は観測史上最高を更新」と発表した(「WMO温室効果ガス年報第16号」)。大気中の主要な温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素)の増加が続いており、2019年の世界平均濃度はいずれも観測史上最高を更新した。
さまざまな知恵を駆使しない限り、「温室効果ガス排出量ゼロ」をクリアするのは難しいだろう。
そこで家庭からの温室効果ガス排出量を激減させる方法を取材した。
<動画ではエクセルギーハウスの現場から建築家の黒岩哲彦さん、施主の篠原哲哉さんの話を聞いています。「水循環でじゅんかんず BAR#13「エクセルギーハウス」」>
家庭で使われるエネルギーの3分の2は熱需要だが、エクセルギーハウスは冷暖房などを太陽熱や雨水でまかない、エネルギー使用量を減らす。仮に、日本のすべての家が、現在の3分の1程度のエネルギーで生活できれば、エネルギー政策は大きく変わり、家庭からの熱の排出量も激減するだろう。
エクセルギーとは「『拡がり散り』を引きおこす力」
本題に入るまえに、2つ確認しておきたい。
1つ目。「エネルギー保存の法則」では、エネルギーは創ることも消すこともできないとされている。それなのに私たちは「創エネ」という言葉を使い、あたかもエネルギーは創れるかのように考える。でも、これは誤解だ。「太陽電池で創エネ」と言っても、実際にはエネルギーを創っているわけではない。日射のエネルギーの2割程度を電気に変換して使い、ほかの8割は最終的には熱エネルギーとして大気中に拡散させている。
2つ目。エネルギーはすべての量を有効に使えない。地球環境においては、日射のエネルギーは75〜90パーセントくらい、石油は75パーセントくらいが有効に使える。
物理学では、エネルギーの有効に使える部分を「エクセルギー」といい、「『拡がり散り』を引きおこす力」と表現されている。
エクセルギーハウスを多数建築してきた建築家の黒岩哲彦さんはこう語る。
「エネルギーは保存則により、創ることも消すこともできないはずです。でも、実感は違う。エネルギーを使用すると何かが失われている気がします。そうした自然な感覚を表現してくれる尺度がエクセルギーなのです」
たとえば、室温20の部屋に、80の湯を入れた茶碗を置いたとしよう。湯の温度は下がり、やがて水温は下がり切って室温と同じになる。湯から室内への熱の流れができている。このとき80の湯は「拡がり散り」を引き起こすことができるから、エクセルギーを持っていることになる。しかし、室温と同じになった湯からは「拡がり散り」を引き起こす力が消滅したことになる。
地球上のほとんどの現象はエクセルギーによって引き起こされる。エクセルギーは必ず消滅するから、現象はすべて「拡がり散りの過程」としてとらえることができる。
冷房を使えば使うほど暑くなる皮肉
取材させてもらった「エクセルギーハウス」の建主である篠原哲哉さんは、大手電機メーカーのOBで環境やエネルギーに取り組んできたエンジニアだ(現在はフリーランスとして活動している)。エクセルギーハウスの知見をもつ建築家の黒岩哲彦さんの助力を得ながら、篠原さんの問題意識や技術を設計に組み込み、猛暑でも涼しい建物が実現した。
今年の夏は暑かった。気象庁は9月1日、8月の東日本の平均気温が平年に比べて2.1高く、1946年の統計開始以来、平年との気温差が最大だったと発表した。西日本も平年より1.7高く、2010年と並ぶ最大記録となった。
エアコンによる電力使用量も増えた。8月の電力使用量は、前年同月比1.6%増の845億7021万キロワット時だった。だが、エアコンで冷房すると、建物内を冷やすと同時に、排熱によって建物外を暑くする。
現在のエアコンは電気エネルギーを1使用すると、3程度の涼しさを得られる。だが、熱が消えるわけではない。使った電気1と涼しさ3を加えた4の分だけ外気を暖める。熱は外に移動しただけで「ヒートアイランド現象」の原因の1つとなっている。
家庭のエネルギー使用量を3分の1にするしくみ
エクセルギーハウスは、太陽熱、雨水など自然の恵みを活用して暖冷房を実現する。
「クーラーなどの設備機械に頼って部屋の空気の温度を上げ下げするのではなく、床や壁、天井という面の温度を上げ下げする(『温房涼房(放射型暖冷房)』)を中心に据えています。空気の温度に頼らない分、新型コロナウイルス対策で重要と言われる換気を十分に行うことも可能です」(黒岩さん)
エクセルギーハウスの重要なポイントは、屋根で集めた雨水を「床下放熱タンク」に貯め、それを夏の「雨水涼房」、冬の「太陽熱温房」に活用する点にある。
●床下放熱タンク
屋根から集められた雨水を「床下放熱タンク」に貯める。その量は最大で3トン(家庭用の風呂桶15杯分)。この水は災害時の生活用水にも使える。
●雨水涼房
夏には床下放熱タンクにためた雨水を活用し、冷たさを室内に放射する。夏の雨の温度は約25。床面は床下放熱タンクから直接涼しさが伝わる。
また、床下放熱タンクの雨水を、床下に設置された装置で、天井上まで上げる。
水は天井上に貼られたシートに浸み込み、建物の熱を奪いながら蒸発することで天井面を冷やす。
たとえば、外気温が30であれば、天井面の温度は25、床壁の温度は26~27となり、室温は28くらいになる。室温よりも、床・壁・天井・開口部など周囲の面の温度の方が低く、快適さをもたらす。
●太陽熱温房
冬には床下放熱タンクにためた雨水を活用し温房を行う。床下放熱タンクに溜めてある雨水を、屋根上に設置された太陽熱集熱器まで上げて温める。これが毎日繰り返されることで、床下放熱タンクの湯の温度は上がる。
床下放熱タンクからの穏やかな放熱が、建物の床、壁、天井といった周囲面全ての温度を上げてくれるように建物が作られている。冬は、室内の空気の温度より、周囲の面の温度が高くなり、快適さをもたらす。
エクセルギーハウスのしくみは、個人住宅だけでなく、公共施設、オフィス、企業の研修施設にも導入することができる。
篠原さんのエクセルギーハウスは今年1月に建てられた。冬の暖かさを確認し、さらに8月の猛暑も乗り切った。篠原さんは、ここを環境問題と戦う基地と位置付けている。
参考文献
『エクセルギーハウスをつくろう エネルギーを使わない暮らし方』(黒岩哲彦/コモンズ)
『エクセルギーと環境の理論 流れ・循環のデザインとは何か』(宿谷昌則編著/井上書院)