米マクドナルドが「ビッグマック」の商標権で欧州で一部敗訴とはどういうことなのか?
「米マック、欧州で「チキンビッグマック」の商品名使えず 商標権めぐる裁判で一部敗訴」というニュースがありました。
奇しくもこの話は昨日・一昨日に私が書いたAFURIの記事と似た話です。そこでは、商標権に関する裁判には、大雑把に言うと、侵害訴訟(相手の商標使用を禁止するための争い)と審決取消訴訟(商標権の有効性を争う訴訟)があり、両者は関連はするが独立した訴訟であると書きました。AFURIの記事の件と同様、今回の件は後者のタイプの訴訟です(ただし、無効審判ではなく不使用取消に関する訴訟です)。
マクドナルド社は侵害訴訟に敗れたわけではありませんので、“Big Mac“商標の使用が禁じられたわけではありません。“Big Mac“の欧州における商標権が一部取消になっただけです。したがって、冒頭のロイターの記事タイトルは正確ではなく、「米マック、欧州で「ビッグマック」の商標権が一部取消に」と書くべきということになります(なお、ロイター以外の報道記事ではちゃんと書いてあります)。
さて、この事件については、2019年の時点で「Big Macの商標登録が欧州で取り消された理由」という記事を書いています。
アイルランドのハンバーガーチェーン店Supermac'sが、欧州進出のために「レストランサービス(飲食物の提供)」を指定役務にして、欧州連合知的財産庁(EUIPO)に商標登録出願(タイトル画像参照)をしたところ、米マクドナルド社より、”Big Mac”と類似するとの理由により、異議申立を請求されたのに対して、不使用取消を請求したのが事の発端です。欧州では5年間不使用だと商標登録を取消にできます(日本の場合は3年間です)。なお、Supermac‘sは1979年創業、名前の由来は創業者のPat McDonagh氏、現在は、アイルランド最大の非外資ファストフードチェーンということで、マクドナルドのパチモノではありません。
この不使用取消に対して、EUIPOは、マクドナルド側が提出した使用証拠が不十分であったため取消を認め(これが私が前回書いた記事の内容)、その後、マクドナルド側が欧州商標裁判所に審決取消訴訟を提起し、2022年に登録を維持する判決、そして、Supermac‘sが控訴してやっぱり一部取消(これが今回のニュース)という流れです。不使用取消は指定商品・役務ごとに判断されますので、一部の指定商品・役務だけが取り消され得ます。今回直接関係するのは「レストランサービス(飲食物の提供)」という役務です(「チキンバーガー」は取消にはなりましたがあまり関係ありません)。
ちょっとややこしい話なので、この流れを理解するために必要な超基本ポイント2点を先に解説しておきます。一般に、商標登録出願を行う場合には注意すべきポイントです。
第一に、商標の世界では「商品の販売」と「役務の提供」は別物です。たとえば、「ホゲホゲラーメン」なるラーメン店を営業するために商標登録をしたいとします。この場合、30類「ラーメン」を指定商品にして商標登録出願するのは間違いです。43類「飲食物の提供」を指定役務として出願しなければなりません。30類の方はラーメンを店頭や通販等で商品として販売する場合です。もし、店で提供しつつ、テイクアウト販売もするのであれば「ラーメン」と「飲食物の提供」の両方を指定して出願すべきです。
第二に、第三者からの不使用取消を免れるためには登録商標と実質同一の商標の使用が必要です。商標権は登録商標の類似範囲にも及びますが、不使用取消は同一範囲での使用かどうかが判断されます。上記の例で言うと、「ホゲホゲラーメン」を30類「ラーメン」を指定商品にして登録し、3年間、店での提供だけを行っており(つまり、「飲食物の提供」のみに使用)、第三者に不使用取消を請求されたとします。この場合、「ホゲホゲラーメン」を店で提供していると言っても不使用取消には対抗できません、テイクアウトや通販等で商品として販売しているという証拠を示さなければなりません。
さて、今回の件に戻ってみましょう。”Big Mac”は、ビーフハンバーガーの商品の名称として使用されていることは間違いないとして、「飲食物の提供」(および、「チキンバーガー」)については使用していたことをマクドナルド側が立証できなかったということになります。
よくよく考えてみれば「飲食物の提供」についてマクドナルド社が使用している商標は”McDonald”、有名な黄色Mマーク、”McCafe”等であって、”Big Mac”はレストランの名称やマークとしては使われていない(消費者はあくまでも商品名として認識している)ことは明らかでしょう。欧州商標裁判所はここを厳密に解釈したことになります。
今回の判決はどのような影響をもたらすでしょうか?
Supermac's社の「飲食物の提供」を指定した商標登録出願がEUIPOにおいて登録される可能性が高いです(マクドナルド社による異議申立の根拠がなくなったため)。これにより、Supermac's社のハンバーガーチェーンの欧州での展開に対して、マクドナルド社が”Big Mac”と混同するから商標権侵害であるとは言えなくなる可能性が高いです。ただ、不正競争防止法のように商標権をオーバーライドできる法律もあるので100%確実ではないでしょう。
ただし、マクドナルド社の”Big Mac”登録商標のビーフハンバーガーを指定商品にした部分には変わりありませんので、Supermac's社が自社店舗で、たとえば”Supermac Burger”といった商品を販売すると、マクドナルド社に商標権を行使される可能性はあります。しかし、Supermac's社のウェブサイトを見ると商品には”Supermac's”という商標は使用されていない(そもそも同社はハンバーガーを指定商品とした商標登録出願も行っていない)ことから、Supermac'sはあくまでもチェーン店の名前であって商品の名前ではないものと思われます。
マクドナルド社ですが、”Big Mac”の商標の使用については特に影響はありません。ビーフバーガーは元よりチキンバーガーについても同じです。チキンバーガーについて商標権が取消になりましたが、それは商標が使えなくなることを意味しません。商標権が無効・取消等になるとその商標が使えなくなると勘違いしているケースがたまにありますが、商標権が消滅するというのは独占できなくなる(かつ、他社からの商標権に対抗できなくなる)だけであって、使用が不可能になるわけではありません。たとえば、商店街にあるようなレストランがいちいち店名を商標登録しなくても問題なく営業していることを考えればそれは明らかです(もちろん、この場合、他者が似た店舗名を使っても文句が言えない、商標権を持っている他者から権利行使されても対抗しにくいというリスクはあります)。