Yahoo!ニュース

「アメリカ通信社の中国人現地スタッフ」から「習近平主席お気に入りの外相」への“急階段”

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
旧正月のあいさつを述べる秦剛外相(中国外務省のホームページより)

 中国の新しい外相に昨年12月末、秦剛(Qin Gang)氏が就任し、3月の全国人民代表大会(全人代)で、さらに国務委員(副首相級)に昇格すると報じられている。習近平(Xi Jinping)国家主席の信頼が厚く、その強力な引きによって異例のスピード出世を遂げている。

◇国家主席のイメージ保持に注力

 秦剛氏は1966年3月生まれで、中国の国際関係学院を卒業している。中国共産党系の新聞などによると、秦剛氏は1988~92年、北京外交人員服務局に勤め、この期間中、米UPI通信社で「中国人現地スタッフ」として働いている。

 一般に、外国メディアにおける現地スタッフは、外国人記者の業務を補助する役割だ。取材前の事前調査を担ったり、取材に同行したりする。現地スタッフの中には、職場内の動きを中国当局に定期的に通報する者もいるようだ。

 民主化運動を武力で鎮圧した1989年6月の天安門事件を、秦剛氏は「外国メディアのスタッフ」として経験していたことになる。

 1992年に外務省入り。欧州関係の仕事が長く、英国大使館勤務を3度経験した。

 2005~10年には報道副局長、11~14年には報道局長を務め、定例記者会見でのスポークスパーソンを務めていた。筆者を含め、北京駐在経験のある記者の多くが、秦剛氏の発言をもとに記事を書いてきた。記者会見場では、質問者を上から目線で見るような態度を示しつつも、率直さを感じさせ、時にはユーモアを交えることもあった。

 習近平政権になり、2014年から約4年間、首脳の外遊や外国要人の受け入れを担う礼賓(儀典)局長を務める。このころには、習近平氏の外遊を報じる中国中央テレビ(CCTV)のニュース映像に頻繁に映り込むようになった。当時の秦剛氏について、オバマ米政権で国家安全保障会議(NSC)中国部長を務めたブルッキングス研究所のライアン・ハス上級研究員は、米紙ニューヨーク・タイムズの取材に「秦剛氏は指導者がどのように描かれるか、指導者が公の場に出ることでどのようなイメージを持たれるかに非常に気を使っていた。特に習近平氏がホワイトハウスを訪問した時はそうだった」と振り返っている。

 こうして習近平氏の信頼を得て、2018~21年には外務次官、2021~22年には駐米大使、昨年10月の中国共産党大会で中央委員に昇格し、年末には外相に抜擢された。

 さらに前任の王毅(Wang Yi)氏(現在は外交担当トップの党中央外事工作委員会弁公室主任)が、外相就任から5年もかかって兼務することになった国務委員の地位も、わずか数カ月で就任することになる。

 出世の道を高速で駆け上がった、という印象がある。

◇模範解答

 米中対立が激しさを増すなか、習近平氏が米国に送り込んだのが、欧米の中国批判に強く反論してきたこの秦剛氏だった。この時の駐米大使就任は「中国が米国との緊張拡大に備えている」(米紙ニューヨーク・タイムズ)とも受け止められていた。

 米国における秦剛氏の隙のない受け答えが、中国外務省の公式サイトに残されている。大使時代の昨年8月16日、米国の主要メディアの共同インタビューに向き合った際の発言録だ。

――米国で広がる中国脅威論について。

「私の国は米国にとって、挑戦あるいは脅威であると大きく誤解されている。(両国関係は)今や共通の利益・責任によってではなく、恐怖によって動かされている」

「中国の発展の意図は、ただ人民の生活を向上させることにある。米国に取って代わるつもりも、米国を破壊するつもりもない」

「人々が『脅威恐怖症』から脱却し、米国のすべての問題を中国の責任にしないよう望む。中国と米国は異なる。中国が米国を変えることはできない。米国は中国を変えることはできない」

――中国がスパイ行為を仕掛けているという疑惑について。

「これは中国に対する恐怖心の典型的な表現だ。50の州で中国がスパイ活動をしているということをあなたは信じるか? 何か証拠や根拠があるのか? 普通の交流、やりとりをスパイ行為と勘違いしてはいけない」

――香港での民主派排除の動きについて。

「香港での騒動は『一国二制度』の問題が原因ではない。一部の反中国勢力が『人権』『民主化』を口実に『一国二制度』の概念を操作し、香港の安定と繁栄を損ねたことだ」

「香港の激動は、暴力と反暴力の戦いであり、法違反と法執行の戦いだった」

――中国における「ゼロ・コロナ」政策について。

「(米国は)感染者数、死者数ともに世界一だ。中国の規模と人口を考えると、われわれの取り組みは成功し、素晴らしいものだった。感染者数、死者数は相当に少なく、中国経済は非常に力強い回復を遂げている。これは、中国が人民を統治の中心に据え、中国共産党がその使命を遂行し、新型コロナに立ち向かう努力の中で、人民に誠心誠意、奉仕しているからだ」

――米中関係について。

「なぜ今、われわれの関係が悪化しているのか。どうすればこの困難な状況から抜け出せるのか、知恵を借りたい」

「私が中国政府に報告できるよう、私に提案し、手助けしてくれることが必要だ」

 共同インタビューでは、中国外交官の模範解答のような表現が並べられた。

 中国は昨年の共産党大会を経て、習近平氏に権力が集中する個人独裁体制が敷かれ、かつてない強権的・挑戦的な国家になったといえる。秦剛氏のこうした発言も、習近平氏の意向をくみ取って、作りこまれた宣伝扇動の一環であるのは間違いない。

 外相発言を含め、中国当局から発信されるあらゆるものが、外交的成果よりも、習近平氏や中国共産党への揺るぎない忠誠心を最優先に練られたものである、という点を忘れてはならないだろう。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事