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NHKはこうやって歴史を歪曲する

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(713)

長月某日

 先端半導体の国産化を目指す共同出資会社「ラピダス」が、9月1日に北海道千歳市で新工場の起工式を行った。

 トヨタ自動車やNTTなど大手企業8社が出資し、国も補助する国策プロジェクトで、世界でまだ量産の成功例がない回路幅2ナノ(10億分の1)メートルという高性能半導体を4年後から量産する計画である。

 起工式には西村経産相や鈴木北海道知事など関係者が出席し、ラピダスの小池社長は「世界中から優秀な人材を集めて事業を成長させたい」と述べた。官民が一体となって先端半導体事業の国産化に取り組むのは、日本が半導体事業で世界から出遅れているためである。

 かつての日本は半導体生産で世界シェア70%を誇っていた。それが見る影もなくなり、今では台湾のTSMC、韓国のサムソン電子、米国のインテルが世界の半導体産業を先行している。なぜそうなったのか。日本経済を脅威と見た米国が日本の半導体産業を潰したからである。

 ところがこの日のNHKニュースは、まったくそのことに触れず、「かつて日本の半導体産業は高い競争力を誇っていましたが、その後、力をつけた韓国や台湾など海外メーカーとの競争に敗れて最先端の開発から撤退する中で、生産技術や必要な人材が不足しています」とナレーションした。

 このナレーションでは、韓国や台湾が自力で競争力を高め、一方の日本は競争に敗れて自ら撤退したかのような印象を与える。しかし現実は、米国が世界一だった日本の半導体産業を潰し、次に躍進する中国経済に恐怖して、台湾、韓国、日本と組んで中国を半導体産業の供給網から締め出そうとしているのである。

 フーテンはNHKニュースを見ながら、このようにして歴史は歪曲されていくのだなと思った。NHKニュースはこの問題で米国の存在に全く言及しない。米国に言及すれば国民に嫌米や反米思想を抱かせる恐れがある。国民を親米にさせることが憲法9条を持つ戦後日本の国策で、メディアは権力に忖度しそのように報道する。中でもNHKは最も忠実だ。

 こうして日本国民は問題の本質から目をそらされ、戦後一貫して歪曲された歴史観を植え付けられてきた。日本を対米従属国家にするために作られた憲法9条2項、すなわち軍隊を持たないことを「世界平和への道」と思い込まされていることなどその典型である。

 ラピダスが「先端半導体の国産化を目指す」と言うと、日本の国益に資する事業のように思えて信じたくなるが、問題の本質を知れば本当にそうなるかどうかはよくよく考えてみなければならない。

 日本経済が米国を追い抜こうとしていた80年代、フーテンは現役記者として日本政治の現場を取材した。フーテンが知っているのは、日本の半導体産業が衰退する出発点は1986年に結ばれた「日米半導体協定」である。

 前年の85年、日本は世界一の債権国となり、米国が世界一の債務国に転落した。そしてミサイルなどの兵器製造に欠かせない半導体の売り上げは、1位から3位までをNEC、東芝、日立の日本メーカーが独占した。米国半導体工業会は「日本のメーカーはダンピングしている」と米通商代表部(USTR)に訴えた。

 こうして1986年に①米国の半導体メーカーに日本市場を開放すること、②日本メーカーは米国が決めた価格より安く売らないこと、という「日米半導体協定」が締結された。ところがそれでも日本の優位は揺るがない。

 米国は通商法301条を振りかざして不公正貿易には制裁を課すと脅しをかけ、92年に「第二次半導体協定」を発効させる。その中に米国製半導体の日本市場でのシェアを20%にするという目標が盛り込まれた。まるで自由貿易に逆行する管理貿易である。

 これで日本の半導体メーカーは失速した。と言うか日本政府が米国に屈した。そのせいで韓国のサムソン電子が世界シェア1位となり、翌93年には米国が念願のシェア1位となる。

 日本の半導体メーカーから優秀な技術者が海外に流出し、日本の半導体は世界から10年遅れと言われるようになった。今さら日本の企業や技術者で最先端半導体を作ることなど無理なのである。

 台湾のTSMCは「日米半導体協定」が結ばれた翌87年に創業した。米国が半導体の「設計」と「製造」を分離し、自らは「設計」に特化して「製造」をTSMCに委ねたため、TSMCはみるみる製造技術に磨きをかけ、世界シェアの56%を超え、時価総額は日本のトヨタ自動車の倍以上となる62兆円の巨大企業に成長した。

 TSMCは台湾だけでなく米国にも中国にも製造拠点を持つ。そのTSMCの大口顧客である中国の通信機器最大手ファーウエイが、5Gの通信機器を売り出すようになって米国は衝撃を受けた。その技術が軍事に使われれば、米国が支配してきた世界の安全保障体制は崩壊する。

 2018年、カナダ政府は米国からの要請で、イランへの経済制裁に違反した疑いでファーウエイの副会長を逮捕した。続いてトランプ大統領はファーウエイ製品の導入を決めていた欧州各国にファーウエイ製品の輸入禁止を働きかけた。

 こうして米中対立は決定的となり、それがバイデン政権になると、「台湾有事」が声高に叫ばれるようになる。習近平国家主席は必ず台湾に軍事侵攻すると米国の軍人や専門家が次々に声を上げ始めたのだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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