2019年に注目すべき「新ラーメン」とは?
ラーメンには常にトレンドがある
数ある飲食業態の中で、ラーメンほどトレンドに敏感な業界は珍しい。そもそも現在のラーメンブームは1990年代後半、インターネットの普及と共に始まった。それまで地元の口コミなど狭い商圏でしか語られなかったラーメンは、インターネットの拡散力を武器に、一気に日本全国へとその情報が広がっていった。一杯のラーメンを食べるために、人は電車や車はおろか、時には飛行機に乗ってまで出掛けるようになった。
そのような背景から、ラーメンブームはインターネットで話題が拡散されることで大きくなり、スマートフォンとSNSの普及によってブームの移り変わりが加速化していった。古くは「ご当地ラーメンブーム」からはじまり「つけ麺ブーム」「鶏白湯ブーム」「ガッツリ系ブーム」「牛骨ブーム」「鮮魚系ブーム」「鶏清湯醤油ブーム」「まぜそばブーム」など、大小様々なムーブメントが起こり、インターネットを介してトレンドとして業界を席巻してきた。
ここ数年のラーメン業界では「辛麺ブーム」が顕著であった。『蒙古タンメン中本』や『麺屋はなび』といった、辛い麺を提供する人気店の躍進とともに、その合間を縫うかのごとく「担々麺専門店」に注目が集まり、さらにはラーメン専門店が新たなブランドとして担々麺業態を出店し、辛麺への注目が高まっていった。そのブームもやや落ち着いた感があり、業界としては次のブームが何になるのかアンテナを張り巡らしているところだ。
時にファッションと比較されがちなラーメンのブームだが、事前にトレンドを決めてそこに向かって業界全体が突っ走っていくファッション業界とは異なり、ラーメンの場合はあくまでも自然発生的にブームが起きる。例えばある一軒のラーメン店が人気を集めて、そのラーメンに影響を受けた人が新たに同じようなラーメンを提供して増殖していくような流れだ。それをラーメン評論家をはじめとするメディアがキャッチして情報を集約して拡散していくことで、世の中に「ブーム」として認識されていく。次のブームはいったい何になるのか、これは誰にも分からないことだ。
次のブームになる食材とは
そんな中、次の新たなブームになる可能性が高い「新ラーメン」がある。それはズバリ「鰹節」や「鯖節」といった「(魚)節(ぶし)」を使ったラーメンである。日本人が古くから慣れ親しんできた鰹節は、ラーメンの世界においても目新しい食材ではない。特に日本蕎麦をルーツとするラーメン店などにおいては、戦後間もない頃から鰹節は当たり前のようにラーメンに用いられてきた。
鰹節は鰹の身の肉を加熱乾燥させた保存食品で、味噌汁をはじめ出汁を取る上で日本食には欠かすことの出来ない、古くは飛鳥時代から文献にも残っている日本古来の食材でもある。ラーメンにおいても、ラーメンのスープやタレを作る上で旨味を加えるために使うことが多い。
さらに、2010年にオープンした『本枯中華そば 魚雷』(文京区小石川1-8-3)や、2017年に世界規模のラーメンコンテスト「ワールドラーメングランプリ(WRGP)」で優勝した『大重食堂』(福岡県福岡市中央区警固1-8-20)のように、鰹節などの節の出汁をサイフォンを使って提供直前に抽出するという手法のラーメン店も現れた。
このようにラーメンでも当たり前のように使われてきたカツオ節が、なぜ新たなブームになるのか。それは出汁を取るためのいわば脇役だった鰹節などの魚節を主役にしたラーメンが、昨年より相次いで登場しているからだ。それを暫定的に「節ラーメン」と呼ぶが、2019年はそんな節ラーメンが新潮流になる可能性を秘めている。
香味油を目の前で作る『麺屋武蔵 五輪洞』
まずは2018年10月、田町にオープンした『麺屋武蔵 五輪洞』(港区芝5-29-1)。麺屋武蔵は原則として店舗ごとに屋号や味が異なるが、こちらの店のテーマはズバリ鰹節。店内に置かれた鰹節の削り機で削った削りたての荒節をラーメンに使うのだが、ユニークなのはその使い方だ。
0.1mmに削り出した削りたての鰹節をスープの入った丼の上に乗せて、その上から熱々に熱した油をかけていく。店内に油の「ジューッ」という音とともに、熱せられた鰹節の香ばしい香りが一気に広がり、食欲をこれでもかというほど刺激する演出だ。
ラーメンには欠かせない「香味油」を提供する直前に目の前で作るという仕掛け。削りたてをその場で油にすることで、前もって仕込んでおいた油と違った熱や香りを表現出来る。鰹節そのものも削りおきよりもその都度削った方がフレッシュな香りが出せるのは言うまでもないこと。もちろん演出としても優れているが、美味しさを追求した結果のスタイルなのだ。
超極薄の削り節を使う『東京煮干らーめん 玉』
同じく2018年10月、東京駅八重洲口地階のラーメン複合施設『東京ラーメンストリート』にオープンしたのは『東京煮干らーめん 玉(ぎょく)』(千代田区丸の内1-9-1 東京駅八重洲南口地下1階 東京ラーメンストリート内)。2018年には品川の『品達』、台場の『ラーメン国技館 舞』と相次いでラーメン施設に出店を続けてきた玉グループだが、東京駅には新たなブランドで出店してきた。
濃厚な鶏の旨味あふれるスープに数種類の煮干しをブレンドした煮干しラーメンの専門店。その上に置かれるのが鹿児島県枕崎産の鯖節を極薄に削った削り節だ。世界に一台しかないというオリジナルの削り機を使って、注文を受けてから店内で削ったものを使用する。極限まで薄く削る理由は旨味の抽出が速く、かつ口の中に入れた時に溶けるようにするためだ。
ふわふわとした極薄削り節は見た目にも華やかで、丼の上からスープの熱で香りも立ってくる。そして口の中で広がる鯖節の旨味が、濃厚な煮干しスープにさらなる深みを与えている。インバウンド需要も高い東京駅という場所で、日本が世界へと誇るべき「出汁」「旨味」の文化を視覚的にも味わい的にも表現したのが、玉の煮干し節ラーメンだ。
稀少な「手火山式」鰹節を使う『あの小宮』
2019年2月、渋谷にオープンした『らーめんとしょうが焼き あの小宮』(渋谷区神南1-23-10 MAGNET by SHIBUYA109 地下2階)。人気店『つけめんTETSU』の創業者が新たにプロデュースした『あの小宮』も、店舗ごとにコンセプトや味などが異なっているが、今回の新店では、その名の通りラーメンと生姜焼きを提供している。
この店で使う鰹節は三重県伊勢志摩地方の「波切節(なきりぶし)」。古くから伊勢神宮へ奉納されてきた歴史を持つ鰹節だ。薪を使って燻し小屋で一本一本職人が作り上げる、昔ながらの製法「手火山式(てびやましき)」で作られた鰹節を、店内にある削り機を使って薄く削り、削りたてを使用している。
削りたての鰹節は客の目の前で麺の入った丼の上にかけられる。そこに特製の「たれ」をかけて混ぜて味わうという、今までにない新たなスタイルのラーメンが、この店舗オリジナルの新商品「たれ中華」。当初は鰹節を乗せた普通のラーメンを考えていたというが、より鰹節の美味しさや魅力を表現するにはどうしたらよいかと試行錯誤の末に生まれたのが今回のメニューだ。
ラーメンの世界では、常に新しい食材や製法を模索し続けている。しかしその大半は瞬発的なブームで終わってしまい、定着していくことは少ない。果たしてこの「節ラーメン」は業界に定着していくのだろうか。これからも注目していきたいと思う。
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※写真は筆者の撮影によるものです。