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産経「譲位」に用語変更 朝日も「生前退位」不使用 他社は表記の混乱も

楊井人文弁護士
産経新聞2016年10月28日付朝刊1面

産経新聞は10月28日付朝刊1面で、今後、天皇陛下のご意向について報じる際、「生前退位」という言葉を使わず、原則として「譲位」とすることを発表した。日本報道検証機構の調べでは、朝日新聞も同日付朝刊から「生前退位」を一度も使わず、「退位」または「譲位」という表現で報道していることがわかった。「生前退位」という表現をめぐっては、皇后さまが20日のお誕生日に発表した文書で「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかった」として「大きな衝撃」を受けたと表明していた。他の主要紙や放送各局は28日午前の段階では、前日の有識者会議などを報じた際、依然として主に「生前退位」という表現を使用。しかし、文中で「退位」「譲位」という言葉が混在している例もあり、今後、用語変更の動きが広がる可能性がある。(既報・<視点>あり=「生前退位」は「歴史の書物にない表現」 皇后さま、違和感表明 NHKの反応は…、追記1〜4あり

27日に「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」第2回会合が開かれたことについて、産経新聞は28日付朝刊1面で「譲位有識者会議」という見出しで報じた。文中は原則として「譲位」、一部で「退位」という表現が使われ、一箇所だけ有識者の談話の引用で「生前退位(譲位)」という表記があった。有識者会議では「退位」という表現が使われている。

「生前退位」の表記が消えた朝日新聞10月28日付朝刊1面。右側は同日付読売新聞
「生前退位」の表記が消えた朝日新聞10月28日付朝刊1面。右側は同日付読売新聞

産経も他社と同様、7月13日以来「生前退位」という表現を使ってきたが、用語を変更した理由について時田昌校閲部長が紙面で詳しく説明した(ニュースサイトにも掲載)。時田部長は「耳慣れない言葉でもあり、違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか」と提起しつつ、過去に国会の質問で使われたことがあり、すぐに譲位するわけではないことが一目で分かるなどと、従来この用語を使ってきたことに理由があるとの考えを示した。一方で、皇后さまのお誕生日の文書にも言及し、「死後」や「死」とセットで用いられることも多く、天皇陛下が「譲位」の言葉で使われていたことなどから、「『生前退位』という用語を使わなくても、十分にその意味するところが分かる環境になったといえます。『生前退位』は過渡的な役割を終え、『譲位』こそ、今後の説明に適した言葉と考えます」と表明した。日本報道検証機構が27日夕に独自取材に基づき産経の方針転換を速報した際は、ツイッター上では「遅いくらいだが、良かった」と評価する声が相次いだ。

一方、朝日新聞も27日までは「生前退位」を見出しや本文で使ってきたが、28日付朝刊では、見出しで「退位」、本文で「天皇陛下の退位」と表記し、「生前退位」を一度も使っていなかったことがわかった。ただ紙面上では読者に用語変更の説明書きはなかった。朝日新聞社関係者に確認したところ「用語変更の通達があったことは確認できていない」という(追記あり)。

NHKニュース10月28日朝
NHKニュース10月28日朝

在京各紙の28日朝刊を調べたところ、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、東京新聞は、従来どおり「生前退位」を使用。NHKや民放各局も28日朝のニュースでは全て「生前退位」のままになっていた。

27日薨去された三笠宮さまがかつて天皇陛下の「譲位」制を提案されていたことについても、「生前退位」に置き換える社とそうでない社に対応が分かれた。産経は「譲位」、朝日も「三笠宮さま、譲位容認論」「天皇譲位」などと表記した。一方、他の在京紙は「生前退位 戦後訴え」(日経)、「皇室典範制定時『生前退位』規定主張」(毎日)、「生前退位 三笠宮さま容認」(東京)と、見出しでは「生前退位」を用いつつ、文中では三笠宮さまが実際に用いた「譲位」や「退位」という言葉が混在し、使い分けが混乱しているとみられる例があった。読売は三笠宮さまが「譲位」に言及していたこと自体に触れなかった。

【追記1】

朝日新聞は10月29日付朝刊で「Re:お答えします 『生前退位』『退位』『譲位』使い分けは?」と題し、読者の疑問に答える形で同紙の立場を説明する記事を掲載した。それによると、朝日が「生前」という言葉を使ったのは「現在の皇室典範で『代替わり』は天皇が亡くなった場合に限られているなかで、『ご存命のうちに』退位するという特別な点を明確にするため」と説明。また、「『退位の意向』と報じると、天皇が即座に代わってしまうような印象を読者に持たれかねないとも考えました」とも述べた。

その後、天皇陛下がお気持ちをビデオメッセージで表明し、退位は「すぐに」ではなく安倍政権が2018年のうちに実現を目指していることも明らかになってきたことも指摘。「『生前』と書かなくても、その意味は読者に伝わるようになってきました。そこで朝日新聞の記事では、『生前』という言葉は添えず『退位』とだけ表記することが多くなっています」と説明した。

そのうえで、皇室関係者の間では「譲位」という言葉が一般的と言われているとも指摘し、「状況や発言者の考え方によっても、使う言葉は違ってきます。ニュースに応じたふさわしい言葉を使うよう努めたいと思います」とした。

しかし、天皇陛下がご意向を表すときに「譲位」という言葉を用いたとされることや、皇后さまがお誕生日で「生前退位」という新聞報道の表現に衝撃を受けたと述べられたことについては、触れなかった。

この記事からは朝日新聞の方針が明確でないが、今後は「退位」の表記を主とし、状況によって「譲位」を用いることを示唆したとも読み取れる。なお、「朝日新聞の記事では、『生前』という言葉は添えず『退位』とだけ表記することが多くなっています」と説明した部分は、事実と異なる。実際は、朝日新聞は10月27日付朝刊まで、ほとんどの記事で「生前退位」と表記し、「退位」や「譲位」を単独で使うことは極めて稀だった。(2016/10/29 08:30追記)

【追記2】

読売新聞は11月15日付朝刊1面に「天皇陛下が地位を退かれることについて、読売新聞はこれまで『生前退位』と表記してきましたが、今後は原則『退位』とします」との「おことわり」を掲載した。2面では、従来「生前退位」を使用してきたのは「天皇陛下がご存命のうちに退位する点を明確にするため」と説明。議論が深まり「生前」をつけなくても意味が通じる状況になってきたことや政府が国会答弁で「退位」を用いていることを変更理由に挙げた。

これに先立って、NHKは11月7日のニュースから「生前退位」を一切使わず「退位」の用語を使うようになっている。毎日新聞、日本経済新聞、中日・東京新聞、共同通信、時事通信は、従来どおり「生前退位」を使用している。(2016/11/15 11:05)

【追記3】

毎日新聞は11月23日付朝刊2面で、従来の天皇陛下の「生前退位」との表記を改め、今後は原則「退位」とすることを明らかにした。変更の理由については「天皇陛下のご意向を報じてから4カ月以上が経過してこの問題についての周知が進み、『生前』を添えなくても意味が伝わる状況になったと判断しました」と説明した。(2016/11/23 17:15)

【追記4】

日本経済新聞は11月30日付朝刊で「生前退位」の表記を「退位」と改めることを明らかにした。東京新聞も同日付夕刊で「退位」への用語変更を「お断り」で説明した。いずれも変更理由は読売新聞や毎日新聞の説明と同様だった。これで、在京6紙はすべて用語変更を行ったことになる。(2016/11/30 23:45)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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