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「摩擦」を劇的に軽減、AIとバイオミメティクスによる日本発の技術とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 機械工学に限らず生体の関節などで「摩擦」は、重要なメリットとデメリットをもたらす。今回、日本の東北大学などの研究グループが、AI(遺伝的アルゴリズム)とバイオミメティクス(生物模倣)によるモーフィング技術を使って摩擦を劇的に軽減できる技術を開発した。

トライボロジーとは

 我々が日常的に使っている機械、例えば自転車の車輪の回転軸や自動車のエンジンのピストンなどの部品は、その表面同士が触れ合ったり、こすれ合ったりして回転したりピストン運動などをしている。

 摩擦がなければ我々は普通に立つことさえできないが、一方で摩擦により、機械の部品表面が摩耗したり変形したり表面が化学的に変化するといった弊害を起こす。そのため、摩擦をいかにコントロールするのかが機械工学の重要な課題の一つだ。

 潤滑、摩擦、摩耗、焼き付き、軸受け設計を含めた「相対運動しながら互いに影響を及ぼしあう二つの表面の間に起こる全ての現象を対象とする科学と技術」のことを「トライボロジー」(日本トライボロジー学会より)というが、多くの機械は、部品が正常に動くような摩擦を利用すると同時に、摩擦による弊害を極力抑えるように設計されている。だが、その両方を適切にコントロールすることは難しい。

 今回、東北大学大学院工学研究科機械機能創成専攻の村島基之准教授、名古屋大学大学院工学研究科マイクロ・ナノ機械理工学専攻の梅原徳次教授、韓国光技術院(KOPTI)らの研究グループが、AI(遺伝的アルゴリズム)とバイオミメティクス(生物模倣)によるモーフィング技術を用いて摩擦を劇的に軽減する成果をトライボロジーの専門雑誌で発表した(※1)。

遺伝的アルゴリズムを用いて摩擦位置を制御

 機械工学の研究開発分野では、部品の表面をコーティングしたり、場合によって表面特性を変化させるなどして、高い摩擦と低い摩擦を得る技術が考案されてきた。この技術をモーフィング・サーフェスというが、今回の成果を発表した研究グループはこれまで植物のハスの葉の表面特性をヒントにしたバイオミメティクス(生物模倣)により、圧力が加わると部品表面の形状が変化し、摩擦をコントロールするモーフィング・サーフェス技術を考案している(※2)。

 今回の成果実験の動画(東北大学のリリースより)。回転する青いディスクの上に一か所小さなでっぱりがあり、これが人為的に損傷部を模した部分だ。回転すると左の動画では接触している(接触荷重を支えている)金属のピンと何回か接触してしまっている。これはAIが損傷部の位置を学習しきれていないためだ。一方、右の動画では、でっぱり部が近づくと接触する前にピンが上に移動し、他の接触しないピンが下がって荷重を支えている。これにより、接触する際の摩擦係数の上昇(振動)が発生しない。

 こうしたモーフィング・サーフェス技術では、部品のどこに摩擦で損傷が予測されるか、表面位置を特定することが重要だ。同研究グループはAI(人工知能)の手法の一つである遺伝的アルゴリズム(生物が進化するように世代と突然変異を人為的に起こすプログラミング)を用い、部品表面が接触する位置を特定し、摩擦を劇的に軽減できる「接触位置制御システム」を開発したという。今回の成果について、論文の筆頭筆者である東北大学の村島基之氏に話を聞いた。

──先生方の論文では、バイオミメティクスの例としてハスの葉の表面や猛禽類の翼の形状変化などの事例を示していますが、これは今回の成果とどのように関係しているのでしょうか。

村島「一般的に工業的に使用される物体の表面は平面ですが、生物は形状を変形することで機能を制御しています。ハスの葉の機能(超撥水など)をヒントにしたテクスチャリングなどが導入されており、ハスの葉の表面は形状が変化するわけではありませんが、物体にハスの機能性を持たせたいときだけハスの葉表面の形状にすることができれば、様々な機能を状況に応じて使い分ける表面が実現します。私が前報(※2)で開発した変形表面の機能は、これを模したもので変形表面はハスの葉の機能に着目して開発されたものとなります」

宇宙のトライボロジーにも

──今回の「接触位置制御システム」は、他のモーフィング・サーフェス技術とどのような点で違いがあるのでしょうか。

村島「従来、開発されてきたモーフィング・サーフェスは、面全体に変形が生じることが一般的でしたが、今回の研究では狙った部分のみの変形を実現することが非常に重要でした。この制御を可能にする点が、我々の接触位置制御システムとこれまでのモーフィング・サーフェスとの一番の違いになります。我々の接触位置制御システムはあくまで変形表面を模したものですが、工業的には接触位置制御システムを用いたほうが目的にかなう場合があるかもしれません」

──今回の成果を実社会の機械工学などに応用する場合、どのような事例が考えられますか。

村島「今回の研究で一番実用に近いシステムとして、先ずはフォイル軸受け(擦れ合う部分に薄膜をかませ、振動を軽減する軸受け)など、既に形状の変形がある程度許容されるシステム、または変形形状という点は無視できる静圧軸受け(摩擦面に潤滑油などを導入する軸受け)などに応用できると考えられ、一番の実用先は機械回転部の軸受けとなります。将来的には、メンテナンスが困難な宇宙トライボロジーの分野へ発展することで、社会的に大きなインパクトになるかと思っています」

──遺伝的アルゴリズムを用いたそうですが、これは何世代くらいの試行でしたでしょうか。また、突然変異はどのように起き、どのように受け継がれたのでしょうか。

村島「下の図の場合ですと、14世代程度進むことで全体として摩擦係数が安定します。遺伝的アルゴリズムには同世代に様々な個体が存在することになりますが、非常に優れた個体自体は5世代から9世代程度で出現しています。突然変異は、個体(接触位置の変化の様子)を表す数列の数字を乱数で変化させることで起こしています。その突然変異が有益であれば、損傷部との接触が減少し、摩擦係数が安定します。摩擦係数の安定化度をスコアとして評価していますので、結果としてこのスコアが良ければ次世代にこの突然変異が受け継がれることになります」

縦軸は摩擦係数、横軸は遺伝的アルゴリズムの世代。AIの学習が進むと摩擦が安定する。村島基之氏より
縦軸は摩擦係数、横軸は遺伝的アルゴリズムの世代。AIの学習が進むと摩擦が安定する。村島基之氏より

──今回、完全な損傷の回避が実現できた、とありますが、摩擦係数がゼロということでしょうか。またこれは、システムの振動、不安定な摩擦、破壊的連鎖反応、焼き付け損傷など、外乱や金属疲労などのあらゆる要因を回避できると考えてよろしいでしょうか。

村島「安定した摩擦係数(損傷部と接触しない)状態であっても接触抵抗はあるため、摩擦係数はゼロにはなりません。今回の実験では0.5程度の摩擦係数を示します。一方、学習が進む前は、損傷部との接触により1.0以上の大きな摩擦係数が出現しています。今回開発された技術は、ある程度の学習期間が必要となるので、学習期間中に破壊的な表面損傷や焼き付きが生じなければ、ご指摘の要因の回避は可能です。さらに、大きな摩擦の損傷が生じる前段階で、その兆候までも検出できるような技術の開発が進めば、飛躍的に損傷回避の可能性が上がると考えています」

 摩擦による部品の損傷や金属疲労は、思わぬアクシデントを起こす。今回の成果のように、部品の表面での摩擦を位置によって軽減し、突発的な損傷が起きることを予防できれば、機械工学などのトライボロジー分野に大きな影響を及ぼすことになりそうだ。

※1:Motoyuki Murashima, et al., "Novel friction stabilization technology for surface damage conditions using machine learning" Tribology International, Vol.180, February, 2023

※2:Motoyuki Murashima, et al., "Active friction control in lubrication condition using novel metal morphing surface" Tribology International, Vol.156, April, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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