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トンガの大噴火 気象庁も逡巡 津波ではないのに津波警報を発表した経緯

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
1月16日気象庁報道発表資料(一部抜粋) 出典:気象庁

 1月16日未明フンガ・トンガ フンガ・ハアパイ火山(以下トンガ火山)の大規模噴火に伴い、太平洋側の各地に津波注意報や警報が出されました。

 日本のはるか南、およそ8000キロの海底で起こった影響に多くの方が戸惑いましたが、それは一般の人だけではありません。警報を発表した気象庁の内部でもまた、かつてない事態に動揺したのではないかと想像できます。

「津波警報発表」の裏側

 改めて、一連の経緯を振り返ってみましょう。

 1月15日(土)13時10分ごろ(日本時間)トンガ火山が噴火しました。この噴火に関連して、気象庁は当初「津波による被害の可能性は低い」として津波注意報などの発表は見送っていました。ところがその日の20時30分ごろになると、日本各地で津波とは思えない潮位上昇が起こり、23時55分にはついに奄美大島で1メートル20センチ、岩手県久慈港でも津波警報の基準値に近い1メートル10センチの潮位上昇を観測するにいたりました。

 これを受けて気象庁は急遽、津波注意報と津波警報を発表したわけですが、今回の海面上昇は本来の津波とは異なる現象で、これを「津波」として扱っていいのかどうか、前代未聞のことにおそらく気象庁の担当者は、逡巡してこの津波警報を発表したものと思われます。(注)

 その逡巡の様子が、1月16日午前2時発表の内容から読み取れます。

1月16日気象庁 報道発表資料 出典:気象庁
1月16日気象庁 報道発表資料 出典:気象庁

 火山噴火の概要から始まる本文は、津波警報等の発表状況を述べた後、防災上の留意事項が書かれています。

 その最後の部分に「今回の潮位変化は、地震に伴い発生する通常の津波とは異なります。防災上の観点から津波警報の仕組みを使って防災対応を呼びかけているものです。」との一文が足されています。

 これを分かりやすく翻訳すると「トンガで噴火はあったけど、太平洋の観測状況から津波が来ることは考えにくい。しかし目の前で原因不明の潮位上昇があるのだから、津波では無いけれども津波警報で警戒を呼びかける」というものでした。

「津波」とは

 では津波で無いとしたら、何が起こったのでしょう。そもそも、津波とは何なのでしょう。

 津波の「津」は船が着くところで港を意味します。日本の地名で津が付くところは大津にしても唐津にしても、たいてい港を意味しています。その港にやって来る波が津波の語源です。港は本来、波が来ないように工夫して造ったところですから、そこに波がやってくるのは昔から特別な現象だったと言えるでしょう。

 海面が上がる原因は大きく分けて三つあります。一つは風によって起こる「高波」で、この高波が遠くまで届いたのが「うねり」です。二つ目が台風などの気圧低下によって海面が吸い上げられる「高潮」です。高潮は海面全体が盛り上がる状態で、しかも高波と一緒にやってくることが多いですから、大きな被害をもたらします。そして三つめが地震などによる「津波」です。

 津波が他の波と違うのは、海底陥没(隆起)などによって海全体が変化するので、すさまじいエネルギーをもっていることです。高波は波長も短く海の表面だけの変化ですが、津波は波長が長く、海全体の変動です。沖で波が穏やかに見えても陸地に近づくと破壊的な勢いで陸地の内部にまで押し寄せることもあります。

今回の「津波」は何が違うのか

1月15日における東京アメダスデータ 一部抜粋 出典:気象庁
1月15日における東京アメダスデータ 一部抜粋 出典:気象庁

 そこで今回やってきた「津波」ですが、まだ気象庁から正式な発表はないものの、東北大学今村教授らによると、潮位上昇の主たる原因が空振(くうしん)と呼ばれる、大気の変動だったようなのです。これだと本来の津波(海底起因)と性質が違っていて、移動速度が速く、また潮位変化も津波とは異なります。

 トンガで噴火が起きたのは13時10分、その7時間20分後の20時30分に東京の気圧が2hPa上昇(上図参照)し、各地で気圧の変化が観測されました。そしてちょうどその頃、あちこちで津波にしては早すぎる潮位変化が観測され始めていました。

 トンガから日本までの距離8000キロ、それを7時間20分で割ると、時速およそ1100キロの速さでトンガの異変が日本に到達したことになります。通常の津波だと時速700~800キロ(水深4000メートルの場合)くらいですから、津波ではあり得ないようなスピードで日本にやってきたことになります。しかもこの潮位異常は、太平洋の島々の観測所では10~30センチくらいの小さな変化しかもたらしていません。本来の津波なら、日本に接近するほど勢いが弱くなり潮位も低くなるのですが、今回は日本近海で潮位が高くなりました。

 こうして、本来の津波の知見とは異なる現象に、気象庁はとまどいながらも、防災を優先し「津波」として警戒を呼び掛けたというのが事実に近いでしょう。

「津波」が津波ではないもう一つの理由

 さらにもうひとつ、今回の潮位変動で不思議な事がありました。NOAA(アメリカ海洋大気庁)によると、カリブ海でも数十センチの潮位異常が観測されたのです。トンガ噴火で発生した潮位異常がもし津波なら、カリブ海と太平洋は陸地でへだてられていますから、その陸地を越えて津波が届くはずはありません。

 ただこれが空振(空気の振動)だとすると、陸地を越えてその振動はカリブ海に伝わり、そこから潮位が上がっていく事は十分に考えられます。また、いったん圧力による潮位変動が作られると、その圧力の変化の伝播と波の位相が作用しあい、長い距離を伝わっていくうちに潮位が増幅されていくことは物理的に知られています(プラウドマン共鳴)。

 ということから今回の一連の潮位変動は、噴火による大気の衝撃のようなものが原因の一つだったことは間違いないと思われ、少なくともこの100年では、過去に事例の無い出来事だったと言えるでしょう。

(注)1883年、インドネシアのクラカタウ火山噴火時に今回と同様な事が起きたと推測する向きもあるが、近代的な観測データは無い。

参考

気象庁報道発表 令和4年1月16日報道発表資料「令和4年1月15日13時頃のトンガ諸島付近のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火に伴う潮位変化について」

同上 第2報

日本気象学会機関紙「天気」2014年61巻 

1月16日付 読売新聞

日本経済新聞https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00000720W2A110C2000000/

NOAAアメリカ海洋大気庁

東京大学地震研究所 研究速報

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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