企業の調達部門はもはやコスト削減すべきではない、のか
私(坂口孝則)はサプライチェーン・調達・購買部門を中心としてコンサルティングを行っている。今回、働き方改革で時代の寵児となっている沢渡あまねさんと対談した。きっと、サプライチェーン・調達・購買部門あるいは、逆の営業部門やシステム開発部門に従業しているひとにとっては、心掻き乱される内容となっているはずだ。内容は、働き方改革に関するものだ。昨今では、働き方改革が叫ばれているものの、なかなか部門単独では上手くいかない。接する社内外と連携を取らねばならない。しかし、たとえば、営業部門が働き方改革を遂げようと思っても、対峙するサプライチェーン・調達・購買部門の無理解ゆえになかなか働き方改革が進まない、という。まったく噛み合わない対談となった。
調達部門は害悪の根源か
坂口孝則(以下「坂口」):私は調達・購買業務のコンサルティングをやっています。そして多くの組織を見ると、まず、自分たちの調達条件を明確にしていない。もっというと、わざと曖昧にしている。1万個を調達するのと、100個を調達するのでは価格が異なるはずなのに、調達数量も保証していません。1万個といっておいて、実際には5000個しか調達しなかったら、残りの引き取ることもできない。だからわざと曖昧にしておくんですね。それと、品質保証範囲も明確にしない。だから、サプライヤは、どうしても高めに見積書を作成するしかない。リスクが含まれているわけです。
沢渡あまね(以下「沢渡」):そもそも、何で要件が明確にならない段階で見積もり依頼って出すんですかね。
坂口:まず、日本製造業の特徴として、外注比率が高い。あるいは調達比率が高い。これは自動車産業の研究からも明らかです。「すり合わせ」っていうと美しい言葉ですが、あうんの呼吸ですよね。サプライヤが御用聞きかのように入り込んで、RFQをもらわなかったとしても、社内関係者からの情報を収集していた。だから曖昧な見積依頼書でもよかったわけです。
沢渡:それなら、そもそも営業と調達っているんですかねという話にしかなりませんよ。
坂口:すごい極論だ。
沢渡:でも、直接エンドユーザーとやりとりができれば、営業も調達もいりません。だって、調達部門、営業部門って会社ごっこ、大企業ごっこ、仕事ごっこしているだけでしょう。ITの営業もひどいですよ。技術は分からない、自社のエンジニアのリソースの実態も分からないのに、無理やり安値で無理ゲーな納期で請けてきて、社内には「お前ら、とにかくやれ」と尻をたたくだけ。社内のエンジニアからは「お前らは邪魔だからいなくなれ」と思われていて、プロジェクトは失敗するし、お客さんもハッピーにならない。
坂口:うーん。でも、その話だと、その調達部員が恫喝して見積書を書き換えさせたわけではないでしょう。営業の人だって、その安価な見積書を出すまでに、多段階のハンコをもらって提出しているわけですから、組織的な問題ではないんですか。
沢渡:いや、そうなんですけれど。やっぱり頭の古い調達部門、思考停止をしている調達部門だと、とにかく全件に相見積書を出しなさい、とにかくコンペしなさい、という発想から、まだ脱却できていないですね。調達部門の「企業ゴッコ」「仕事していますゴッコ」につきあわされるサプライヤはたまったものではない。受注できる保証が無いのに、ひたすらタダ働き。
坂口:でも、それはわかるものの、コストの妥当性を全社的に求められているわけですから、しかたないですよね。倫理的に責めるのはわかるんですけれど、調達部門はそういうミッションを課せられているので、必然ではないでしょうか。
沢渡:それは買い手の事情でしかなくて、売り手の知ったことではありませんよね。でもって、それなら必ずしも相見積書を出させる必要はないじゃないですか。その見積書だけを見て確認すればいいじゃないですか。
坂口:ただ、支出金額の妥当性証明は、ご存知のとおり、調達部門が勝手に進めているのではなく、内部統制を含めた社会的な動きですよ。
沢渡:いや、それでも、必ずしも相見積書を取る必要はありません。
坂口:しかし、そういわれるんですが、詳細の見積書を提示してくれるサプライヤってほとんどいないんですよ。逆に、私の知る限りでは、見積書の詳細を提示する自動車業界では、必ずしも複数の相見積を取りません。ちゃんと詳細を具体的に議論して価格を交渉していますよ。よく社内で調達はバカだといわれるけれど、間接部門に配属される人のうち、調達だけがバカで、ほかの部門の社員が優秀かというと、そうじゃないでしょう。同じ会社に入っているし。
沢渡:まあ、組織のミッションが決めているという言い方もできますよね。
坂口:そうなんです。これまでサプライヤにコスト削減ばかりを求めてきた人は、むしろ業務に忠実にやってきたといえますよね。
沢渡:いや、しかし、これだけ少子高齢化で産業がシュリンクする時代では、コスト削減って誰も幸せにしないんですよね。その企業が生き延びるために必要かもしれない。あるいは、目先の株主の満足を満たすためには必要かもしれない。でも、削減で取引先への求心力はなくなります。削減、削減と社内で叫ばれたら会社の空気も悪くなったり、やっぱり人間だからモチベーションは下がっていったりする。
坂口:それは、ちょっと言いすぎですよ。コンサルティングの現場では、もっと基本的な話なんです。同じ調達品でも、同時期に部門が違うと値段が2倍違うとかね。あとは、明らかに誰が見ても高いのに、そのまま支払っている、みたいな例ってたくさんあるんですよ。節約、ともいえないレベル。しかし、この低レベルの価格低減でもやったら、相当な効果がありますよ。以前、「そんな低レベルの企業はない」といっている人がいて、調べたら、その企業もぐちゃぐちゃな価格履歴でした。そういう常識的な修正でもいいんですよ。それがムダといわれると、ちょっと違和感があります。
サプライヤと調達の逆転を!
沢渡:いや、それにしても、見積書を作る行為そのものがコストになっていると認識すべきだと思います。これだけ人が少なくなって、働き方改革だ、生産性だといわれています。見積書を作るだけでもコストがかかるので、御社とはお付き合いしませんという時代になってきているんですね。もう、調達部門は、サプライヤに対して提案料を払ったほうがいい。そもそも提案を依頼する=何らかのアイディア、考える行為をアウトソースする行為なので、お金を払ってしかるべきです。
坂口:しかし、実際は難しいでしょう。いまのように特定の業種が逼迫していたら、「見積書出します、提案書出します。だから、その行為に、いくらください」というのはありかもしれません。でも、不景気になると、同じことは言えない。といったことを考えると、なかなか費用を請求できないはずです。
沢渡:ただ、結果としてそれでサプライヤがついてくる、いいサプライヤが集まれば、それでいいと思うんです。だから、頭のいいサプライヤは、「この購買マンはバカだ」と思うと、リスクぶんをコストとしてちゃんと乗せてきますね。「この仕様要件とこの管理要求では、御社のプロジェクトはリスクがあると社内では判断せざるを得ない」と。
坂口:「いくら払うからついて来い」というのはちょっと直接的すぎませんか。話が違うかもしれないですけど、タクシーを乗ったとき、あるいはホテルに泊まったとき、これまでならお客が運転手を評価するとか、ホテルを評価していました。でも、たとえば、ウーバーってドライバーがお客さんを評価するんですね。このシステムがBtoBに広がると、顧客がランク分けされます。すると、態度が悪い買い手にはなかなかサプライヤが寄ってこない。たとえば、集荷のときにも、ドライバーを探そうとしても、なかなか捕まらなかったり、高かったりするかもしれない。これまで礼儀正しさというのは、建前論として機能していました。しかし、これから買い手が正しくというか、清くなることによって、実利的なメリットが広がる可能性はあります。売ってもらえるというチャンスが広がるとか、リスクレートの値が小さくなるとかね。
沢渡:これからの調達部門って、社外のファンづくりが求められると思うんですね。このお客さんだったら汗をかいてもいいな、とか。また、自社を育ててくれるから、人生を共にしようとか。サプライヤにそう思ってもらえるかが大事。価格交渉をやるのはその次なんですよね。
坂口:たとえば、同じように100円で物を売るにしても、キャパがないときに、どっちの顧客を選ぶかということですか。まあ、ただ、好景気、不景気って繰り返しますからねえ。不景気になったら、売らなきゃならないから、好景気のときにも手のひらを返すのが正しい戦略とは思えないんですがね。
沢渡:ただ、不景気になったら、それをいいタイミングと考えて、規模を縮小して、それこそAIを使おうかという話ですよね。だから、やっぱりサプライヤに見放されたらアウト、試合終了という状況は続くのではないかな。お取引先という外部接点は最も多い部署なので、そっぽを向かれるか、ついていきますになるかというのは重要。これからの時代、調達、調達の人って広報マンだと思うんですよ。極論すると、購買部門の人は全員ジョブローテで広報部門を経験しろと言いたい。
坂口:まあ、常識的にサプライヤと接しておく、ということなんじゃないかなあ、と。
沢渡:以前、電鉄会社さんのお仕事をしたことがあります。そこの担当部門の部長さんがすごく丁寧な方で、お伺いすると椅子をサーっと引いてくださったり、お茶を出してくれたり、ケーキを出してくれたり、遠いところまでお疲れさまでしたといってくださって大変恐縮しました。あるとき、私はその部長にこう訊いたのです。「我々は業者なのに、なぜこんなに丁寧にしてくださるんですか」。彼は笑顔で言いました。「だって沢渡さん、この会議室を一歩出たら、皆さんお客様なんですよ」と。「お休みの日に、ふと当社の路線を思い出していただき、ご家族でお出かけしたいと思っていただけたら。それが私たちの幸せです」と。接する社員の印象が良かったら、お子さんに入社試験を受けさせたいと思うかもしれません。社外のファン作り=未来のともに働く仲間づくりでもあるんです。
調達の限界か、あるいは会社の限界か
坂口:あえて二項で論じると、調達部門の仕事に「コスト削減」さらに「ブランディング」があるとします。どうも、後者を強調なさっている気がします。それに反対しているわけではないんです。でも、「ブランディング」だけを優先するのは実際的に難しい。ならば、別部門で、これまでのようにコスト削減を担う部門を創出することになるんじゃないでしょうか。
沢渡:ブランドの効果ってすぐには出ないですよね。しかし、まちがいなく将来の価値をもたらす。そうした、すぐ効果の出ない見えないものを大切にし、投資できるか、時間をつくれるか。それこそ、マネジメントの肝といえるでしょう。コスト削減専任部署が目的化し、コスト削減だけをひたすら追い求め続けるのは……ううん、どうなんでしょうね?
坂口:それは考えてみると、利益計算と同じかもしれません。あくまで利益はいまの断面で計算するので、ファンとかブランディングは定量的に計算できない。重要なのはわかっているけれど、適当にしか試算できない。
沢渡:そうですね。ただ、海外では、リッツ・カールトンなど、やはりり海外の進んでいる企業はブランドバリューをサーベイしています。ブランドバリューの変化をIRで公開している企業もありますよ。
坂口:ホワイトペーパーをみんなが注目するようになりました。また、目論見書が社会的通念に合致するか気にするようになった。もちろん利益を上げるのは大切なんだけれど、CSRも気にするようになった。近代資本主義はなかなか脱せないけれど、一つのカウンターとしてはファン数、信用経済とか、レーティングが重視されるようになってきました。そこはわかるんですけれど、現場では、「モノを早く入れろ!」「値上げ阻止せよ!」「新規サプライヤ探せ!」って大合唱です。そこを丁寧にやっていかないと、ブランディングっていきなりいっても、聞いてもらえません。
沢渡:いや、ですから、もう旧来の評価軸がおかしいんですよ。少子高齢化が進めば進むほど、未来の従業員もそうですし、未来のお客さんもやっぱり自社接点がある人にファンになってもらうというのは、ますます大事になりますからね。
坂口:だから、目の前の案件で、「高くてもいい」「相見積書入手しなくてもいい」「ファンが増えればいい」という判断にはならんでしょう。
沢渡:いや、だからそれくらい意識改革しなければならないんですって。
坂口:そうか。私が古いのか。
沢渡:そうです。少なくとも、その可能性がありますよ(笑)
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