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学生映画が劇場公開に至るまでの道のりを振り返る~中川奈月監督『彼女はひとり』の場合【前編】

壬生智裕映画ライター
写真:配給提供 (C)2018「彼女はひとり」

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、ちば映画祭、田辺・弁慶映画祭など、映画祭などで上映されるたびに話題を集めてきた中川奈月監督の『彼女はひとり』が、10月23日(土)より新宿K's cinemaほかにて劇場公開される。

撮影には黒沢清監督、深田晃司監督、沖田修一監督の作品などを多く手掛ける芦澤明子キャメラウーマンが参加。主演は、カンヌ国際映画祭で絶賛された深田晃司監督の『本気のしるし』でピンクの髪になったみっちゃんを演じ、観客に強烈な印象を与えた福永朱梨。誰にも愛されない孤独と悲しみから、他人を傷つけ、暴走していく澄子を繊細、かつ圧倒的な力で演じ、田辺・弁慶映画祭2019では俳優賞を受賞した。

まずは予告編からご覧いただきたい。

立教大学大学院の修了制作として撮影された学生映画が、そして黒沢清監督に「青春という言葉からはるか隔たった、あまりにもダークで狂気的な世界観に震撼していた。これは凄い。少なくとも日本映画で、このレベルに達した学園ドラマを私は他に知らない」と言わしめたインディーズ映画がいかにして劇場公開を果たしたのか。本作を配給するムービー・アクト・プロジェクト(MAP)の熊谷睦子氏、そして中川監督にその道筋をあらためて聞いてみた。

なお、今回配信するのはインタビューの前半部分。インタビューの続きと、本作の初日舞台あいさつの様子は、「初日満席!学生映画が劇場公開に至るまでの道のりを振り返る~中川奈月監督『彼女はひとり』の場合【後編】」をチェックしていただければ幸いだ。

なお、作品の制作過程などについては、以前行ったインタビュー記事を参照していただければ。

『本気のしるし』みっちゃんがまた観客をざわつかせる!初主演作を映画館で上映

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写真:配給提供 (C)2018「彼女はひとり」
写真:配給提供 (C)2018「彼女はひとり」

■レイトにこだわらずに今年中の劇場公開を目指す

――今回、『彼女はひとり』を配給することになった経緯は?

MAP熊谷:昨年、テアトル新宿で「田辺・弁慶映画祭セレクション2020」という上映会があって。うちは(第13回田辺・弁慶映画祭グランプリをはじめ、5冠を達成した)『おろかもの』を配給していたので、その時に初めて『彼女はひとり』を観たんです。その後で打ち上げがあって、そこで、ちば映画祭の鶴岡さんから「劇場公開してくださいよ」と言われて「いいんですか? じゃあやります」と、監督もいたその場で手を挙げました。

中川:自分の今後を見据える上で、この映画をちゃんと人に見せないと次につながらないな、というのはすごく実感していたので。熊谷さんから「やります」と言っていただいたのは渡りに船というか。「え、いいの?」という感じで 。熊谷さんが名乗り出てくださったので、すごくうれしかったです。

――60分という尺はどうだったんですか?

熊谷:ちょうどうちが配給した『グッドバイ』という作品が66分だったので。60分でも劇場公開できるなというのは感触としてありました。(同じK's cinemaで上映されていた)『にじいろトリップ~少女は虹を渡る~』も39分でしたし、今は短編の劇場公開も増えていますよね。

――上映は昼の上映となるようですが。

熊谷:もともとレイトショーで話していたんですが、コロナの影響もあって。劇場の方にも年内にどうしてもやりたいんですと言いました。それで公開時期が少し早まったんですけど、今ではレイトにこだわらなくて、逆に良かったかなと思っています。もちろん興行収入ということもありますが、一方で作品や監督、出演者の人たちの次につなげるということも大切だなと思っていて。次につなげるためにも2週間ちゃんと劇場公開ができればと思っていました。

――劇場公開になってここが違うなといった変化は感じましたか?

中川:去年のテアトル新宿の時は、宣伝もほぼぜんぶ自分ひとりでやっていたので。今回は本当にいろいろと考えていただきました。写真とかも、新しい見せ方を考えてもらって。「この写真はこういう風に使えるんだ」とか、新しい発見をしてもらえたのがすごいうれしかったですね。やっぱ自分ひとりじゃないというか。いろんな人がこの上映に関して考えてくださるというのがとにかくうれしいというのが一番ですね。

チラシのビジュアルも変化。左が今回の新チラシビジュアル、右が昨年の「田辺・弁慶映画祭セレクション」でのチラシビジュアル(写真:配給提供)
チラシのビジュアルも変化。左が今回の新チラシビジュアル、右が昨年の「田辺・弁慶映画祭セレクション」でのチラシビジュアル(写真:配給提供)

■劇場公開に合わせた宣伝スタイル

――チラシのビジュアルもガラリと変わりましたね。

熊谷:これはデザイナーの菅原睦子さんに、大きく使う写真については指定なしで選んでもらったんですが、そうしたら偶然というか、SKIPや、名古屋で上映した時と一緒の写真でした。前回のテアトルのときは眼光鋭い感じでしたが。

――黒沢清テイストのビジュアルでしたね。

熊谷:それもいいんですけど、この映画の中で優しい顔をしている主人公の写真ってそんなになかったので、その方がいいのかなと。あと前回は写真1点で作られていましたけど、今回はもうちょっと登場人物を紹介しようかなというので、別の写真をいくつか入れて。それから売り方の定石というか、出品した映画祭を並べて。黒沢清監督のコメントも強いから載せました。一般の人にも入りやすいように、というのが今回のポスターの狙いです。

中川:あと全国の上映館で公開してもらうためにはDCPに、というのもあったので、DCPを作ってくれるのがうれしかったですね。制作から劇場公開まで5年かかったんですが、「田辺・弁慶映画祭」に出して、テアトル新宿で上映したときに観てくださる方が一気に増えて。そこでわたしに興味を持ってくださる方も増えたし、機会があったらという風に声を掛けてくださる方も増えた。それから主演の福永さんの魅力を感じてくださる方がすごく増えましたね。

――5年前は劇場公開されるなんて想像していなかったのでは。

中川:してないですね。むしろ撮影が終わった後は「これ、完成するのかな」というところだったので。そもそもちゃんと予算を組んで、いつまでにポスプロをやって公開しましょうみたいな予定も全く立てずに。取りあえず撮って、それから考えましょうという形で作ったので、まず完成してどう評価されるのか、というのもまったく分からなかったんですよ。

だからSKIPで入れていただいて、面白いと評価していただいた時も、まだまだそこまでじゃないんじゃないかという気持ちもあって。黒沢清監督をはじめ、評価してほしい方には評価していただいたんですけど、それから先はどうやって広がるのか、私も想像がつかなかったというか。そこに対して結構弱気な部分がありました。だからこの映画が観られるべきだと強く感じたのは、ここ数年だったというのはありますね。

写真:配給提供 (C)2018「彼女はひとり」
写真:配給提供 (C)2018「彼女はひとり」

■そして映画祭での上映がはじまる

――ここからはこの映画が完成してから、どのような道筋を経て、劇場公開まで至ったのか、という過程についてお聞きしたいのですが。最初が2018年の「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」(以下SKIP)ですよね。

中川:映画が完成したあと、いくつかの映画祭に応募したんですが、なかなか入選しなくて。もう駄目かなと諦めていた時に、SKIPが声を掛けてくださって。「良かったな」と思いましたね。

――尺の問題はどうでした?

中川:問題はありました。「田辺・弁慶映画祭」(以下、田辺)なども短編からでも大丈夫だったんですが、SKIPはもともと70分以上だったんです。でも私が出すときから60分以上からオッケーになったので。ほんとにたまたまだったんですが、「あ、出せる」と思って。その1年前だったら、ずっと適用外だったので、本当に良かったですね。

――一般のお客さんに観てもらうのはそこが初めてだったと思うのですが。

中川:そうですね。まずディレクターの長谷川敏行さんにすごく気に入っていただけたので。自信につながりました。そしてその後、SKIP経由でドイツの「ニッポン・コネクション」という映画祭に出していただきました。その時に海外の方の感想を聞くことができました。こんな風に女の子が強めの感情になるのはなかなかないと言われて。「あ、そうだったんだ」と。海外からの視線をいただくきっかけになり、うれしかったですね。

――ドイツの映画祭に出品したということもありますし、この作品の場合は英語字幕はどうされたんですか?

中川:(映画監督の)篠崎誠先生が海外の映画祭に出そうって言ってくれたので。立教のときから字幕は作ってたんですよ(※筆者注:本作は大学院映像身体学研究科の修了制作となる)。その時は学生が一生懸命頑張って作ったものだったんですが、東京藝大に行った時も英語をやっている方に調整してもらったりして。何回か作り直しました。SKIPに入選した時には、字幕はつけてくれるんですけど、実はそれより前に字幕は一応できていました。ですからSKIPでは、作った字幕で大丈夫ということでそのまま流してもらいました。

――英語字幕を作れば、海外映画祭に出品できる可能性も高くなるので、絶対に英語字幕は作った方がいいですよね。

中川:ただ字幕は本当に大変ですよね。その時は本当にお金がなかったので。学生たちで頑張って作ってもらったものだったんですけど、わたしには字幕のいい・悪いを判断できないので。やはりプロの方にちゃんと判断してもらうような状況は大切だなと思います。

――英語字幕を作ったほうがいいよというのは篠崎監督のアドバイス?

中川:そうです。結構早い段階から「作りなよ」と言ってもらいました。今回はドイツ以外はうまくハマらなかったんですが、いつか海外の映画祭には行きたいですね。

――ひとつの映画祭に出すと、別の映画祭につながるということがあると思いますが。SKIPの後は、ドイツの「ニッポン・コネクション」とほかには?

中川:その後はちば映画祭ですね。ちば映画祭の鶴岡さんのおかげで、その後が大きく変わったというところはあります。SKIPに入選した後はほかの映画祭に出していなかったんですが、1年後のSKIPの時に鶴岡さんから「田辺ならまだ出せるよ」と言われて。それで田辺に出そうと思ったんですが、本当に次の日が締め切りでした(笑)。それですぐに応募したら入選して。そこからテアトル新宿につながる道をいただきました。

――あらためて、ちば映画祭での上映はいかがでした?

中川:次の年の2019年3月に上映しました。ちば映画祭はものすごくアットホームで。やはり鶴岡さんが選ぶ映画が面白いので、どの作品にも「ここがすごく面白いな」というところを見つけてくれる映画祭なんだなと。ここに入れてもらえるのは光栄だなと思いました。それと会場がけっこう広いんですけど、お客さんがたくさん入って。上映会でもいい意見をたくさん言っていただきました。ちば映画祭が終わってからTwitterで感想をつぶやいてくださる方が多くなった印象です。(主演の)福永朱梨さんも「こんなにツイートをいっぱいしてくれている」と喜んでくれましたし、なんていいお客さんがついている映画祭なんだろうと思いました。

――インタビューは後編に続く――

『彼女はひとり』

<キャスト・スタッフ>

福永朱梨 / 金井浩人 美知枝 中村優里 三坂知絵子 櫻井保幸 榮林桃伽 堀春菜 田中一平 山中アラタ

脚本・編集・監督:中川奈月 プロデューサー:ムン・ヘソン 撮影:芦澤明子 照明:御木茂則 録音:芦原邦雄  整音:板橋聖志

編集協力:和泉陽光 音楽:大嶋柊 美術:野澤優 衣装:古月悦子 助監督:杉山修平 スチール:明田川志保 吉田留美 

特別指導:篠崎誠 

配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト 共同配給:ミカタ・エンタテインメント

2018/カラー/ビスタ/60分 

公式HP:https://mikata-ent.com/movie/884/

Twitter: https://twitter.com/kanojo_hitori

中川奈月(なかがわなつき)

立教大学を卒業後、NCWで映画制作を開始。立教大大学院映像身体学科で本作『彼女はひとり』を制作、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018の国際コンペティション部門にてSKIPシティアワードを受賞するなど多くの映画祭に招待される。卒業後は、真利子哲也監督や濱口竜介監督を輩出した、東京藝術大学大学院映画専攻に進学し、黒沢清監督に師事。修了制作の『夜のそと』では、北米最大の日本映画祭「JAPAN CUTS2020」 Next Generation部門に選出されるなど、今後最も活躍が期待される新鋭監督のひとりである。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

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