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「相手にせんとこ」では済まない、愛知県と大村知事のメディア対決姿勢

関口威人ジャーナリスト
宣言解除を受けて5月26日に会見した大村知事。またも生中継NGだった(筆者撮影)

 大阪府の吉村洋文知事と対立を繰り返している愛知県の大村秀章知事。東京、大阪に対する異様な対抗意識は以前からあったが、コロナ禍で加速したように見える。さらに、大村知事や県側がメディア、取材者に対して示す攻撃的な姿勢も強まっている。

 筆者自身が経験した検閲の“その後”については後述するが、記者クラブメディアも含めて「相手にせんとこ」では済まされない、由々しき事態が進行中だ。

県公式サイトに1日限りの「抗議文」

 緊急事態宣言が全国的に解除された翌日の5月26日。愛知県は新型コロナウイルス感染症対策本部会議を開いて県独自の宣言も解除、社会経済活動を段階的に再開していくための「対策指針」などを示した。

 その指針についての広報文は同日午後、県の新型コロナウイルス感染症対策サイトにも掲載されたが、前後には以下のような見出しのリリース文も並んでいた。

・東海テレビ令和2年5月23日報道「テーマパーク等も営業再開」について

・東海テレビ令和2年5月23日報道「レゴランドに“1カ月半ぶり”子供たちの歓声戻る」について

・読売新聞令和2年5月23日付け記事「2日前に休業要請 愛知の遊園地『再開』」について

・読売新聞令和2年5月22日付け記事「休業対象 県の遊園地再開」について

 いずれも県内の遊園地・テーマパークの営業再開について報じた新聞、テレビの記事や番組内容に対して「事実関係に誤りが見受けられますので、別紙のとおり、正確な事実関係を指摘しました。ここに厳重に抗議するとともに、撤回を求めるものです」と強い調子で訴えていた。

 ただし、このリリース文は現在、公式サイトから削除されている。その理由を担当部署の県防災危機管理課に聞くと、驚くべき答えが返ってきた。

 「こうした事実と違う報道がなされたことを県民に知ってもらうためにホームページにもアップしたが、丸一日あれば十分だろうと考え、翌日の27日午後8時ごろに削除した」というのだ。

 一瞬、冗談かと思ったが、電話口の担当者の口調は大マジメだ。丸一日、ホームページに載せただけで750万の県民に周知されるとは、普通の感覚なら考え難い。

 「…そうかもしれませんが、最初からそうしたつもりで作業しました。いつもこういうやり方というわけではなく、少なくとも私が知る限りでは初めてです」

 その判断はあくまで担当課レベルで決めたが、抗議文は大村知事名で出ているという。いずれにせよ、県民に丁寧に伝えたいというより、一瞬の“見せしめ”と受け止めざるを得ないのではないか。

 私はたまたま、念のためにとその日のうちにすべてのキャプチャー画面を取っておき、リンク先のPDFもダウンロードしておいた。それを基に、当事者である読売新聞グループ、東海テレビ放送にも事実関係を確認した。

愛知県が読売新聞に対して抗議文を出したと伝えるリリース文。5月26日から1日限りで掲載された
愛知県が読売新聞に対して抗議文を出したと伝えるリリース文。5月26日から1日限りで掲載された
同じく東海テレビの報道に対して愛知県が出した抗議文のリリース。やはり現在は削除されている
同じく東海テレビの報道に対して愛知県が出した抗議文のリリース。やはり現在は削除されている

 

 読売新聞グループは、中部支社ではもちろん把握していたが、東京の本社は28日時点で詳細を把握しておらず、「きちんと調査をしてからお答えしたい」(広報部)とした。そのため、新聞社としての正式な見解はまだ得られていない。

 追記:6月1日、読売新聞グループ本社広報部から、以下のような回答が寄せられた。

 「愛知県から文書が届いたのは事実です。文書には事実を誤認している点もあり、なぜこのような混乱が生じたのか、県からの指摘も踏まえて、現在取材を進めており、近く記事にまとめる方針です」

 一方、東海テレビ放送は報道部長が取材を受け入れ、戸惑いを隠さなかった。同社には、公式サイト掲載前に大村知事名で正式な文書が郵送で届いていた。

 「県の指摘について、確かにこちら側にも甘さがあった」と認めた上で「『撤回』とあるが、訂正放送までしろということではない」として、オンライン記事の一部のみ修正をしたという。「しかし、県から直接文書が届き、ホームページで公開するほどの対応がされるとは驚いた」とする。

 遊園地・テーマパークをめぐる「混乱」

 ではいったい、愛知で何が起きていたのか。その細かい事実関係はまさに争われている最中なのでここでは深入りしないが、私自身の取材も加味して大まかにまとめてみる。

 県独自の緊急事態宣言を出し、国の宣言対象にもなった愛知県は4月17日、休業協力の要請対象となる施設の一覧(一覧表Aとする)を発表、公式サイトに掲載した。一覧の中には「運動施設、遊技施設」の分類で「体育館、水泳場、ボーリング場」から「パチンコ屋、ゲームセンターなどの遊技場」まであったが、遊園地やテーマパークは記載されていなかった。

 しかし、県は同時に「東京都等でお問い合わせの多かった施設」という表(一覧表Bとする)を別個に掲載。その中の「運動施設、遊技施設」には遊園地とテーマパークの記載があった。それを合わせて見れば「対象」と分かった、という理屈だ。

県が4月17日に発表した一覧表(A)。「運動施設、遊技施設」に遊園地やテーマパークの記載はない
県が4月17日に発表した一覧表(A)。「運動施設、遊技施設」に遊園地やテーマパークの記載はない
同じく県が4月17日に掲載した「東京都等でお問い合わせの多かった施設」という文書(B)には遊園地・テーマパークの記載がある。県はA、Bの文書を合わせて休業要請対象と確認できたとする
同じく県が4月17日に掲載した「東京都等でお問い合わせの多かった施設」という文書(B)には遊園地・テーマパークの記載がある。県はA、Bの文書を合わせて休業要請対象と確認できたとする

 国の宣言対象から愛知県が外れたことを受けて5月15日以降、県は博物館や美術館、劇場などから休業要請を段階的に緩和し始めた。しかし、「運動施設、遊技施設」は「遊興施設」「ホテル又は旅館」と同様、当面は休業要請を継続するとした。

 だが、ここで一部の事業者が遊園地・テーマパークが緩和されたと判断し、16日から営業を再開した。県営の愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内にある遊園地も17日から営業を始める。こうした動きや、当初の一覧表Aに遊園地・テーマパークの記載がなかったこと、さらには大阪府での緩和の見通しも影響して、他の遊園地やテーマパークも再開に向けて動き出した。

 19日にはクラスター発生実績のあるスポーツジムなどを除く運動施設、ホテル・旅館内の宴会場などが緩和。しかし、依然として「遊技施設」は要請対象で、確認のため一部のテーマパーク事業者が県に問い合わせるなどして、ようやく誤解の広まりが認識され始めた。県は20日に遊園地・テーマパークも休業要請が続いていることの分かる表をあらためて公式サイトに掲載、各事業者とも連絡を取り合う。一部施設は営業を再休止したり、告知していた再開日程を延期したりするなどの対応に追われた。

 マスコミもこの動きを察知し、22日ごろから報道が相次いだ。特にオンライン記事には「遊園地等が大混乱」「県に振り回され…遊園地から恨み節」などの見出しが並び、県の情報提供の「分かりにくさ」が要因だとの印象が広まった。これに対して大村知事は21日と22日の記者会見で「遊園地・テーマパークは緩和していない。問い合わせがあれば休業要請の対象だと申し上げているだけ」などと、県の対応に問題はないとの認識を示し、「混乱という言葉はまったく違う」と語気を強めた。

 同日には遊園地やテーマパークも休業要請が解除。大半の施設が23日から営業を再開した。ただ、知事の怒りは収まらず、2社への抗議文の発出につながったようだ。

 知事の締め付けと記者クラブ問題

 他の報道も見比べると似たりよったりという印象も受けるが、読売と東海テレビの報道は「事実関係に重大な誤りがある」(県防災危機管理課)という。2社とも各2つの報道、計4件について正誤表を付して抗議がされている。

 読売記事に関しては、モリコロパーク内の遊園地が「県の委託を受けた民間事業者が運営」となっていたが、実際は「都市公園法第5条第1項に基づき、民間事業者が愛知県から施設の設置・管理許可を受けて観覧車等を設置し運営しているものであり、県が委託をしているものではない」と指摘。22日の再開を予定していた施設に県から連絡があったことを「2日前に休業要請」とした見出しも含め、計6カ所が誤りだとされている。

 東海テレビの報道に対しては、大村知事が21日になって「要請は継続中」という認識を示したことが混乱の原因だと捉えられる記述がある点を問題視。「わかりにくい休業要請で“混乱”も」という見出しも合わせて誤りだと断定されている。

東海テレビの報道に対して、愛知県が作った正誤表。「わかりにくい休業要請で“混乱”も」などの見出しも誤りだと指摘されている
東海テレビの報道に対して、愛知県が作った正誤表。「わかりにくい休業要請で“混乱”も」などの見出しも誤りだと指摘されている

 しかし、「混乱」はそもそも認識の問題という面もある。一部の事業者から「混乱した」という言葉が実際に出ているという指摘に大村知事は「マスコミはそういうふうに書きたいんだろうけれど、まったく違う」と言い切るのだが、それはあくまで一方の認識だ。私が29日時点で取材した事業者からも「県も悪意はなかったと思う。ただ、事業者の足並みがそろわなかったのは事実で、混乱がなかったかと言われると、そうは言えない」という言葉が聞かれた。

 大村知事は愛知県下でコロナ患者が増加した3月を中心に、マスコミ報道にたびたび強く反応していた。特に病院の逼迫、それこそ医療崩壊を懸念する報道に対して「人の命に関わる問題だからだ」と抗議を重ねた。しかし今回、業種に軽重はないとはいえ、明らかに命に関わる問題ではない話に、なぜここまで過剰に反応するのか理解に苦しむ。メディアへの締め付けであり、報道や表現の萎縮につながりかねない。

 私がこうした疑問を持っても、愛知県では記者会見での質問が認められていない。実質的な「検閲」を受けた4月以降、相変わらず知事の臨時会見は生中継NG、記者クラブ加盟社以外の取材者の質問もNGだ。「ぶら下がり」の会見であってもダメだとされる。

 県広報は「臨時会見はそもそも発表事項以外のことについて質疑する場ではない。『ぶら下がり』も記者クラブからの要請を受けて開くものなので、加盟社以外は質問をしないでほしい。もしそうしたルールが破られれば、録画などの削除をお願いする場合はある」とする。まったく納得できない理屈なので、協議の場を設けるよう申し出ているが、広報は多忙を理由に1カ月近くも取り合わない。

 こうして県民ファーストでなく「記者クラブファースト」の会見や会議が繰り返され、リアルタイムの記録は制限、行政による検閲や編集の余地が入る。今回の一連の「混乱」ともまったく無縁とは思えない。

 第2波では、行政と県民のコミュニケーションが一層、重要になるはずだ。こんな状態でいいのだろうか、愛知県民の皆さん。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。東日本大震災発生前後の4年間は災害救援NPOの非常勤スタッフを経験。2012年からは環境専門紙の編集長を10年間務めた。2018年に名古屋エリアのライターやカメラマン、編集者らと一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」を立ち上げて代表理事に就任。

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