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トランプ大統領、コロナで支持率上昇も再選に赤信号が灯る理由

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの感染者数が中国を抜いて世界最多となり、死者数も千人を突破した米国で、トランプ大統領の支持率が上昇している。新型コロナ問題への対応が有権者から評価されているためだ。にもかかわらず、トランプ氏は11月の大統領選で再選できないと指摘する専門家が目立つ。なぜか。

リーダーシップを発揮

トランプ大統領は27日、総額2.2兆ドル(約240兆円)の新型コロナ対策法案に署名。これにより、大人には1人あたり最大1200ドル(約13万円)、子どもには同500ドルの現金が支給されるほか、企業には、従業員の給与の肩代わりなどのために、総額8500億ドルが資金援助される。

トランプ大統領は13日に国家非常事態を宣言したが、その後も、「われわれは戦争に勝たなければならない」と勇ましい発言をしたり、患者数が急増しているニューヨーク州やカリフォルニア州に軍の「病院船」を派遣する方針を表明したりするなど、国民に分かりやすい形でリーダーシップを発揮してきた。

民主党支持者の支持率も上昇

調査会社のギャロップが3月13~22日に実施した世論調査では、トランプ大統領に対する有権者の支持率が49%となり、国家非常事態を宣言する前の前回調査と比べて、5ポイント上昇。今年1月後半と2月前半に実施した2回の調査と並び、就任以来、最も高い支持率となった。さらに、トランプ大統領の新型コロナ対策について質問したところ、60%が評価すると答え、評価しないと答えた38%を大きく上回った。

注目すべきは、無党派層やトランプ氏を毛嫌いする民主党支持者の間で支持率が大幅に上がっている点だ。無党派層の支持率は43%となり、前回から8ポイント上昇。民主党支持者は6ポイント高の13%と、ほぼ倍増だ。一方、共和党支持者の支持率は92%で、前回の91%からほぼ横ばい。普段はトランプ氏を支持しない層が、全体の支持率を押し上げた格好だ。

世論調査を見る限り、再選を目指すトランプ大統領にとっては、心地よい追い風が吹いているように見える。だが、事はそう単純ではない。

戦時モード

「大統領の支持率は、国家が危機に直面した時には上昇する」。ギャロップ社は報告書でこう指摘している。端的な例が2001年9月、同時多発テロに見舞われた時の共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率で、直前の51%から86%へと一気に35ポイントも跳ね上がった。

ブッシュ大統領の父で共和党のジョージ・H・W・ブッシュ大統領が、1991年1月、多国籍軍を率いて湾岸戦争を開始した時も、支持率は64%から82%へと18ポイント上昇。これらの例と比べるとトランプ大統領の支持率の上げ幅は小さいが、党派を超えて支持率が上がっていることから、ギャロップ社は、米社会の戦時モードがトランプ氏の高支持率の背景にあると分析する。

不吉な予感

しかし、トランプ大統領にとって不吉なのは、先代のブッシュ大統領は、湾岸戦争で高い支持率を得たにもかかわらず、翌1992年の大統領選で民主党のビル・クリントン氏に敗れ、再選を果たせなかったことだ。現職の大統領が敗れたのは、第二次世界大戦後に限れば、ブッシュ氏を含めて3人しかいない。2代目のブッシュ大統領は、再選は果たしたものの、2期目の晩年に支持率が下がり、後継の候補者が民主党のバラク・オバマ氏に敗北。大統領の座を民主党に明け渡した“戦犯”となった。

先代のブッシュ大統領が敗れたのも、2代目のブッシュ大統領の後継者が敗れたのも、大きな要因は、選挙直前の経済状況だ。先代のブッシュ大統領の時は、湾岸戦争後に期待された景気回復が思うように進まず、逆に、国民の間の経済格差が一段と広がり、米社会全体に大きな影響を及ぼしたロサンゼルス暴動を誘発した。2代目のブッシュ大統領の時は、2期目の最終年をリーマン・ショックが襲った。

4~6月がカギ

エモリー大学のアラン・アブラモビッツ教授(政治学)は、「歴史的に見て、大統領選が実施される年の第2四半期(4~6月)の国内総生産(GDP)が、現職の大統領が再選できるかどうかを占う重要な変数になる。かりに第3四半期、第4四半期と景気が回復しても、第2四半期の景気の実態が有権者の景況感に与える影響は大きい」と指摘。その上で、「(第2四半期に)景気後退が起きれば、トランプ大統領の再選シナリオは大打撃を受ける可能性がある」と予測する。

一方、政治学者のクリストファー・アーヘン氏らは、「第2四半期と第3四半期に個人の可処分所得がどれくらい増えたかが有権者の投票行動を左右する」と述べる。いずれにせよ、4月からの経済状況がトランプ大統領の命運を大きく左右するのは間違いなさそうだ。

すでに景気後退か

その経済状況に関し、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は26日、NBCテレビに出演し、2.2兆ドルのコロナ対策を念頭に置いた上で、「景気は後退局面に入ったかもしれない」「第2四半期はおそらく(景気は)弱いものになるだろう」などと語った。パウエル議長は、今回は、通常の景気後退とは違い、新型コロナ問題が収まれば景気はすぐに回復するとも強調したが、新型コロナがいつ終息するかは、見通せない状況だ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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