Yahoo!ニュース

日本人がヘイト被害にあうリスク--データにみる他のアジア系との比較

六辻彰二国際政治学者
アトランタ銃撃事件に対する抗議デモで掲げられたプラカード(2021.8.18)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカでこの1年間に発生した、アジア系に対するヘイトクライムは3795件にのぼった
  • 被害者の40%以上が中国系で、長期滞在者を含む日系の被害は全体の約7%だったが、割合で低くとも日系もそのリスクと無縁でないことがわかる
  • さらに、日系人口がアメリカで最も多いカリフォルニア州はアジア系ヘイトの最多発最地域でもある

 欧米で増えるアジア系へのヘイトクライムは、現地に暮らす日本人にとって無縁でないが、そのリスクの大きさには地域差もある。

アトランタ大量殺人の衝撃

 ジョージア州アトランタ郊外で3月18日に発生した銃撃事件は「アジア系に対するヘイトクライム」として世界的に注目を集めた。

 もっとも、この事件をヘイトクライムと呼べるかには疑問の余地もある。確かに、アロマスパが襲撃されたこの事件では、被害者8人のうち少なくとも6人が従業員、客を問わずアジア系女性だったが、報道によると、この事件で逮捕された21歳の白人男性ロバート・アーロン・ロング容疑者は人種差別的な意図を否定している

 ヘイトクライムかどうかは、基本的に相手の属性に対する敵意の有無によって判別される。被害者の多くがアジア系だったとしても、「アジア系(あるいは有色人種)だから狙った」という加害者の動機が明確でなければ、ヘイトクライムとは呼べない。

 ロング容疑者の場合、性依存症だったために「セックスワーカー(あるいは女性)へのヘイト」という見方もあるが、事件現場を管轄する保安官によると、問題のアロマスパはいわゆる風俗店ではなく、これまでトラブルなどもなかったという。

 そのため、事件の遺族などからはロング容疑者の言い分を疑問視する声も上がっているが、いずれにせよFBIは現在のところ「ヘイトクライム」と断定しておらず、動機を慎重に捜査している

どんなヘイトクライムが多いか

 ただし、アトランタ大量殺人は一旦おくとしても、少なくともアメリカでアジア系へのヘイトクライムが増えているという報告は多い。

 アジア系に対する暴力の調査を行なっているNGO、Stop AAPI Hate の最新報告によると、昨年3月から今年2月までの間に、アメリカ全土でアジア系に対する嫌がらせ、暴行、差別などは3795件報告されている。その内訳は、

・暴言(68.1%)

・接触の回避(20.5%)

・暴行(11.1%)

・公共交通機関でのサービス拒絶など権利の制限(8.5%)

・オンラインでの嫌がらせ(6.8%)

 多数の死者を出すほど深刻で、ヘイトクライムというよりむしろテロと呼んだ方がよいものは稀としても、アジア系が標的になることは今のアメリカでは珍しくない。

 ただし、これはアメリカに限った話ではない。ヨーロッパやオーストラリアなどでもほぼ同じで、例えばイギリスでは昨年、アジア系へのヘイトクライムが21%増加している。

 2016年のトランプ政権の発足に象徴されるように、欧米圏では2010年代半ば頃から、人種や宗教などを理由とするヘイトクライムが増加してきた。当初はムスリム、黒人、ユダヤ人などに対するものが目立ったが、アジア系へのそれが増える大きな転機になったのは、コロナ感染の拡大だった。

 コロナをきっかけに、中国人だけでなく、多くの欧米人の目に中国人と区別のつかないアジア系全体が標的になったわけだが、これに拍車をかけたのはトランプ前大統領だった。トランプがコロナを「中国ウィルス」と連呼したことは、少なくとも結果的にアジア系全体に対するヘイトに許可証を与えたといえる。

被害にあったアジア系の内訳

 それでは、アメリカで日本人が標的にされるリスクはどの程度大きいのか。

 Stop AAPI Hateの調査によると、この1年間に被害を訴えたアジア系のなかでは中国系(42.2%)が最も多く、これに韓国系(14.8%)、ベトナム系(8.5%)、フィリピン系(7.9%)が続き、長期滞在者を含む日系の被害は全体の6.9%だった。この比率をアメリカに暮らすアジア系の人口から考えてみよう。

 アメリカ政府が行なった2010年段階の人口調査によると、アメリカのアジア系人口(インド系などを除く)は多い順に

・中国系(401万人)、うち台湾系(21万人)

・フィリピン系(341万人)

・ベトナム系(173万人)

・韓国系(142万人)

・日系(131万人)、うちOkinawan(1万人)

 これらと先のヘイトクライムのデータを照らし合わせると、アメリカに居住する日系の人口は中国系の約1/3だが、襲撃などの被害数は中国系の1/6ほどだったことがわかる。つまり、人口に照らして中国系がヘイトクライムに直面する割合は高く、これと比べて日系の割合は低いといえる。

 繰り返しになるが、ほとんどの欧米人にとってアジア人の区別はつきにくく、外見だけで中国系を的確に狙い撃ちすることは難しい。

 だとすると、なぜ中国系の被害が目立つのか。そこには、中国系はかたまって暮らす傾向が強いので地域社会で目立ちやすいことや、調査を行なっているStop AAPI Hateの有力基盤の一つに中国系アメリカ人団体Chinese for Affirmative Actionがあることから、ヘイトクライムに直面した時に中国系が報告しやすい、といった理由が考えられる。

 いずれにしても、被害全体に占める割合が低いとしても、日系もまたアジア系に対するヘイトの標的になっていることは確かだ。日本ではトランプを称賛する者が今もいるが、欧米に暮らす同胞のリスクを高めている点で、彼らは不透明なコロナ対応で批判を招いた中国政府と変わらないともいえる。

当たり前の場所に潜むリスク

 それでは最後に、アメリカのどんな場所のリスクが高いかをみていこう。

 Stop AAPI Hateの報告によると、この1年間にアジア系ヘイトクライムが発生した割合ではカリフォルニア州が1691件(全体の44.56%)で圧倒的に多く、517件で第2位だったニューヨーク州(13.62%)以下を大きく引き離した。

 カリフォルニア州が目立つのは、アジア系人口が集中しているためと考えられる。先述の2010年の人口統計によると、アメリカでアジア系の割合の高い街トップ10のうち、9カ所までがカリフォルニア州に集中していた(残り一つはハワイのホノルル市街地)。

 日系もその例外ではない。外務省の統計によると、長期滞在者の届け出先の在外公館別にみた場合、ロサンゼルス総領事館の管区には9万5000人以上が暮らしており、これはアメリカで最多であるだけでなく世界最多でもある。サンフランシスコ総領事館に届け出ている人を加えると、長期滞在者だけでカリフォルニア州には15万人以上が暮らしている。

 しかも、特別な場所に近づかなければヘイトクライムの被害にあわないとは限らない。Stop AAPI Hateの調査では、現場のうち最も多かったのは職場(35.4%)で、これに路上(25.3%)、オンライン(10.8%)、公園(9.8%)、公共交通機関(9.2%)、自宅(9.2%)、学校(4.5%)などが続いた。

 ムスリムやユダヤ人の場合、宗教施設などでの被害が注目されやすいが、アメリカ政府が行なった、アジア系に限定しないヘイトクライムの調査でも、日常生活で当たり前のようにいる場所こそ最も被害にあいやすいという傾向はすでに報告されている。

 アメリカ、とりわけカリフォルニアに暮らす日系人、在留邦人にとって、リスクは現実のものとしてある。白人テロはアジア系全体にとっての脅威であり、日本人もまた無縁でないのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事