ニューヨークで日本酒が【1本115万円】で落札! 超高額の「獺祭」が誕生したワケ
酒類輸出が好調
コロナ禍では、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置により、酒類の提供が大きく制限されました。バーや居酒屋をはじめとする飲食店や酒造メーカーなど、酒類に関係する業界が甚大な打撃を受けたのは、記憶に新しいところ。
国内では大きな苦境に陥りましたが、2022年11月に国税庁から発表されたデータによると、日本の酒類輸出は好調です。
2021年における酒類の輸出金額は1,147億円で、対前年比61.4%増となり、初めて1,000億円を突破。品目別で見てみると、1位のウイスキーは461億円で対前年比70.2%増、2位の清酒は402億円で対前年比66.4%増と伸びています。
2022年の1月から11月までの集計でも、既に2021年を超えており、さらに拡大しているところです。
清酒と日本酒
ところで、清酒とは何でしょうか。
清酒は日本酒とほぼ同じですが、厳密には異なります。
清酒は米、米こうじ、および、水を主な原料として発酵させてこしたものであり、アルコール分が22度未満。そして日本酒とは、原料の米に日本産米を用い、日本国内で醸造されたものであり、呼称は地理的表示(GI)として保護されています。
つまり、日本酒は日本の清酒であり、日本が誇る食文化であるといってよいでしょう。
山田錦
日本酒を造る上で最も重要となるのが、主原料である米。酒造りに適した米=酒米は100種類以上ありますが、酒米の王様と称されているのが、1936年に兵庫県立農事試験場で誕生した山田錦です。
米粒の中心にある心白が大きく、形がよいのが特徴。山田錦で造られた日本酒は雑味が少なく、食味が素晴らしいです。
山田錦のシェアで全国トップの6割のシェアを誇るのが、誕生地である兵庫県。兵庫県産の山田錦は質が高く、ブランドにもなっていますが、ここ最近、山田錦に関する新しい試みが行われています。
最高を超える山田錦プロジェクト
その新しい試みとは「最高を超える山田錦プロジェクト」。
日本酒「獺祭」で有名な旭酒造が2019年から始めた山田錦のコンペティションで、今年度で4回目となります。
旭酒造と契約している山田錦農家が応募し、グランプリには賞金3,000万円が、準グランプリには賞金1,000万円が贈呈。食糧のコンテストとしては、破格の賞金額です。
グランプリを獲得した山田錦で「Dassai Beyond the Beyond 2020」を造り、オークションハウスのサザビーズに出品したりもしています。
2019年度グランプリ米を用いた「Dassai Beyond the Beyond」はサザビーズ香港に出品して1本約84万円で落札、2021年度グランプリ米を用いた「Dassai Beyond the Beyond 2022」はサザビーズニューヨークに出品して1本約115万円で落札。希少なウイスキーやワインと同じような金額です。
ニューヨークのオークションで日本酒が出品・落札されるのは初めてであったことからも、日本酒業界にとって先進的な挑戦であったといえるでしょう。
山田錦の審査
山田錦の審査は、どのようなところを見ているのでしょうか。
「最高を超える山田錦プロジェクト」では、以下の6項目を審査しています。
・粒が揃っているか
・心白が中心にあるか
・心白がより小さいか
・ツヤがあるか
・被害粒(病気にかかっているもの)がないか
・通常のお米に比べて茶色や緑に着色しているものがいかに少ないか
山田錦を極限まで磨けるようにと、心白が小さいものが高く評価されます。各出品者の玄米と90%精米の白米をそれぞれ専用の黒い器の上に置いたり、モニターに映して拡大したりするなど、審査はとても丁寧に行われています。
今年度のコンテスト
今年度の「最高を超える山田錦プロジェクト2022」の発表会は、2023年1月17日に帝国ホテル 東京で行われました。
・「最高を超える山田錦プロジェクト2022」 グランプリは熊本県の「水穂やまだ」に決定 ! - 獺祭の蔵元/旭酒造
90以上の農家が参加し、過去最多のエントリー数。その中から、準グランプリに滋賀県長浜市の下八木営農組合が、グランプリに熊本県阿蘇市の水穂やまだが輝きました。
両者とも、受賞できると思わなかったといい、声を上げるなど非常に喜んでいたのが印象的です。
日本酒のプロフェッショナルが登壇
日本酒のプロフェッショナル5名によるセッションもありました。
「Zumaドバイ」ヘッドサケソムリエ・ミドルイーストの浜田竜二氏は「Dassai Beyond the Beyond 2020」を世界で初めて販売した実績をもちます。浜田氏いわく「購入されたのは投資会社の方でした。いつもお店にいらっしゃると、何かおいしい日本酒を出してほしいといわれるので、ご案内したら非常に喜んでくださいましたね」
「Dassai Beyond the Beyond 2022」のテイスティングも行われました。
コンラッド東京のエグゼクティブソムリエであり、日本ソムリエ協会の常務理事を務める森覚氏は「前年のヴィンテージよりも香りが強いです。白桃、アプリコットなどの豊かな香りがあります。やわらかくてしなやかで、軽そうでありながらもボリューム感があります」と表現。
ディーン・フエルス(Dean Fuerth)氏はニューヨークとワシントンDCでミシュランガイド一つ星を獲得する「Sushi Nakazawa」のビバレッジディレクター。「とてもデリケートで、フローラルな香り。メロンよりも青い香りで、カボスのようなビターなシトラス感があります。帆立貝、アオリイカ、梅干しや柚子胡椒にぴったりです」と述べます。
獺祭を用いたコースも
発表会では、帝国ホテル 東京料理長である杉本雄氏の料理も提供されました。メニューは次の通りです。
・獺祭香る金箔で包まれた帆立貝の宝石箱
・獺祭純米大吟醸でマリネした牛フィレ肉のロースト 醤油香るベアルネーズソース
・獺祭酒粕のシフォンケーキ
どれも「獺祭」を巧みに組み入れた意欲的なメニュー。「獺祭」によって、ジュレが洗練された香りをまとったり、牛フィレ肉がやわらかくなったり、シフォンケーキがしっとりしたりと、食味を高めていました。さらにはサプライズメニューとして「獺祭」の酒粕を隠し味にしたカリフラワーとスモークサーモンのムースも登場。
以前から「獺祭」を用いた料理を研究してきた杉本氏らしく、珠玉のコースに仕上がっていました。
プロジェクトの背景
「最高を超える山田錦プロジェクト」はどのようにして企画されたのでしょうか。
代表取締役社長である桜井一宏氏は「山田錦の生産者の方たちを支援し、より素晴らしい日本酒をつくるために、プロジェクトを始めました。大勢の方々に関わっていただいており、非常に意義のある取り組みだと考えています。最低でも10年は行い、ずっと続けていきたいです」と力を込めます。
「Dassai Beyond the Beyond」をサザビーズのオークションに出品したのは、なぜでしょうか。
「日本国内の日本酒の需要は減っています。私たち酒蔵ができることは、よりよいものを造って、世界に挑戦することだけです。世界を舞台にし、果敢に挑戦していけば、その活力が日本に戻ってくると信じています」
会長の桜井博志氏は次のようにいいます。
「フランスのワインは、国内で需要は減っていますが、国外で需要が伸びています。日本酒もいかにして世界に出られるかが、問われているように思います」
海外でも伸張
登壇者からは、海外で日本酒のプレゼンスが増しているという話が聞かれました。
マクシム・ティオリン(Maxim Tiourine)氏はイギリス・ロンドンの「ヘドニズム・ワイン」で日本酒とワインおよびスピリッツのエキスパートとして従事。「2012年に店をオープンした時と比較すると、『獺祭』の売上は8倍に伸びています。日本酒の売上は4倍になりましたね」といいます。
高級日本食レストラン「MIZUMI」でワインと日本酒のソムリエを務めるアーロン・ベック(Aaron Baek)氏は「7年前と比べて、日本酒のオーダーはだいぶ増えました。日本酒の売上は、昨年は前年に比べて48%も伸びています」と話します。
識者の見解
美食評論家であり、日本の食文化にも造詣が深い中村孝則氏も「最高を超える山田錦プロジェクト」に注目しています。
「卓越したクオリティで世界から注目される日本酒『獺祭』。それを生み出す旭酒造は、日本酒の価値を高める様々な革新的な試みでも注目されますが、『最高を超える山田錦プロジェクト』は、その象徴です。
このコンテストは、原料の米からこだわる同社らしく、山田錦のクオリティを最大限に高める狙いがあると思いますが、結果的に生産者である米農家の技術革新や永続性を支援するためのプロジェクトであるところがミソです。
さらにいえば、その米から造る最高の『獺祭』を世に送り、日本酒のクオリティの可能性を探ると共に、オークションに出品することで積極的な話題づくりにも挑んでいます。しかも、その最高の日本酒を売るレストランやソムリエを応援することで、レストラン産業を支援し、日本酒の魅力とブランド価値を高めるための戦略を包括的に行っています。そのような活動は、今までどの日本酒蔵も行っておらず、特筆に値すると思います」
旭酒造の試み
旭酒造は他にも革新的な活動を行っています。
コロナ禍で飲食店が苦しんでいる時には、日経新聞で意見広告を出稿しました。桜井社長の直筆サインとともに「私たちは、日本の飲食店の『いのち』と共にあります」とメッセージを掲載。大きなインパクトがあったので、覚えている人も多いでしょう。
・日経新聞で5月24日に意見広告を出します - 獺祭の蔵元/旭酒造株式会社
製造部門における大卒の新卒入社の初任給を約21万円から30万円に5割ほどアップさせたのも、世間を驚かせました。
・ここにきて『獺祭』の旭酒造が、新入社員の給料を突然「10万円上げた」意外なワケ/マネー現代
桜井社長は「日本料理は海外でも人気です。今では世界で食べられており、和食は日本人だけのものではなくなりました。日本料理と同じように、日本酒もいずれは日本を飛び出していきたいです」と力を込めます。
日本の産業のことを真摯に考え、日本酒業界をリードしていく旭酒造。至高の「獺祭」である「Dassai Beyond the Beyond」がどのように日本酒の未来を切り拓いていくのか、応援していきたいです。