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TPPとは何か(2)平和に生きる権利とTPP

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

◆生存権を侵しながら進むTPP

2010年12月に仲間と語らって農民を軸に広く働く生活者に呼びかけて「TPPに反対する人々の運動」なる運動グループを立ち上げた。そのとき、「TPP反対運動を進めるにあたっての私たちの立ち位置」を題する短い文章を書いた。三項目からなるその文書の第一に次のように書いた。

「TPPは農民、漁民、労働者、自営業者、中小零細事業者、高齢者、女性、子どもといった社会的経済的弱者の立場にある多くの人びとの生存の基盤そのものを崩します。私たちは社会階層、職種などすべての枠を超え、TPPによって安心して生きる権利を奪われるすべての人につながり、ともに運動を進めます」

TPP交渉参加は、2012年12月の総選挙でも争点に一つとなった。だが、最大の争点は改憲を認めるのか許さないのか、ということであった。そして改憲を全面に掲げた自民党が圧勝し、安倍政権が生まれ、日米同盟強化、憲法改正、原発推進、TPP参加を全面に掲げて7月の参院選に挑もうとしている。いまここで強調したいのは現政権が進めようとしている憲法改定と、TPP参加で侵される「人びとの安心して生きる権利」、言い換えると平和的生存権の侵害とはぴったり重なり合うということである。私たちは「安心して生きる権利」という憲法で定められた基本的人権にまで立ち返って、TPP反対運動を作り直す必要があると痛感している。

憲法を読み返すとわかるのだが、11条の基本的人権、12条の自由・権利の保持の責任、13条の幸福追求権に始まる人びとの自由権、そして25条の「健康で文化的に生きる」ことを定めた生存権、26条の教育を受ける権利、27条の働く権利、28条の勤労者の団結権などなど日常生活に関わる全てがここにある。これらの諸権利と9条の戦争放棄を合わせて「平和的生存権」が形作られている。

◆経済と軍事の環としてのTPP

民主党政権時代の2011年、当時の菅首相が突然TPP加入をいいだしたころにさかのぼる。10月1日の国会での所信表明演説で菅直人首相が取り上げたのが発端なのだが、それはいかにも唐突であった。そして歯車は動きだした。経済団体がTPPに参加し、世界の自由貿易の流れに乗れという要望書を政府に突き付け、新聞、テレビには「このままTPPを見送ると日本は滅んでしまう」という論調であふれた。

この一連の動きは単に騒がしいだけでなく、いかにも奇妙なものであったが、しばらくしてその謎が解けた。TPPを日米同盟と重ね合わせる議論がメディアを飾るようになったのだ。朝日新聞の船橋洋一主筆(当時)は2011年10月8日にワシントンで米外交問題評議会と同社の共催で開いたシンポジウムで、「(日米同盟の課題の一つは)TPPに日本も参画し、日米が提携して『自由で開かれた国際秩序』を作ることだ」と発言している。世界の成長センターであるアジア太平洋地域で経済のイニシアティブを握ることは米国経済にとって今や最重要事項をなっている。ところが、この地域で最大の経済連携体であるASEAN(東南アジア諸国連合)を含む東アジアとの連携では中国がすでに主導権を握っている現在、米国にとって、TPPはこの地域で米国が中国に対抗して主導権を取れる唯一の経済連携グループとなったのである。TPPに日本がかむことはそのまま米国をサポートすることにつながる。TPPは菅政権にとって日米同盟を立て直す切り札だったのだ。それは経済政策というより政治的選択だったのである。

それから1年後。野田民主党政権時代の2011年11月に、ホノルルでAPEC(アジア太平洋経済連携協定)の首脳会議があった。野田首相はAPEC加盟21カ国の首脳が勢ぞろいするこの機会にオバマ大統領に日本のTPP交渉参加を意向を伝えると張り切っていた。TPP交渉のいっそうの推進を参加国から取り付けたオバマ米大統領はその足でオーストラリアに飛び、ギラード豪首相と会談、オーストラリア軍の基地があるダーウィンに米海兵隊を常駐させることで一致したと発表した。17日に行われたオバマ演説は「アフガニスタン、イラクは終わった」という認識を示したうえで、アジア太平洋での米国の存在を「最優先事項」と位置付け、「 アメリカはアジアに全面的にコミットする」と強調した。TPP推進と日米同盟深化に熱心な読売新聞は11月19日付け社説で「地域安定に重み増す日米同盟」で歓迎の意を表し、「沖縄や韓国などの駐留米軍は、すでに中国の弾道ミサイルの射程内にある。射程外にも米軍の行動拠点を確保することは、抑止力を強化せない」と述べた(11月19日)。

首脳会議が行われたホノルルでは、もうひとつの会議が並行して開催された。アジア太平洋地域のNGOや先住民による対抗民衆会議である。日本からも、私もメンバーのひとりである「TPPに反対する人々の運動」や北海道農民連盟から十数名が参加した。民衆会議の名前は「MOANA NUI」(モアナ ヌイ)、先住ハワイアンの言葉で「Great  Ocean」という意味だという。

民衆会議では、グローバル化のもとで資源収奪という再植民地化にさらされている太平洋の島々の先住の人びと、米軍基地に苦しむ地域、モノとカネの自由化による人びとの経済や暮らしの疲弊、などがアジア・太平洋の各地から来た参加者によって語られた。オバマのオーストラリア訪問につながる軍事との関連でいえば、韓国・済州島、沖縄、ハワイ、グアムなどから、米軍基地とたたかっている住民、活動家が報告にたった。現在この地域に展開する米軍は、ハワイ4万2360人、日本4万178 人、韓国2万8500人、グアム4137人、フィリピン182人、海上部隊 1万2858人(読売新聞2011年11月18日)。これに新たにオーストラリアが加わった。二重,三重に中国を包囲するこの軍事網は、韓国を除き地域的にTPPと重なる。ここから経済と軍事を一体化したアメリカのアジアシフト読みとることができる。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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