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ウィシュマさん入管死裁判、「争点」議論は噛み合わぬまま「証人」巡る駆け引きなど次の段階へ

関口威人ジャーナリスト
第14回口頭弁論で名古屋地裁に入るウィシュマさんの遺族ら=9月25日、筆者撮影

 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で収容中に死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=の遺族が国を相手取り約1億5000万円の損害賠償を求めている裁判の第14回口頭弁論が2024年9月25日、名古屋地裁で開かれた。

 今年5月に裁判官がすべて入れ替わってからは3回目の法廷。原告側は、収容中のウィシュマさんの様子を写したビデオ映像約295時間分のうち、昨年6月と7月に証拠調べとして法廷で上映された5時間分のビデオについて、新たな裁判官も視聴するよう求めていた。

日本語で「サイバンカンノミナサマ…」

 この日、意見陳述でウィシュマさんの妹のワヨミさんは冒頭、「サイバンカンノミナサマ…」と日本語で呼び掛け、その後はシンハラ語で、5時間分のビデオ映像を見てもらえれば入管の対応の理不尽さが分かるはずだと訴えた。

 日本語で呼び掛けた意図について、弁論後の会見でワヨミさんは「いつもはシンハラ語で話しているけれど、ビデオを見ることがどれほど重要かを、私の口から日本語で言った方が裁判官の心にも響くのではないかと考えた」からだったと明かした。

 原告側弁護団によれば、大竹敬人裁判長は弁論後の非公開の進行協議で、5時間分のビデオを既に視聴したと言明したという。原告側はそれを歓迎した上で、残り290時間分の証拠提出も引き続き求めていく方針だ。

入管側それぞれの「注意義務違反」指摘

 書面のやり取りでは、原告側が第15準備書面を提出。法廷で駒井知会弁護士は「あのビデオを見れば、体に変調をきたしていたウィシュマさんを救えなかったことに当時の入管の医師や看護師、局長ら幹部が法的責任を負っていたのは明らか。それぞれに注意義務違反を繰り返し、その積み重ねがウィシュマさんの死を招いた」と主張・立証する書面だと説明した。

 具体的には、ウィシュマさんが死亡する約3カ月前の2021年1月18日の時点で、担当の看護師はウィシュマさんの食事の摂取量が少ないことや、水分摂取量が不足していることを把握。尿検査で飢餓状態を表す「ケトン体+」の結果が出た同26日までには体重減少を病的症状として認識し、「脱水注意」とも評価して食事量や尿回数などを定期的に観察し、アドバイスするという処置計画を立てていた。

 これらは入管職員にも共有されていたが、水分や食事量を正確に記録して報告するような指示は医師・看護師側からなく、入管側も情報を正確に記録する体制を構築していなかった。このことから医師や看護師、担当職員らには「生命健康維持義務違反」があり、トップである入管局長には「体制構築義務違反」があったと原告側は指摘する。

弁論後に記者会見するウィシュマさんの妹のワヨミさん(中)とポールニマさん(右)=9月25日、筆者撮影
弁論後に記者会見するウィシュマさんの妹のワヨミさん(中)とポールニマさん(右)=9月25日、筆者撮影

 こうした注意義務違反が「低栄養・脱水」状態のウィシュマさんを死に至らしめたことは明らかだと原告側は主張するが、国側は「最終的な死因は不明」とした上で争点を死因と死に至るまでの医学的な「機序(メカニズム)」に絞るよう求めている。

 第三者から見ると、噛み合わない議論が続いているようで歯がゆい。

 国側は次回の弁論でさらに反論を展開する見通しだが、原告側弁護団によれば裁判所側は次回、これまでの双方の主張の中から裁判所としての「関心事項」を示すことになったという。

 それがすなわち争点になるかどうかは分からないが、ある程度の方向性を絞って次に移ろうとする段階に来ていることは間違いない。

原告側が司法解剖医の氏名など開示求める

 次の段階とは、具体的には証人尋問のことだ。事件の関係者を法廷に呼んで、証言を通じて原告、被告がそれぞれの主張を立証する。

 この点で、原告側は国側にある疑問と要求を投げ掛けた。国側が証拠として提出していたウィシュマさんの司法解剖結果の鑑定書などに、作成者の氏名や所属がない(白塗りでマスキングされている)ため、それを明らかにした上で「抄本(抜き書き)」ではなく全体を示すべきだという。

 鑑定書には「司法解剖医」や「大学医師」とまでは書いてあるが、どこの誰かは分からない。その他「名古屋地方検察庁」によると書かれた捜査報告書についても、マスキングを外して全体を示すよう原告側は求めた。今後、証人尋問を求めるかどうかの検討にも必要だからだという。

 これに対して国側の代理人は法廷で、この鑑定書などは刑事事件(当時の入管局長らに対して殺人などの容疑で遺族らが名古屋地検に告訴・告発し、不起訴処分に終わった事件)の捜査資料であり、司法解剖医らの名前を明かすと支障が出るとした上で、「裁判所の考えを確認したい」と大竹裁判長に呼び掛けた。

 しかし、大竹裁判長は戸惑った様子で「それは被告が検討することで、我々の方でお答えしなければならないのか」と返した。国側代理人は「裁判所が(開示に)積極的なのかどうかを確認したい」と重ねて述べたため、原告側の川口直也弁護士が「では裁判所側から出すように言ってあげたらどうか」と突っ込み、傍聴席から失笑が漏れた。

 大竹裁判長は「一般論として」と前置きして「文書の信用性のためには、どのような方が書かれたかを当然把握することになり、(氏名などは)明らかにしていただくべきだ。それができないなら信用性をどのように担保するかの説明が別途いるだろう」とした。

 原告側の川口弁護士が「明らかにできないなら証拠から撤回したらどうか」とさらに突っ込むと、国側は「円滑な訴訟進行のために提出したもので、撤回すればいいというものではない。裁判所の考えを含めて検討する」と引き取った。証人尋問を巡る駆け引きも今後の注目点となった。

 次回期日は11月27日の予定。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。東日本大震災発生前後の4年間は災害救援NPOの非常勤スタッフを経験。2012年からは環境専門紙の編集長を10年間務めた。2018年に名古屋エリアのライターやカメラマン、編集者らと一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」を立ち上げて代表理事に就任。

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