神戸市の教員間暴力事件は何だったのか <影響と教訓>
神戸市立東須磨小学校で起きた教員間暴力・いじめ事件。激辛カレーを強要する動画を鮮明に覚えていらっしゃる方も多いことでしょう。昨日(3月27日)、神戸地検は加害教員4人を起訴しないこと(起訴猶予処分)としたことが報じられましたが(共同通信記事など)、約5カ月前は連日のようにワイドショーや週刊誌で大騒ぎしていたのとうってかわって、最近は、ほとんど報道等は見かけなくなりました。
新型コロナのこともとても心配ですが、新学期がスタートする前に、あらためて、振り返りたいと思います。教員間暴力事件は何だったのか。
■教員間暴力がもたらした、3つの不信
この事件の影響は多岐にわたりますが、あえて一言でまとめるなら、「教育不信」、「教師不信」がかつてないほど高まったと言えるのではないでしょうか。とりわけ3つの意味で考えたいと思います。
(1)「児童生徒」の教師不信、学校不信
なにしろ、この事案では、いじめはいけないと言ってきた教員が暴行・傷害を起こしたのが、子どもたちにも、大人にとっても大きなショックでした。しかも、加害者のひとりは、人権教育の推進担当でした。
子どもたちの様子です。
(2)「保護者、世間」の教師不信、学校不信
保護者、社会の学校への信頼も失墜しました。センセーショナルな報道等とも相まって「小学校の先生ってあそこまで幼稚なの?うちの学校の先生も大丈夫?」あるいは「なんだ、先生たちってヒマなの?」というイメージが世間に広まりました。
実際は小学校の先生はとても忙しいのですが・・・。世間に定着したイメージを払拭するのは容易ではありません。
日本経済新聞の最新の世論調査(2019年)によると、教師を信頼できないという回答は27%で、信頼できない人としては上位にランクしています(日本経済新聞2020年1月10日 )。
しかも、加害行為の悪質さに加えて、その後の学校と教育委員会の対応が、保護者ならびに社会、世間の学校不信を増幅させたように見えます。
東須磨小の現校長は、前年度まで教頭でしたし、“知らぬ、存ぜぬ”のはずはない、と考えるのが普通の感覚かと思います。ところが、涙ぐんだ会見で、2019年の7月になって深刻な事態を知ったと述べているのは不可解です。前校長は事件発覚以降、学校を休んでいて、雲隠れの状態。教育委員会に異動扱いになったあとも、ほとんど説明責任を果たしていません。
これでは、正直なんのために校長がいるのか、わかったものではありません。管理職には職員の心身の健康を守っていく、安全配慮義務があるにもかかわらず、責任放棄しているようにも見えます。弁護士による調査委員会の検証報告書においても、管理職の責任については、踏み込み不足です。
教育委員会の対応も実にお粗末です。神戸市は2016年に女子中学生がいじめを苦に自殺、市教育委員会が証言メモを隠蔽した問題があり、再発防止の提言がまとまったばかりでした。教育委員会としては、さまざまな情報をオープンにして信頼回復に努める必要があった矢先に今回の事件です。
しかも、この事案は神戸新聞が10月に報道して初めて明るみに出ました。もし報道がなかったら、どうなっていたでしょうか。被害教員は9月に市の相談窓口を訪れていて、遅くともその時点では、市教委も事の詳細を把握していました。にもかかわらず、市教委は、会見等で細切れに事態を発表し、社会の不信感を増幅させました。
詳細は弁護士による委員会が調査すると言って、何がどうして起きたのかの説明も、再発防止に向けた対策も、教育委員会はほとんど述べていません。いまもって、そうです。
ちなみに、神戸市では今後の対策として、教員を3日間、民間企業に派遣する研修を始めるということです。「学校の職場環境の閉鎖性が問題だから、企業に出向いて勉強して来い」という趣旨のようですが(神戸新聞2020年1月14日)、今回のような悪質な暴力事案やいじめが、企業研修等にいったところで、防止できるとはまったく思えませんよね?
職員室の風通しをよくしたいのであれば、企業研修をするよりも、もっと別のことをするべきです。たとえば、ハラスメントや組織マネジメントをテーマにした研修であったり、職員が悩み等を気軽に相談できる場を設けたりすることです。
現時点での神戸市教委の対応は、問題の本質に迫ろうとせず、ちぐはぐでその場しのぎ的です。もちろん、保護者や世間の信頼回復につながるものになっているとは言えません。
(3)「教員志望者」の教師不信、学校不信
小学校の教員採用試験の受験者数は、全国的には近年減少傾向です。教員免許を取得したとしても、教員採用試験を受けないという人も大勢います。教員になろうか、どうしようか考えている、迷っている人にとって、神戸の事案は大きく影を落とす、と思います。
ただでさえ、忙しく過酷な職場であることが知れ渡って、過労死等による犠牲者まで多数出ています。これに加えて、「仕事に就いたあと、あんな暴力やいじめを受けるかもしれない」となると、いくら給与等が安定しているとしても、また、子ども成長に関われるやりがいがあるといっても、教員に就職(転職)したいと思う人は、減るでしょう。
■何が教訓か
わたしが調査した限り、このような卑劣で幼稚な事件は非常に稀です。全国各地の学校でこんな問題があるのではないかと安易に一般化するのは慎重であるべきです。ですが、ここまでいかなくても、教員間のいじめやハラスメント事案はたくさん起きています。
神戸市教育委員会は、事件を受け、全教職員約1万2千人にハラスメント被害を調査しました(2019年10月)。約1600人から1755件のハラスメント申告がありました。申告のあったものすべてがハラスメントや暴力事案というわけはありませんが、教職員のおよそ約1割にもあたる訴えがあったことは、重く受け止めなければならないと思います。
当たり前の話ではありますが、教員の養成と採用上の問題がなかったのか、また採用後の育成の問題にも注目していく必要があります。加えて、前述したとおり、相談窓口の周知と利用しやすいものしていく仕掛けがもっと必要だと思います。
加えて、新学期が始まる前に、特に注意してほしい教訓があります。
東須磨小の問題を調査した弁護士チームの報告書(概要版 https://www.city.kobe.lg.jp/documents/31810/chousahoukokusyonogaiyou.pdf)では、事件の背景、要因として、職場でのコミュニケーション不足を問題視していますが、こんな指摘もしています。
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神戸の件に限らず、学校組織の特性として、非常に重要な指摘だと思います。
学校の先生は児童生徒についての情報は比較的よく共有するが、教職員、同僚については相互不干渉になっている部分が大きいのではないか、という指摘です。また、関連して、各学級のことは学級担任任せにし過ぎている傾向、職場風土も、考えていかないといけません。
東須磨小では、発覚する1年も2年も前から兆候はありました。被害教諭が1年目、つまり新任のころから、いじめはあったことが、調査報告書でも報道でも、明らかになっています。また、2018年の夏には「先生たちの間でいじめが起きているのではないでしょうか」という電話が保護者からありました(毎日新聞2020年3月21日)。この電話は、今回の加害教諭、被害教諭とは別の話ですが、学級崩壊も起きていたことも関連しています。「保護者の指摘は、生かされていなかった」のです(同紙)。
「忙しいから、教員間暴力が発生した」と多忙を言い訳にしていい話ではありません。ですが、目の前のこと、自分の学級のことに手一杯になるなか、よそのクラスのこと、同僚のことへの関心とケアが薄くなっている学校は、東須磨小だけではない、と思います。
もちろん、管理職の責任も重い話ではあります。ですが、ぜひ全国の先生たちには、この4月以降、新任教諭に対してはもちろんのこと、同僚のことをもっと気にかけるようにしてほしいと思います。新型コロナのなかの学校再開。学級運営も学校運営も困難さを増しています。そんなときだからこそ、なおさら、相互ケア、職場での声がけは大事になることです。
ほかにも、本件の教訓、反省点、再発防止、それから「3つの教育不信」を回復するために考えていかないことは多岐にわたりますが、きょうはここまでにします。(以下の別記事にも書いていますので、ご関心のある方はご覧ください。)
なお、この記事は、妹尾の新刊『教師崩壊』(PHP新書、4月中旬発売予定)を再構成、加筆してアップしました。
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