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森林再生は、街の長屋再生に学べ

田中淳夫森林ジャーナリスト
登録有形文化財になった戦前の長屋。今や“名所”である。

大阪市阿倍野区昭和町。戦前からの長屋が多く残る住宅地だが、ここで新たな街づくりが進んでいる。

私は、20年来の友人で長屋再生に取り組む不動産屋の案内で街見学をさせていただいた。

まず訪れたのが駅近くの寺西長屋。なんと2003年に文化庁の登録有形文化財に指定されている(トップ写真)。長屋としては日本初だ。4軒の住宅がくっついたザ・長屋という造りだが、住宅として賃貸するのではなく、和食や中華、イタリアンといった飲食店を誘致して再生した。友人は、このテナント探しに一役買ったことで長屋再生に取り組むことになったという。

次に訪れたのが通りに面した築60年近く立つ小さなビル。入口は路地にあり、そこから狭い階段を登ると2階3階に小部屋が12室並ぶ。ここに入居しているのは、「起業する女性」「自分の城を持ちたい主婦」である。手づくりグッズやお菓子、アロマ、ステンドグラスなどのワークショップを開く。一見さんは入りにくそうな雰囲気なのに、なかなかの人気らしい。

女性起業家のビルとして再生
女性起業家のビルとして再生

さらにウナギの寝床のような長屋を改造したカフェやバー、ギャラリー、アンティーク着物、皮革工房、楽器製造……もちろん住居もある。それも入居者の希望によって改築し独特の雰囲気に仕上げている。

実に多彩で、オシャレな店を案内された。すすけた戦前の長屋がレトロでオシャレな街のアイコンになっていた。今や「どっぷり昭和町」という街見学ツアーも頻繁に行われて、大阪では知る人ぞ知る人気のエリアとなりつつある。

カフェ&ギャラリー
カフェ&ギャラリー

これらの街づくりには、定期借家契約、オーダーメイド賃貸、セルフ・リノベーション……など既成の再開発ではあまり登場しない手法を縦横に取り入れている。従来にないデザイン感覚を持つ工務店や建築家の参加もなくてはならない。もちろんブログやSNSによる情報発信は重要な武器となった。

街の不動産屋が、古い物件を持て余している家主と新しい利用を考えているテナントをマッチングする。大企業誘致ではなくスモールビジネスが主体だが、数が集まれば力を持つ。そこでは個々の店を繁盛させるためにも街全体の魅力向上が欠かせない。

不動産屋としては手間多くして利少ないヒジネスだが、街の価値が上がれば結果的に通常の不動産取引にも好影響を与えるだろう。

決して行政の補助金は使わない。あくまで当事者がwinwinの関係を維持しつつ自ら街づくりを行うのだ。

エリアの価値向上……この話を聞いて、まさに日本の森林にも通じると感じた。

日本は1ha以下の小規模山主が大きくて効率が悪い、だから集約化して大ロットの生産をすべし、とは国の進める相変わらずの施策だが、そこに資産価値の向上という発想はない。大量・画一的に木材を生産させるだけの“量の林業”だ。森を十把一絡げに扱い、森林の個別の価値を貶めている。

それは持続的ではなく、多様な森の魅力を奪う下品な施策というほかない。

だが荒れた森林も、すすけた長屋同様、各所が個性的なリノベーションを行い、魅力を取り戻すことで林業再生、山村振興につなげることができるのではないか。

たとえばスギやヒノキなど針葉樹の間にサクラやアジサイ、ミツマタなどの花が咲く、あるいはカエデなどが紅葉する森をつくれば、季節ごとに人々が来訪するだろう。もっとシンプルに新緑の美しい雑木林。整然とした人工林の美を追求した森。山菜の採れる森。美味しい湧き水や渓流のある森。大木や変木を観察できる森、歴史を感じる森、地形を活かして楽しく林内を散歩できる森、もう少し広ければトレイルランのコースも有り得るかもしれない。いや林業の王道として、銘木生産をめざすのも手だ。

まさにアイデア次第なのである。

魅力ある森は人を呼び込む
魅力ある森は人を呼び込む

そうした環境や景観を維持するためなら資金を提供してもよいとか、共同経営を目論む個人や企業も出てくるだろう。すでに「企業の森」「協働の森」などの名で森林の維持に出資を募る事業も各地にあるが、「荒れた森を整備する」にとどまらず、「より魅力的な森にする」方が出資側から見ても積極的な気持ちになる。

ただ大規模な森は手に余る。小規模、せいぜい1カ所1haくらいの方が手をかけやすい。山主、もしくは利用者の意志が行き渡る範囲がよいのではないか。それも一か所ではなく、複数存在することで森だけなく地域全体の価値を上げるだろう。多彩な森が広がることで、地域全体が魅力的となり投資したい人も必ず現れる。

そこでは住民も地域を誇りに思い、森を守る意識も高まる。移住者が増え、起業する人も出てくるだろう。それがまた地域の魅力を高める。

美しい風景は、人を呼び、写真や絵画となって魅力を拡散する。世界には、風景画の舞台となって世界中から人を集める田舎もあるのだから。

今後、日本の人口は減り続け、木材需要も縮むことは確実だ。そんな状況下では量を指向するのではなく、森の資産価値を上げることが林家の進むべき道ではないだろうか。大きいが刹那的に儲けるのではなく、小さいけれど息長く、そして満足感の高いリノベーションが日本の森に向いた再生方法だ。

林業再生は、長屋再生に学ぶべきである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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