「イスラエルとの事業連携やめて」 愛知県に反対署名2万人分提出 県は「軍事とは直結しない」
中東情勢が緊迫化する中、イスラエルと愛知県によるスタートアップ(新興企業)事業連携の中止を求める署名が約2万人分集まり、10月4日に県民有志が県の担当者に手渡した。
県は連携が「イスラエルの軍事技術に直結するものではない」と説明するが、有志に加わる中東問題の研究者は「イスラエルのスタートアップ文化と軍は不可分の関係がある。事業連携は国際法違反を繰り返すイスラエルに厳しい措置を求める世界の動きに逆行する」として即刻中止するよう求めた。
県内企業に県がイスラエル企業を紹介
製造業が盛んな愛知県は近年、新たなビジネスモデルや市場を開拓するスタートアップ支援に力を入れ、起業家の育成や海外企業・政府との連携に取り組んでいる。今年10月末には名古屋市内に「日本最大」を謳うスタートアップ支援拠点「ステーションAi(エーアイ)」をオープンさせる。
こうした流れの中、愛知県の大村秀章知事は2022年5月に自らイスラエルへ渡航し、同国政府の外郭団体であるイノベーション庁などとスタートアップ支援で連携することに合意した。
その一環として県内企業にイスラエルのスタートアップ企業を紹介し、新規事業開発や課題解決に取り組む「Aichi-Israelマッチングプログラム」が22年度にスタート。初年度は製造やシステム開発の3社が、イスラエル現地での面談を経て14社と秘密保持契約を締結。23年度はプログラムを2つに分け、計6社の県内企業が参加した。
しかし、今からちょうど1年前の23年10月7日、封鎖下のパレスチナ・ガザ地区からの攻撃に対し、イスラエルが大規模攻撃を実施。現地情勢の不安定化から、企業同士の面談はオンラインに切り替えられた。それでもイスラエル企業28社との面談は行われ、最終的に7社との契約が成立した。24年度も県の予算にはイスラエルを含めた「海外スタートアップ支援機関連携推進事業費」として約7億4000万円が計上され、前年度と同様のプログラムが続けられている。
「虐殺を黙認し加担、知らん顔はできない」
こうした動きに危機感を持った県内の有志が今年7月から、「イスラエルとの事業連携を黙認できない愛知の有志」として署名活動をインターネット上で展開するとともに、毎週金曜日に県庁前で抗議の声を上げ始めた。
普段の仕事や活動はさまざまだが、毎回10人ほどが集まって「占領や虐殺を行っているイスラエルの機関との協定はありえない」「人道に反してまで経済振興をやる必要がありますか」などと問い掛ける。
外国人支援に携わる女性は「日本の非正規滞在外国人の問題と世界におけるパレスチナ問題は同根のことのように思え、知らん顔はできない。県民の納めた税金をイスラエルに流すことはイスラエルの虐殺を黙認し、加担することになる」と訴える。福祉分野から「税金の使い方やチェックの仕方がおかしい」と問題意識を持つメンバーもいる。
事業連携中止を求める署名は9月下旬の時点で2万筆を超えたため、県の担当部署を通じて大村知事に届けることになった。
研究者が「連携中止するべき理由」を説明
県本庁舎近くの愛知県自治センターの会議室には、有志のメンバー25人ほどと県経済産業局革新事業創造部海外連携推進課の担当者3人が出席。10月1日時点で集まった2万359人分の署名簿を林秀幸課長に手渡した後、メンバーの1人である名古屋市在住の大学教員、金城美幸さんが「イスラエルとのスタートアップ連携を中止すべき4つの理由」を説明した。
金城さんはパレスチナ問題を専門に研究し、イスラエルとパレスチナ双方の大学に留学経験もある。現在は立命館大学客員研究員をはじめ、愛知県内の複数の大学で非常勤講師を務める。
金城さんは第1の問題点として、イスラエルによるガザ地区やヨルダン川西岸地区の不法占領、パレスチナ全域でのアパルトヘイト(人種隔離政策)などの国際法違反を国際社会が長期にわたって放置してきた結果が昨年10月以降のガザ地区でのジェノサイド(大量虐殺)につながっているとし、「甚大な人権侵害、国際法違反を続ける国家との事業連携を何の問題もなく進めてしまうのは、国連加盟国が行うべき取り組みの欠如とみなされてしまう」と指摘した。
2点目としてイスラエルは徴兵制があり、軍のエリート部隊がスタートアップの人材や技術の源泉となっているなど「スタートアップ文化とイスラエル軍の不可分の関係」を挙げた。これは大村知事自身が2020年発行の自著で「公正中立を徹底しても、イスラエルの防衛技術の高さは賞賛すべきもの」「IDF(イスラエル国防軍)は人材と技術という両面でイスラエルのイノベーションを支える」などと記しており、「知事も重々承知している」はずだとする。
「入植地事業と関わらないビジネスあり得るか」
3番目に、イスラエルの入植地事業についても人権侵害の懸念が指摘され、かつ広範な経済活動と結びついていることから「今のイスラエル経済の中で入植地事業と関わらないビジネスがあり得るのか。それをどのように確認するのかが今回の事業連携で見えてこない」点だとした。
最後に、イスラエルの国際法違反や人権侵害に敏感なアジア諸国やイスラム圏とのつながりが損なわれてしまう恐れを挙げ、「愛知県の大学にはアジア圏の人も多く、イノベーション事業にも多く関わっている。彼らがイスラエルと連携する県の事業に参加するだろうかと、具体的な愛知の問題として考えていただきたい」と問題提起した。
県は「あくまで県内企業の成長・発展のため」
県の林課長は「2万人以上という署名は重く受け止め、しっかり知事に伝える」とした上で、「我々としてはイスラエルの軍事に与(くみ)するとか強化するということではなく、あくまで愛知県の企業の成長・発展に寄与する技術があればということで事業を始めている。昨年10月以来の情勢に対しても現状、日本政府や地方自治体である我々の姿勢として中立的な立場を崩さず、状況を注視しながら判断する」と弁明。「我々職員もイスラエル情勢には心を痛めている。今の状況にこだわっているわけではなく、状況を見極めて、何よりも日本政府や愛知県の政治的判断を踏まえて見直すべきところは見直していきたい」と付け加えた。
有志のメンバーからは「『中立』とはどういうことか。日々ガザの人たちが殺されているこんな状況でも中立なのか」「県が紹介したイスラエルの企業が、もし人権侵害の懸念のあるリストに挙がっていたら、県は責任が取れるのか」などと疑問が呈された。
それに対して林課長は「我々が調査する範囲では(紹介する企業の活動が)軍事技術そのものに直結するものではないと判断している」などと答えた。
「軍」を売込先と明記する企業だけで255社
しかし、県が紹介したイスラエル企業の具体的な社名は、初年度の14社以外には公表されていない。林課長は筆者の取材に、「紹介する企業は事業分野ごとにイスラエル側から示され、それを我々もチェックしている。しかし、実際にどこと事業をしているかというのは企業の秘密漏洩にもなってしまうので、我々から積極的に公表はできない。それはイスラエルだけでなく他の国との連携でも同じだ」と述べた。
県がイスラエル側の窓口の一つとしている「Start-Up Nation Central(SNC)」という中間組織には、約7000社のスタートアップ企業が登録されている。そのうち対象の売込先(target customer)を「軍(military)」と明記している企業だけで255社ある。(10月6日現在)
金城さんは「(軍事と関係しないという)県の確認はまだまだ不十分だと思う。たとえ確認できたとしても、イスラエルの民生用技術を愛知県内に導入していいのかはまた別の議論になる。今、イスラエルがやっていることは明確な国際的犯罪であり、そうした国に対しては軍事、民生のいずれにしてもロシアなどに対するのと同じような規制が必要ではないか」とも訴える。
有志の署名や抗議活動は、今後も続けていく方針だという。