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美しい秋山に潜む登山者の命を奪う危険を察知しよう

加藤智二日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン
北アルプス乗鞍岳 *記事中の写真は筆者が撮影

 紅葉に彩られる北海道の山々のニュースが流れる時期になりました。標高の高い本州のアルプスでもナナカマドは赤く色づき、草紅葉は斜面を黄昏色に染めだしています。美しい錦秋に目が向きがちですが、過去を振り返ると季節の変わり目では気象遭難死亡事故が繰り返し発生しています。秋山登山を楽しい思い出にするための注意点などのポイントをご紹介します。

2022/9/12 紅葉の序章を迎える北アルプス涸沢 *記事中の写真は筆者が撮影 
2022/9/12 紅葉の序章を迎える北アルプス涸沢 *記事中の写真は筆者が撮影 

 実は平野に住む多くの人は意識することは無いのですが、四季を通じて雲が浮かぶ空のさらに上、高度10000m以上の空を飛ぶ飛行機の機外はマイナス40度以上のごく低温です。

旅客機ディスプレイ高度 *記事中の写真は筆者が撮影
旅客機ディスプレイ高度 *記事中の写真は筆者が撮影

機外の気温はというと

旅客機ディスプレイ外気温 *記事中の写真は筆者が撮影
旅客機ディスプレイ外気温 *記事中の写真は筆者が撮影

 山に登るなら覚えておきたい基礎知識

1:標高を1000m上がれば、気温は凡そ6度強気温が下がります。

 目的の山域と標高に応じた服装の選択と重ね着で温度調整をします。

2:身体に吹き付ける風が風速1m/秒増す毎に体感温度は1度下がります。

 レインウェアなどで風を防ぐと共に強風時の行動抑制や退避も行います。

3:汗や雨など液体は乾いた空気に比べ熱を凡そ25倍も奪います。

 レインウェア着用と共に肌を乾いた状態にできる素材のウェアを活用します。

4:疲れにくい登り方とスピードで発汗をコントロールしましょう。

 歩幅と段差を小さめにして心拍数を極端に上げない歩行スピードを意識します。

5:水分とミネラル分の補給

 渇きを意識する前に一定時間毎、小まめに摂取を心がけしましょう。

6:栄養・糖質の補給

 極端な空腹を感じる前の小まめな摂取を心がけしましょう。

北アルプス氷河公園天狗池 *記事中の写真は筆者が撮影 
北アルプス氷河公園天狗池 *記事中の写真は筆者が撮影 

 季節の変わり目の秋山で特に注意したいポイント

1:森林限界を超える領域に入る前に天候・服装・水分と栄養補給・地図と行程の確認を行います。背の高い樹木の生えていないハイマツ帯以上の高山帯で強い風と冷たい雨に晒されると一気に判断力と行動能力が低下します。

 ⇒ 追い込まれてから対処するのではなく、予測して事前に行動しましょう。

2:天気予報の確認は当然ですが、更に低気圧と寒冷前線通過と日本列島上空に流れ込む寒気を強く意識して登山を行います。平地の感覚では低気圧通過による雨天の後には晴れるのが一般的ですが、秋から冬の山岳では低気圧通過後の極端な気温低下と冬型気圧配置による風雪に見舞われます。

 ⇒ 秋山と冬山はコインの裏表!過去の気象遭難における典型パターンです。

3:日照時間が短いことと日没からあっという間に暗くなることを意識しておきましょう。行程が長いのであれば日の出前30~60分前、ヘッドランプ点灯での出発も考えましょう。何らかの事情で下山が遅れても怪我防止と下山路を見失わないように丁寧な下山を心がけましょう。

 ⇒ 夜間行動に十分な明るさのヘッドランプを各自が持つことが重要です。

4:寒い時期は体温保持のためエネルギーを多く消費するので多めの行動食を持っていきましょう。保温ボトルに入れた暖かい飲み物も有効活用しましょう。

朝日を受けた水滴レンズ 立山室堂の秋 *記事中の写真は筆者が撮影
朝日を受けた水滴レンズ 立山室堂の秋 *記事中の写真は筆者が撮影

 そっと背後に立つ死神のような低体温症

 登山中に低体温症になってしまったら一大事です。医療機関に収容し適切な治療を行わなければ死亡してしまう可能性が大きい緊急事態です。しかし、低体温症を起こしてしまうほどの山岳領域での気象条件を考え合わせると速やかに医療機関に収容できると考えるのは楽観すぎます。

 低体温状態になると脳機能が低下してしまい防御行動ができなくなり、坂道を転げ落ちるように死に向かってしまいます。登山者が可能なことは低体温症の予防しかありません。

 ⇒ 鳥肌や震えは低体温症に対する身体のシグナルです。映画やドラマのように気合で解決することはありません。防風・保温・加温を適切に行いながら、下山を開始し標高を下げていく必要があります。

 防風 ⇒ 風の避けられる森林帯や岩陰に移動する。レインウェアの着用する。

 保温 ⇒ 保温ウェアの重ね着と頭部・頸部・手首を守る装備の着用する。

 加温 ⇒ 温かく糖質豊富な飲み物を飲む。湯たんぽや発熱素材で温める。

立山雷鳥坂 錦秋を登る *記事中の写真は筆者が撮影
立山雷鳥坂 錦秋を登る *記事中の写真は筆者が撮影

 この数年にわたる生活環境変化と運動不足は多くの方に等しく体力低下をもたらしています。この夏に発生した遭難の多くは体力不足を第一原因とした疲労・判断ミス・転倒・転落です。

 様々な登山装備やウェアの高機能・軽量コンパクト化は多くの登山者を素晴らしい自然に近づかせてくれていますが、忘れていけないことは現代登山者の体力や経験値が向上したわけではないということです。

 低山や中級山岳には複数の山道があり、落ち葉などで不明瞭になりやすく、道迷いも多く発生します。多くの登山者が入山し営業する山小屋も10月中旬には営業を終了し始めます。

 ☆身近な山で失敗を経験し、山を歩く技術や体力を身につけていきましょう。

 ☆季節やルートに必要なものを省略せず、行動時間に余裕を持たせましょう。

 ☆他人情報を鵜吞みにせず、自分の経験・体力・技術で消化していきましょう。

 ☆無駄を省いた目的に合った軽量化をしましょう。

「美しい紅葉の裏に危険が潜む秋山登山 知っておきたい命を守る7つのルール」

 ⇒ こちら

 これからの季節、自らの体力と経験、装備や慎重さと精神力が試される時期です。秋山は高山から始まり裏山まで徐々に降りてきます。

素晴らしい日本の秋を堪能しましょう!

日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン

ネパール・パキスタン・中国の8000m級ヒマラヤ登山を経験。40年間の登山活動で得た登山技術、自然環境知識を基に山岳ガイドとして活動中。ガイド協会発行「講座登山基礎」、幻冬舎「日本百低山 日本山岳ガイド編」の共同執筆。阪急交通社「たびコト塾(山と自然を学ぶ)」、野村證券「誰でもできる健康山歩き」セミナー講師。山岳・山歩きに関するテレビ番組への出演・取材協力。頂上を目指さない脳活ハイキングの実践。神戸市須磨区カルチャー教室講師、一般社団法人日本山岳レスキュー協会社員、公益社団法人日本山岳ガイド協会 安全対策委員会・登山ガイド養成学校委員会 担当理事、日本プロガイド協会所属 山岳ガイドステージⅡ。

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