イタリア伝統の発酵菓子「パネットーネ」の正解とは?日本でパネットーネを究める職人たち
昨年初開催されたパネットーネ・ソサエティ主催のパネットーネ・コンテストで最優秀賞を受賞した秋元英樹さん(東京・ブーランジュリー・コシュカ)、優秀賞を受賞した大村田さん(群馬・ヴァンダラスト)、審査委員長を務めた鈴木弥平さん(東京・ピアットスズキ)によるトークセッション「パネットーネの正解とは?」が2023年5月2日、東京・東麻布で開催された。
パネットーネはクリスマスに楽しむイタリア伝統のパン菓子で、卵色のふんわりしっとりと柔らかな生地が口の中でスッと溶ける。柑橘などのドライフルーツと、発酵による芳醇な香りが特徴だ。
会場にはパネットーネ・ソサエティの会員をはじめ、パネットーネづくりや普及に興味のある人々が集まり、三人の登壇者が焼いたパネットーネを試食しながら、パネットーネの理解、知識を深めた。
鈴木さんは料理人。30年前の日本では、料理人でパネットーネをつくる人はいなかったなかで、パネットーネの魅力に取り憑かれてつくり続け、今や日本におけるパネットーネの普及活動をリードする第一人者となっている。最優秀賞を受賞した秋元さんはパン職人だが、つくろうと思ってもほしい情報がなかったため、イタリアに行って修業した。やがて年に三度はイタリアに行くようになった。クリスマスのシーズンにはひと家族あたり7個も8個もパネットーネの箱を持って街を歩く姿が印象的だったという。現在そこまで普及していない日本では、パネットーネについての正確な情報を発信していくパネットーネ・ソサエティのような機関の活動が重要だ。
一般的に知られていないこととして、酵母の誤解がある。例えば「パネットーネ菌」というものはなく、正式なパネットーネに欠かせないのは「リエビトマードレ」である。イタリアからの外来語のため馴染みが薄いかもしれないが、これは小麦粉と水だけを用いて培養した酵母のことを指している。日本では「サワー種」、「サワードー」などと呼ばれることもある小麦由来の酵母種だ。いずれにしても正式なパネットーネには自家培養した酵母が使われる。こうしたきまりはコンテストの規定に準ずるが、小麦粉やバター、柑橘類など、素材はいくらでも吟味でき、それによっても当然、仕上がりが変わってくる。
鈴木さんはオレンジピールとして国産の柑橘を仕込む。2月の終わりから3月にかけて、愛媛産のネーブルでペーストをつくるのだという。それは生地に馴染み、柔らかく、香り高く、彼のパネットーネを特別なものにする。
小麦粉やバターに関しても三人それぞれ、さまざまなものを試し、その食感や香りの違いを知り、商品である限りコストを考え、扱いかたを三人三様に工夫している。そして、正解はそこにはまだ出ていない。
「商品である限り」と書いたが、「商売を考えるならば、パネットーネはやめたほうがいい」と鈴木さんは言う。乳化剤などの添加物を入れて生地をしっとり柔らかく保ったり、ケミカルな香料を用いたりして、より簡単につくられる商業的パネットーネは、彼らの取り組む正式なパネットーネの正解からどんどん外れていくからだ。
鈴木さん、秋元さん、大村さんのパネットーネをそれぞれ試食した筆者の感想はまず、大きいのにスッと食べられてしまえるということだった。そのことに驚いた。食感に、綿菓子でも食べるような軽やかさと口どけを感じた。小麦粉、卵、バター、砂糖、柑橘類と、ほぼ同じ材料を用いながら、つくり手によってあんなにも一つひとつが異なるという驚きも感じた。職人でなくとも、もっと知りたい、と思う発酵菓子のおもしろさがそこにあった。
彼らは皆、パネットーネの魅力に目覚め、「まだまだ」と正解を目指して究め続けているが、いったいどんなパネットーネを目指しているのだろうか。
鈴木さんは「正解がない、まだみつからない」とした上で、自らの目指すところを、酵母の発酵状態の安定だと言った。いつどこでつくっても同じようにはなかなかならない酵母の働きをコントロールすることは、パネットーネの達人であるために必要な技なのだ。とすると、発酵に日夜、携わるパン職人たちは、パネットーネづくりにおいて、アドバンテージがあるかもしれない。
鈴木さんのパネットーネはもちろん、秋元さんのも、大村さんのも、筆者には完璧に感じられたが、職人たちには究極というものはないようだ。日本の職人にとってパネットーネは、フランスのバゲットやガレット・デ・ロワのように、常に研鑽を積み、究め続けるべき対象であり、「道」のようなものなのかもしれない。それぞれ自分の正解を目指していった先にどんな正解がはじき出されるのか、本国を凌ぐおいしさへ向かっていくのか、イタリア伝統の食文化はこの日本でどのように浸透していくのか、非常に興味深いところである。
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