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がんに効く「奇跡のXX」を疑え!

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
米国食品医薬品局が摘発した根拠のない、違法な「抗がん」サプリ

がん患者を狙う「卑劣な策略」

「悪玉活性酵素を排出」して、がんに効くという宣伝文句で「水素水」を販売した日本のスーパーが、医薬品医療機器法違反の疑いで書類送検されたというニュースを目にした。なぜ、がん患者を食い物にする商売が後を絶たないのか。

アメリカでも今春、米国食品医薬品局(FDA)が、「がんに効く」と称してサプリメントなどを違法に販売していた14社を摘発し、厳しい警告書を出した。FDAは法を遵守しない会社に対し、製品差し押さえや刑事告発等の法的措置をとることができる。これらの14社は、ビタミンCパウダーから免疫アップで様々ながんに効くとされるサプリやお茶、皮膚がんに効くとされるクリームまで合計で65以上の製品を販売していた。

FDAは医薬品等について安全性と用途、用法を含めて有効性を判断し、市場に出すための承認を行う。しかし臨床試験やFDAの評価を受けることなく、「がんを予防する」、「がん細胞だけを攻撃する」、「すべての種類のがんに効く」といった違法なうたい文句のサプリメントやオイル、飲料、お茶などが、特にインターネットやソーシャルメディアに散見される。FDAは、藁をもつかむ思いの消費者に、証拠もなく「がんを治せる」と約束する製品を売りつけるのは、「卑劣な策略だ」と怒りをあらわにした声明を発表した。

危険な「体にやさしいがん治療」

残念ながら、がん、手術、化学療法、放射線療法と、どれをとっても怖い、痛い、辛いというイメージがつきまとう。一方で、違法ながん治療を宣伝する会社は、まったく根拠がないにもかかわらず、「手術や副作用のある化学療法をせずに、すべてのがんを治療できる」、「ナチュラルだから、毒性がない」といった売り言葉を連ねる。サプリやお茶、最近よく耳にする免疫に着目した治療で「副作用がなく、体にやさしいがん治療」ができると言われれば、まずはそちらを試してみようかと思ってしまう患者もいる。しかしこうした製品は、がんに効かないどころか、患者を危険にさらすものだ。

例えば一見、まともそうに見えるこのウェブサイトで「がんと戦うのに重要なタンパク」と宣伝するPNC-27という製品の吸入用液をFDAの試験室で分析したところ、重篤な感染症を引き起こす恐れのあるバリオボラックス・パラドキサスという細菌が検出された。FDAは今年1月、消費者にPNC-27を購入しないよう警告した。その後、FDAが再度PNC-27のサンプルを分析したところ、今度は別の細菌が検出され、3月には再び、同製品をがん治療に使わないようにと消費者に呼びかけている。

がんは生命を脅かす病気であり、診断や治療は有資格の医療従事者が行う必要があると、FDAは強調する。PNC-27の上記のウェブサイトでも科学者の名前が出ていたが、研究者や医師が一緒に宣伝していたりすると、私達はつい安心感を持ってしまうので、よけいにたちが悪い。

フェイクがん治療の副作用

「副作用がない」と宣伝するこうしたフェイク(偽の)がん治療には、じつは患者の命を奪いかねない重大な副作用がある。それは患者がフェイクがん治療に走ってしまい、適切な治療を受けるのを先延ばしにしてしまったり、安全性や効果が確立されている治療を受けていても、成分のはっきりしないサプリメントなどを摂取して、治療効果に悪影響がでたりする恐れである。

またがんの診断を受けると、親戚や友人からさまざまな民間療法をすすめられる場合がある。本当にがん患者のことを思うなら、どうか遠慮してほしい。医師とともに治療に取り組んでいるときに、親しい人から民間療法をすすめられると、せっかくだから試さないと気を悪くするだろうか、関係が悪くなったらどうしようと、患者は余計な気を使ってしまう。

特に治療が困難な状況になると、なんとか治したいという一心で、こうした怪しい治療を試すかどうかで、患者と家族、患者と医療チームの関係が損なわれてしまう恐れもある。がん患者にとって、医療チーム、家族や友人のサポートは命綱だ。根拠のない奇跡のがん治療薬のために、貴重な時間や資金、そして医療、サポートチームとの関係を失うことは、患者の命とりになる。

研究段階の薬は臨床試験で

現在受けている治療で回復が見込めない患者達が、新しい治療薬、治療法を求めるのは当然のことだ。世界中の研究者らが、新たな治療法を発見すべく取り組んでおり、臨床試験で安全性と有効性を証明できたものは、新たなツールとして医療現場で使えるようになる。参加するには様々な条件があるが、臨床試験は医師、研究者の綿密な計画、厳格な管理のもとで、研究段階の薬を試す機会である。まずは主治医に相談してみてほしい。

また現在受けている治療に満足できずに、新たな治療を考える人もいるだろう。「がんを治す奇跡の特効薬」という宣伝に飛びつく前に、不満な点を率直に主治医に話してみる、あるいはセカンドオピニオン、サードオピニオンを受けてみても良いと思う。

思う通りに治療がすすまないことはあっても、少なくともちゃんとした医師は患者の病気を治したいという思いで取り組んでいる。フェイクがん治療薬を販売している人は、がん患者を利用して、自分が金儲けをしたいと考えているだけだ。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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