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前人未到の「S級20連勝」を達成した”競輪界のエース”脇本雄太が次に目指す大記録とは?

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
8月にオールスター競輪を制し現在20連勝中の脇本雄太(写真:公益財団法人JKA)

四半世紀以上前の「吉岡稔真18連勝」

居ても立ってもいられず、伊東温泉競輪場に駆けつけたことがある。

もう28年前、1994年3月7日のことだ。

この日のS級準決勝レースで吉岡稔真(福岡・65期)が前人未到の記録に挑もうとしていた。それまでのS級連勝レコードは、滝澤正光(千葉・43期)が1987年にマークした16連勝。前日のレースで1着になった吉岡は、この記録に肩を並べていたのだ。まだネット投票がなかった時代。快挙達成を期待し多くのファンがスタンドを埋めていた。

プレッシャーもあっただろう。だが、この時の吉岡は無双だった。

タイミング良く自力を発動し、追いすがる星島太(岡山・66期)を振り切っての完勝。新記録達成にスタンドからは大歓声が響き渡った。

圧倒的な強さ。その走りは「F1先行」と称され、大いに注目を浴びた。

翌日、雨中の決勝戦でも圧巻の走りで優勝。吉岡は連勝記録を「18」に伸ばしたのだ。

この大記録が破られることは当分の間ないだろう、と思った。競輪のレベルは年々、上昇していた。そんな中で5~6場所続けて完全優勝を遂げるのは、至難の業だったからだ。

実際、四半世紀以上もの間、「18連勝」の記録が破られることはなかった。

それが今年の夏、東京五輪にも出場したアスリートレーサーによって、ついにレコード更新がなされたのである。

G1を含めての連勝記録樹立

8月23日、立川競輪場は異様な緊迫感に包まれていた。

F1レース2日目の準決勝(10レース)。

前日の特選レースを制した脇本雄太(福井・94期)は、18連勝を成し遂げていた。この準決勝で勝利すれば、28年前の吉岡の記録を抜くことになる。

脇本は慎重に構え、残り1周を過ぎた後に6番手から一気にまくる。凄まじいスピードに後続はちぎれ、アッという間に一人旅。2着に9車身差をつけての完勝で記録は塗り変えられた。

翌日の決勝戦でもまくって完勝、貫禄のV。脇本は連勝記録を「20」に伸ばしている。

脇本が現時点で「輪界トップ」の速さ、強さを有した選手であることは疑いの余地がない。だが、こんな声もある。

「吉岡の時代は、9車立て。だが、脇本が記録を達成したレースは7車立て。単純に比較できないのではないか」

18連勝をマークした間に吉岡が出走したのは5開催。和歌山記念、大宮記念、門司記念とG3レースが3つ。残る2つも強豪が集う「ダービートライアル」だった。

対して脇本の20連勝は、5月23日の地元・福井のF1レース準決勝から始まった。そのため7車立てレースでの勝利が7つ含まれている。とはいえ、この間に『G1オールスター競輪(西武園)』を制している。輪界最高峰のG1優勝を含んでの連勝記録は価値が高かろう。また、連勝を続ける間に松戸、立川両競輪場でバンクレコードタイの上がりタイムを叩き出してもいる。内容的にも「吉岡を上回った」と評するに十分なように思う。

5月8日、いわき平競輪場G1『日本選手権』決勝。8番車・脇本雄太(ピンク)は、7番手から豪快にまくり優勝を決めた。この後、8月にはG1『オールスター競輪』も制している(写真:公益財団法人JKA)
5月8日、いわき平競輪場G1『日本選手権』決勝。8番車・脇本雄太(ピンク)は、7番手から豪快にまくり優勝を決めた。この後、8月にはG1『オールスター競輪』も制している(写真:公益財団法人JKA)

57年ぶりに「年間最高勝率」更新か?

次なる脇本の出走は、G2『第38回共同通信社杯(9月16~19日、名古屋競輪場)』。

ここで、彼がさらに連勝記録を伸ばせるか否かに注目が集まる。G2には、S級S班全選手が参加、メンバーはG1とほぼ変わらない。そのため一次予選から気が抜けぬ闘いとなるが、いまの脇本なら8月の『オールスター競輪』の時のように完全優勝を果たす可能性も十分にあろう。

そして今後、注目を集めるのは連勝記録だけではない。

脇本は、もうひとつの大記録も塗り替えようとしている。それは、「年間最高勝率」─。

現時点で今年の成績は46戦39勝、勝率.847。驚異的な数字だ。過去の記録を紐解くと1965年に高原永伍(神奈川・13期)がマークした勝率.8024(81戦65勝)が最高。すでに脇本は、それを大きく上回っているのである。

今年の残されたレースでも彼が勝ち続ける可能性は高い。実に半世紀以上、57年ぶりに「年間最高勝率」更新の快挙が成し遂げられるかもしれないのだ。

脇本雄太は、競輪選手としてのピークを迎えている。

昨年までナショナルチームで極限まで追い込んだ練習に身を浸した。東京五輪では好結果を残せなかったが、流した汗は無駄ではなかった。五輪に向けてのトレーニングの蓄積が、いま競輪にマッチ。「S級20連勝」の快挙につながったと感じる。

『共同杯』での脇本の走りを注視したい。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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