日銀の異次元緩和が大失敗だった理由を検証する ~ 現実から目をそらし続けた10年のツケは甚大だ
大失敗の兆候は最初の3年で表れていた
日銀は2013年3月に黒田東彦総裁が就任すると、その直後の4月の政策決定会合において、「異次元」と称される大規模な金融緩和を開始しました。消費者物価の2%上昇を達成するために、巨額の国債購入を通じてマネーを激的に増やし、大幅な円安に誘導することでインフレを起こそうと画策したのです。
しかし、私は当時から、大規模な金融緩和はトータルでみるとメリットよりデメリットのほうが大きいと考えていました。ですから、「大幅な円安誘導を目的とした金融政策は、企業収益の向上や株価の上昇を起こすことができる一方で、大多数の国民の実質的な所得を低下させ、格差の拡大や消費の低迷をもたらすだろう」と訴えてきました。
そして実際に何が起こったのかというと、2013~2015年の3年間で大企業の収益が改善し、日経平均株価は83%も上昇することができました。しかし同じ3年間で、実質賃金は4.6ポイント減少し、その減少幅はリーマン・ショック前後の期間と匹敵していたのです。その結果、個人消費も2014~2015年に2年連続で減少し、その減少率はリーマン・ショック期の2008~2009年の2年間を超えて戦後最悪を更新したというわけです。
【参照記事】
2013年3月7日『アベノミクスは歴史の教訓を何も学んでない』
2013年11月1日『量的緩和のやりすぎは、日本人を不幸にする』
失敗を糊塗するために新しい戦力を相次いで投入
このような散々な成果を大手メディアが報じなかったなかで、日銀は思うように物価が上がらない情勢を受けて、2016年1月にマイナス金利という愚策を導入しました。黒田総裁は当初、「異次元緩和は2年の短期決戦だ」として、「戦力の逐次投入はしない」と強調したはずですが、それまでの失敗の検証をすることなく、新しい戦力の投入を決定したのです。
マイナス金利を導入した時点で、日銀の金融政策が破綻することは容易に想像できました。というのも、現代の経済システムは、気が遠くなるほどの長い年月をかけて、金利が必ずプラスになるという前提で構築されてきたからです。そういった常識を踏み外した政策が、最初から破綻することはわかりきっていたのです。
その後も日銀の新たな戦力の投入は止まりませんでした。2016年7月に株式(ETF)の購入額を2倍に増額し、さらに同年9月には長期金利を操作するイールドカーブ・コントロール(YCC)を採用するようになります。そのような失敗を糊塗するための相次ぐ戦力の投入によって、日銀内部でも出口戦略がいっそう困難になるのは目に見えていたはずでした。
【参照記事】
2016年2月1日『マイナス金利は「劇薬」というより「毒薬」だ』
2017年3月23日『やっぱりマイナス金利は「毒薬」だった』
遅すぎた出口戦略のリスクが甚大に
私は異次元緩和が始まって以来、その理論的支柱であるポール・クルーグマン氏の理論が間違っていると様々なところで指摘してきましたが、その彼自身がすでに早い段階で自説の誤りを潔く認めています。2015年の秋頃には「日銀の金融政策は失敗するかもしれない」と発言したのに加え、2016年に入って「金融政策ではほとんど効果が認められない」と異次元緩和を否定する発言にまで踏み込んでいたのです。
それではなぜ、異次元緩和の発案者ともいえるクルーグマン氏が自説の誤りを認めていたにもかかわらず、日銀はこれまで金融政策を軌道修正することができなかったのでしょうか。それは、ひとえに黒田総裁の意固地なまでに自らの失敗を認めたくないという性格に起因しているようです。
政策運営にしても企業経営にしても、何をするにしても、失敗する可能性が高いと認識した時点で、これまでの方針を迅速に改めて軌道修正をすることが求められます。日銀の異次元緩和も例外ではなく、黒田総裁は2年と決めた短期決戦が失敗した時点で素直に失敗を認めて、傷口が小さいうちに撤退戦を開始するべきだったのです。
ところが、日銀は迅速に撤退戦の開始を決断するどころか、次々と副作用を蓄積させるような政策を投入していったため、遅すぎた出口戦略が今後の日本経済を脅かすまでにリスクを高めてしまったというわけです。
将来的に日本の財政は金利上昇に耐えられないかもしれない
日銀の異次元緩和の最大の問題は、いくら政府が野放図に借金を増やしても日銀が国債を引き受けてくれるので、放漫財政が常態化してしまうということです。実際に、一般会計の総額は11年連続で過去最高を更新する見通しですし、近年は補正予算の規模が数十兆円に膨らむ事態となっています。
当然のことながら、過去10年間で政府債務は恐ろしく膨らみました。税収で返す必要がある普通国債の発行残高は、2023年度末に1070兆円に迫る勢いなのです。政府債務はGDPの2.5倍以上にまで拡大し、持続的な金利上昇に耐えられない財政になってしまったというわけです。
それに加えて、異次元緩和は経済効率を高める金利本来の機能を損ない続けてきました。その象徴的な事例は、金融機関の融資に占める不採算企業の割合が増加基調で推移してきたということです。その帰結として、2022年末までの10年で実質GDPは4%程度しか増えず、その前の10年とほぼ変わらない低成長から抜け出せなかったのです。
日銀の推計によれば、この間の潜在成長率は0.8%から0.2%まで低下したということです。この点においても、日本は利上げへの耐久力が著しく弱まったといえます。経済成長率が高まっていれば、金利が上がっても何とかやりくりできたでしょうが、逆に低くなってしまったというのでは、金利が上がると利払い費に窮する局面が訪れるかもしれないからです。
日銀だけの責任ではない、政治の劣化が大きな問題だ
日銀は異次元の金融緩和によって2年でインフレ目標を達成すると約束したのに、現実には10年経ってもその効果は一向に表れていない状況にあります。それどころか、異次元の債務だけが積み上がってしまい、出口戦略に向けて身動きが取れない窮状に追い込まれてしまっています。
この重大な責任は、日銀だけが負うものではありません。選挙向けの安易なばらまきに終始し、構造改革を実行してこなかった政府にも大きな問題があるからです。日銀が大規模緩和をする間、政府は構造改革を進めて経済成長率を高めていくという約束をしたはずです。その約束を果たさなかった政府の怠慢には、非常に残念でなりません。
近年の日本を見ていてつくづく不安に思うのは、政治の劣化が深刻だということです。「政府がいくら赤字国債を出しても、日銀が無制限に引き受ければ問題ない」という冗談を真顔で信じる政治家が意外に多いことを、みなさんはご存知でしょうか。構造改革を伴わない財政拡大では、その甚大なツケを支払うのは国民だということを忘れないでほしいところです。
【参照記事】