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コロナ「派遣差別」で提訴 理不尽なテレワーク解雇の実態とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

  テレワーク差別の末に契約を打ち切られた派遣社員(以下、Aさん)が、派遣先と派遣元に対して、損害賠償と雇い止めの撤回を求める裁判を今月2日に提訴したことを総合サポートユニオンが明らかにした。

 今回訴えられたのは、派遣先は株式会社YUIDEAで、派遣元はエキスパートスタッフ である。すでに、この事件の経緯については下記の記事でも紹介しているが、この記事ではなぜ裁判に至ったのかに迫り、改めて事件を紹介したい。

参考:「テレワークを求めたからクビ」 緊急事態の差別に“怒り”の声

「感染爆発」でも、派遣社員には許されなかったテレワーク

 訴状によれは、事件の経緯は次の通りである。

 昨年3月25日、東京都知事が会見を開き、新型コロナウイルスの「感染爆発の重大局面」を受け、テレワークへの協力を訴えた翌日、派遣先のYUIDEAは、すぐさま社員に在宅勤務を命じ、派遣社員に対しては有休で休むようすすめた。

 しかし、Aさんには、有休が残り2日しかなく、欠勤すれば生活が成り立たないため、出社しなければならなかった。

 コロナ感染の危険を感じたAさんは、派遣先と派遣元に、派遣社員も社員と同じようにテレワークをさせてもらえるよう依頼し、派遣先の直接の上司は、Aさんに「派遣で来てくださっている皆さんが置かれた状況がいかに不公平で非人道的であるかは、社員一同よくわかっており、幾度となく役員たちに改善要求を訴えてきました」とまで伝え、Aさんら派遣社員が休めるよう努力することを約束した。

 この言葉に励まされたAさんは必死の思いで、派遣元に次のように送ったという。

「緊急事態宣言を受けて、同じ部署の社員や契約社員は速やかに在宅勤務に移行したのに、なぜ同じ部署なのに派遣社員だけがそれをさせてもらえないのか、なぜ同じ部署の社員や契約社員には命を守るための在宅勤務の適用があり、同じ部署の人間なのに派遣社員にはそれを適用してもらえないのか、命よりも雇用形態や契約云々が優先するのか、という疑問の中で生活のために毎日出勤しています。もう少し、同じ人間として扱っていただけないかどうか、YUIDEA様にも引き続き、働きかけていただけないでしょうか?」

 しかし、派遣先のYUIDEAは、派遣社員にテレワークを認めなかった。

テレワークを求めたことがきっかけで「クビ」に

 これに対し派遣会社は、Aさんの意向を踏まえ、4月中は自宅待機で賃金100%補償する方向で調整するとAさんに伝えた。ところが派遣先のYUIDEAは、派遣会社の申し出を拒否。結局方針は変わらなかった。

 ここで、派遣会社と派遣先に挟まれる「派遣労働」特有の、ややこしい事情が発生してしまう。

 この間、まずは自宅待機するよう派遣会社に勧められたAさんは4月21日と22日、出社しなかったところ、Aさんは当然派遣会社が派遣先に許可を取っていたと思っていたが、派遣先はこれを無断欠勤と判断。

 この「欠勤」を問題にされ、結果としてAさんは6月いっぱいで雇い止めとなってしまったのである。

「派遣でも対等な人間として認めてほしい」、テレワーク差別撤回を求める

 契約の解除が通告された直後、Aさんは、個人加盟ユニオンの総合サポートユニオンに加盟し、YUIDEAとエキスパートスタッフに対し、テレワーク差別をやめることや雇い止めの撤回を求めて団体交渉を申し入れた。

 「派遣でも対等な人間として認めてほしい」という思いだった。だが、交渉では派遣先も派遣会社もAさんたちの要求を正面から受け止めようとはしなかったという。派遣先は本人の無断欠勤を非難をするばかりで、派遣会社の交渉担当者も「自分たちは上がつくった文章を読み上げることしかできない」という趣旨の発言を繰り返すだけだった(なお、このような派遣会社の行為は労働組合法違反の恐れがある)。

 こうした一方的な対応は、コロナ関連で派遣が問題となる中でも、かなり強硬なものだった。当時、総合サポートユニオンではAさんの他にも雇い止めや休業補償をしてもらえない派遣社員が加入し団体交渉を行っており、大半の会社では、ユニオンの要求が実現し、補償がなされていったからだ。

 背景には、コロナ下における「非正規差別」に対する世論の反発もあっただろう。この時期、同様の交渉は全国各地の労組と企業の間で行われ、会社側も歩み寄る中で妥協が実現していたのである。

 これに対し、YUIDEAやエキスパートスタッフはユニオンの要求を一切聞き入れようとしなかった。それどころか派遣先も派遣元も、団体交渉で、「在宅勤務にこだわった・度重なる要望をした」「2日間休んで仕事に穴を開けた」などと、Aさんを非難することに終始したという。

2度目の緊急事態宣言でも繰り返されるテレワーク差別を受けて提訴

 申し入れから半年以上がたち、今年の年明けには再び緊急事態宣言が出され、再びAさんと同じように、たくさんの派遣社員がTwitterなどで、テレワーク差別の実態を訴えていた。

参考:「派遣は「出勤者7割」にカウントされない? 正社員の分まで働かされる理不尽さ」

 そうした中で、「やはり、テレワーク差別は許せない」という気持ちを強めたAさんは会社を提訴することを決意した。以下はAさんから筆者に寄せたメッセージの一部だ。提訴に至った切実な思いを読み取ることができる。

「労働者派遣制度は、今回のような災害時に、派遣労働者を、有無をいわさず真っ先に差別して、路頭に迷わせても構わない、という身分制度のようなものなのでしょうか?

もしそうであるなら、労働者派遣制度の存在自体が、おかしなものです。

両社の責任を、追及したいと思います。

派遣労働者も、感染対策や雇用の継続が必要な、社員と同じ人間です。

私のようにテレワーク差別に遭ったり、派遣切り・雇止めに遭っているみなさんは、ぜひユニオンに相談してください。一緒に闘っていけたら嬉しいです」。

雇用形態を理由に派遣社員を差別することは違法

 雇用形態を理由としたテレワーク差別は違法である可能性が高い。労働者の命と健康を守る安全配慮義務は雇用形態に関係なく生じるものであるし、近年の働き方改革は賃金以外の労働条件についても同一にすることを求めているからだ。

 非正規雇用のテレワーク差別の実態を深刻に受け取った厚生労働省は、今月4日、労働政策審議会に対し、非正規だけテレワークを認めないなどの差別を禁止する指針案を出してもいる。

参考:厚労省、テレワークに新指針案 非正規区別を禁止、長時間対策も(東京新聞)

 こうした中で今回の裁判は、重要な問題を社会に投げかけているといえよう。

 そして、今回問題となっているAさんの事例は、氷山の一角に過ぎないものと思われる。職場から差別をなくしていくためには、一人一人の労働者が声をあげられるように、さらなる世論の高まりや具体的な支援が求められている。

付記

 下記は、私が代表を務めるNPO法人POSSEが始めた非正規差別をなくすためのキャンペーンとオンライン署名だ。関心を持たれた方は、ぜひご協力いただきたい。

NPO法人POSSEの「#非正規差別を許さない」プロジェクト

「非正規雇用労働者等にもテレワークを認めてください!テレワークの不合理な差別を無くしたい」オンライン署名

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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