「虎の男前」藤井彰人コーチ、古巣に里帰り―“藤井チルドレン”と久々の再会
■福井ミラクルエレファンツでのコーチ修行
「懐かしかったなぁ…」。1年ぶりに“古巣”に里帰りした阪神タイガースの藤井彰人ファームバッテリーコーチは、つぶらな瞳を細めた。“古巣”とは、ルートインBCリーグの福井ミラクルエレファンツだ。
藤井コーチは大阪近鉄バファローズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、阪神タイガースで17年にわたりキャッチャーとして活躍した。特にタイガースでは、現役時代の金本知憲監督がプロデュースした“男前”の愛称でファンの人気を集めた。
そして現役を引退した翌年の2016年、タイガースに籍を置きながら出向という形で、福井ミラクルエレファンツにコーチとして派遣された。
タイガースとエレファンツはしばしば交流試合を行う。今年も7月25日、対戦のために福井の地を訪れた藤井コーチは在籍時の教え子たちと旧交を温め、その成長ぶりに相好を崩した。
現役引退後のセカンドキャリアとして、その競技の指導者になることを希望するアスリートは多い。藤井コーチも「いずれは指導者になりたいっていうのは考えていた。これまで教わってきた色々なことを伝えていきたいなと思っていたから」との願望を抱いていた。
引退にあたり、タイガースから福井行きの打診があった。「修行というか勉強してこい、と。嬉しかったっていうのが正直な気持ち。その場では『考えさせてください』と持ち帰ったけど、心は決まっていた。家族もすぐに『行ってきー』と賛成してくれたしね」。
藤井コーチにとっては願ってもない話だった。「だって指導者としてはド素人やし、日本の最高峰のところで教えるのもいいけど、まずは指導者としての勉強をさせてくれる。ありがたかった」。単身赴任となるが、即決した。
■一番学んだのは「言い方、伝え方」
指導する中で大切にしたことがある。「まず、一方通行にならんようにしようと考えたね。選手がどういうことを考えてやってるのか、その子の考えをしっかり聞くようにした。プロ(NPB)に行きたいのかどうか、行くには何が足りないのか。そういう話をするようにした」。そう振り返る。
「やっぱり今は時代が違うからね。日本のプロ野球も変わってきている。話をしながら、決して押しつけじゃなく、ね」。
話したり指導したりしたことがちゃんとできているかどうかは、練習をじっくり見てチェックする。「練習の動きを見て、ちゃんとわかってないなと感じたら、『あぁ、こっちの言い方が悪かったんやな』と思って言い方を変えて、すぐに正してあげるようにした」とあの手この手で話し方、伝え方を考えたという。できないことを選手のせいにはせず、自身の言い方を省みる。
「実質7ヶ月やったけど、一番学んだのが『言い方、伝え方』やね」と言いきる。それくらい、言葉の大切さを感じたという。相手が理解してはじめて「伝えた」といえるのだと実感した。
現役時代から後輩の面倒見がよく、気づいたことはさりげなく助言していたが、「全然ちゃうよ。そら指導者になったら、伝えるレベルが違うよ」と、指導者としての伝え方に苦心し、工夫もしている。
プレーのミスは決して叱らないようにしようと決めていた。ただ選手に言ったのは、「ルールだけは守ろう、と。サインなどの決めごとはちゃんとやらないと、ベンチワークもあるからね。あとは当たり前のことやけど、寝坊をしないとか時間を守るってことやね」と、ゲームの中と生活面でのルール順守だけは厳しく求めたという。
■今でも気にかかるエレファンツのこと、“藤井チルドレン”のこと
1年ぶりにエレファンツと再会した藤井コーチは、「かなり入れ替わって、一緒にやってた選手は減ったなぁ。今年は雅彦(=田中雅彦監督)のもとでチーム自体、強くなっている(前期優勝)。だから雰囲気もすごくいいなと感じたよ」。チーム状態は今でも気にかかるようだ。
BCリーグは今年から「26歳以下(注:オーバーエージ枠あり)」という規定が導入されたこともあり、エレファンツも約半数が昨年と入れ替わった。さらに2年前からいたメンバーとなると9人だけだ。
「小野瀬は痩せたなぁ(笑)。筋トレしてるって言うてたよ。イムはもともとストライク入るコントロールはある。藤原は横手投げしてるんやなぁ。濱田も頑張ってる。木下は肩を痛めていたのが、手術して復活していた。西も木内も練習生で子ども扱いしてたのに、主力でやってるんやもんなぁ。大人になったなぁ(笑)」。選手たちの成長ぶりに驚き、当時を懐かしむ。
「荒道は超天然でねぇ。あの天然キャラがいいんちゃうかな」と笑ったあと、「力的には一番あると思っていた。(NPBに指名される)可能性が一番あると思ってたよ」と頷いた。
さらに「ビックリしたわ」と評したのがキャッチャーの片山選手のこと。「2年前は外野からキャッチャーになりたてで、探り探りやった。それがスローイングもよくなってたし、江越(大賀)の盗塁を刺したのはビックリした。(読売ジャイアンツ戦でも)重信(慎之介)を4つ刺したって言うてたわ。しゃべってる感じもしっかりしてきたのかなぁ」と右肩上がりの成長曲線を描く愛弟子の姿に、感慨もひとしおだったようだ。
昨年に続く今年の福井遠征も「すごく楽しみにしていた」と言い、「住んでた家の近くまで走りにいったら、近所のマッサージ屋がつぶれとったわ」と複雑な表情をする。「選手の昼メシを見て、『たいへんやな』と思ったりね。ボクもお惣菜を買ったりしてたの、思い出したなぁ」。
さまざまな思い出がよみがえってきたようで、それらをじっくりと噛みしめていた。
■“藤井チルドレン”から見た藤井コーチ
ではそんな藤井コーチを、“藤井チルドレン”はどのように思っているのだろうか。
《投手》
【イム・テフン】
「考えすぎて厳しいコースを狙いすぎてボールになる。ストライクゾーンで勝負して、カウントを有利にして決め球を投げろって教わりました。完璧を求めすぎるとも言われました。
ブルペンでたくさん受けてもらいましたが、すごく投げやすかった。優しいし、楽しいコーチ。ちょっとは成長を見せられたかな」
【濱田 俊之】
「とにかくめちゃくちゃいい人!配球のこと、キャッチャー目線でのバッターの見方、タイミングのはずし方…心理面も含めて色々教わりました。信濃時代はまったく勝てなかったけど、福井では藤井さんの教えもあって勝てるようになりました。
『またデカくなったんちゃうか(笑)』と言われましたが、去年からウェイトをやり始めてスピードも4キロ上がりました。見てもらいたかったです」
(注:2016年、11勝6敗はリーグ2位、チーム1位の勝ち数。今年の交流試合では登板機会なし)
【藤原 静也】
「2年前は練習生だったんですけど、めちゃくちゃ受けていただきました。すごく投げやすくて、どこに放っても受けてくれる。プロは違うなぁと思いました。
よく声をかけてもらって可愛がってもらいました。『練習生やけど、がんばれ』って。
今年のタイガース戦では、あのときより成長したところを見てもらえたかな。ただ100%の力を出せたかといえば…。いいときの状態ほどはうまく体のタイミングがマッチしなかったので。結果も大事だけど、投げたいボールが投げられなくて納得はいかなかったです」
(ちなみに入団前、配送会社に勤務しており、当時は藤井コーチの自宅のある地域を担当していた)
《野手》
【小野瀬 将紀】(今年はコーチ兼任)
「話がおもしろい。野球をからめながら人生を語ってくれるんです。
野球を辞めたとしても、どこで何をしていても勝負して生きていかないと、人生つまんなくなるって教わりました。今は野球で勝負してるけど、釣りであろうが趣味でも仕事でも勝負師であれ、って。
野球では発想の転換を教わりましたね。ボールの狙い方とか、キャッチャー目線の話ですね。
とにかく引き出しが多いんです。すべてにおいて。話をしていても尽きない。時間があっという間です(笑)」
【木下 裕揮】(キャプテン)
「すごくやりやすくしてくれていましたね。バッティングのこととか、聞いたらなんでも教えてくれました。自分では気づかなかった欠点を指摘してもらって、そこは今も意識してやってます。
去年の交流試合のときは肩がまだ完治してなくて投げられなくて、今年は普通に投げられるところを見てもらえました。『ケガ、治ったんや〜』って言ってもらって嬉しかったです」
【西 和哉】
「めちゃくちゃおもしろい方です。とりあえずおもしろい。さすが関西の人だなぁ、ノリのよさがすごいなって思いました(笑)。
タイガース戦のときも覚えててもらえてたんで嬉しかったです。『調子いいやん』って言ってもらえて、今も見てくれてるんだ…って、ビックリしました」
【木内 陸】
「ノックからバッティングピッチャー、全部やってもらいました。当時は試合に出られる選手じゃなかったけど、色々話してもらいました。すごく聞きやすかったです。
高卒で入ったんで金属バットから木のバットに替わって、今までの打ち方じゃ飛ばないからと、木の打ち方を教わりました。ほんと人柄だと思います、すごく聞きやすくて気さくなのは」
【荒道 好貴】
「最初来られたときはすごい人だから近寄りがたいと思っていたら、全然そんなことなくてフレンドリーでした。その後、いじってもらって(笑)、仲よくしてもらいました。
チームにすごく溶け込んでたし、ハイタッチもボール拾いもすべて全力でやってくれて、野球も含めて人間性が素晴らしい人です。みんなに好かれますね。
タイガース戦、目の前で1本打てた(初回 二塁打)のが嬉しかったです」
【片山 雄哉】
「ボクの中では偉大な存在です。最初に言われたのは『オマエたちにオレの引き出し全部、教えてやる』でした。あらゆることを色んな角度で教えてくれました。1シーズンだけでしたけど、たくさん教えてもらいました。
その中で、今も大事にしていることがひとつあるんです。キャッチャーとしての技術的な考え方で、状況、ピッチャー、打者のどれを優先順位の一番にもってくるかってことです。試合展開によって違うわけで、これは今も常に頭に置いてやっています。
タイガース戦では江越選手を刺せた。成長した姿を見せられたんじゃないですか。打席では(公式)記録に残らないからホームランを狙ってました(笑)。
でも何よりも見てほしかったのはキャッチャーとしての一面。六回まででしたけど、リードして自分の仕事を終えられた。配球面を含め、最低限やれたかなと思います」
■今は若虎育成に心血を注ぐ
かつての愛弟子たちの成長を喜びながら、今は自身の持ち場である若虎たちの指導に汗を流す。早朝からグラウンドに出て動き回り、試合後は捕手陣とじっくりミーティング。その後も居残り練習に付き合い、外野で打球捕に走る。そして終われば、ケージの片づけも率先して行う。
「今は各選手が1軍にいけるように、だけやね。鳴尾浜(ファーム)で力をつけてくれるのもいいけど、職場は甲子園やからね。1軍で出ないことには給料も上がらない。友だちを作りにきてるわけじゃないし、1軍で活躍するためにはどうしたらいいのか、何が足りないのかというのを考えてやらないと」。
ひとりでも多くの若虎を1軍へ―。男前コーチは今日もタテジマの愛弟子たちを鍛え上げる。
(表記のない写真の撮影は筆者)
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