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ロシアのウクライナ侵攻への関心が助長する国際情勢への無知:イスラーム国とイスラエルがシリアを攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2022年3月7日

ウクライナに対するロシアの侵攻(ロシアが言うところの特別軍事作戦)のニュースが欧米諸国や日本のメディアを席巻し、多くの人々がロシアへの怒りを露わにし、ウクライナに同情し、即時停戦を願っている。

しかし、ウクライナ情勢についての情報が氾濫し、ウクライナ情勢にだけ関心を注ぐことで、国際情勢に対する無知はむしろ助長され、ウクライナ以外で続いている不義はますます黙殺されているようである。

イスラーム国がシリア軍兵士30人以上を殺傷

「今世紀最悪の人道危機」に苛まれていると言われて久しいシリアでは、国際テロ組織のイスラーム国が3月6日、シリア軍兵士30人以上を殺傷するという事件が発生した。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)や英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、事件が発生したのはシリア中部ヒムス県のタドムル市近郊の第3石油輸送ステーション(T3)東の街道。

タドムル市は、UNESCO世界文化遺産のパルミラ遺跡群を擁する場所として知られている。

写真:ロイター/アフロ

ここで、6日午後1時30分頃、イスラーム国のスリーパーセルがシリア軍の寝台バスを襲撃し、乗っていた兵士13人を殺害、18人を負傷させたのだ。

Aramme.com、2022年3月6日
Aramme.com、2022年3月6日

シリア軍の寝台バスを狙ったテロは、2月14日にヒムス県のヒムス市とマヒーン町を結ぶ街道で、2月15日に首都ダマスカスで発生、兵士2人が死亡している。

関連記事(シリア・アラブの春顛末記

「ヒムス市とマヒーン町を結ぶ街道で、シリア軍兵士を載せた寝台バスの通過に合わせて爆弾が爆発し、兵士1人が死亡、複数が負傷(2022年2月14日)」

「首都ダマスカスで軍の寝台バスに仕掛けられていた爆弾が爆発し、兵士1人死亡、11人負傷(2022年2月15日)」

2010年代半ばには、シリアとイラクで勢力を拡大し、「国際社会最大の脅威」と目されたイスラーム国は、日本人2人が拘束・殺害された事件が発生した2015年初めには日本でも大きな注目を浴びた。だが、その後のイスラーム国に対する関心の低さは、その脅威がシリアに対する米主導の有志連合による国際法を無視した軍事介入や、ロシアとイランによるシリアでの強引ともとれる勢力拡大を踏まえると、ロシアへの怒りとウクライナへの同情などといったもので到底正当化されるものではない。

イスラエル軍が再びシリアをミサイル攻撃

それだけではない。3月7日には、イスラエルが再び国際法に違反する軍事攻撃を行っている。

SANAは、シリア軍筋の話として、イスラエル軍戦闘機が7日午前5時頃、レバノンの首都ベイルート南方の領空を侵犯し、シリアの首都ダマスカス一帯の複数カ所に向けてミサイルを発射、シリア軍防空部隊がそのほとんどを撃破したが、民間人2人が死亡、若干の物的被害が出たと伝えた。

SANA、2022年3月7日
SANA、2022年3月7日

SANA、2022年3月7日
SANA、2022年3月7日

SANAによると、犠牲者が出たのは、ダマスカス郊外県ダーヒヤト・ハラスター町。

ムハンマド・イスマーイール町長はSANAの記者の取材に対して、イスラエル軍戦闘機が発射したミサイルのうち1発により大理石工場1棟が全壊、また工業地区にある別の大理石工場10棟も甚大な被害を受けたほか、住民の車多数、公共施設、インフラ、電力会社ビルなどの建物複数棟が被害を受けたと述べた。

また、攻撃によって破壊された工場の一つを経営するハーリド・シャフルール氏は「イスラエル軍が民間の工業地区を狙い、生産地域を破壊し、そこで働く労働者の生活の糧を奪おうとした」としたうえで、「シリアの指導者、国民、軍と共に労働、生産、シリア経済の復興を続けることを躊躇しない」と強調した。

しかし、この攻撃に関して、シリア人権監視団は、ダマスカス国際空港近くの武器弾薬庫が狙われ、2人が死亡、6人が負傷したと発表した。同監視団によると、死亡した2人のうち1人はダルアー県出身で親イランの地元民兵のメンバー1人、もう1人はシリア人か否かなども含めて身元の詳細は不明で、負傷した6人は「イランの民兵」のメンバーだという。

また、イランのセパーフ・ニュースは3月8日、イラン・イスラーム革命防衛隊のゴドス軍団の士官2人(エフサーン・カルバラーイー大佐、モルタザー・サイード・ネジャード大佐)がダマスカス国際空港近くの拠点で死亡したと発表した。

標的や犠牲者に関する情報の食い違いを検証する術はない。だが、イスラエル軍による越境攻撃は、それがウクライナで行われれば、その標的、犠牲者のいかんにかかわらず、卑劣な無差別攻撃だとの非難に直面していただろう。

イスラエル軍によるシリアへの侵犯行為は2022年に入って9回目だが、欧米諸国、日本の政府やメディアがウクライナに対するロシア軍の進攻のようにヒステリックに取り上げることはない。

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「イスラエル軍がシリアをミサイル攻撃し民家などに被害、ロシア軍は電子戦システムを作動させ攻撃を妨害」

「イスラエルがシリアの首都近郊を越境攻撃する一方、トルコは北東部のロシア軍基地近くをドローンで爆撃」

「世界の耳目がウクライナ情勢に集まるなか、イスラエル、ヒズブッラー、ロシア、トルコがシリアで軍事攻勢」

なお、この攻撃に関して、シリアの外務在外居住者省は声明を出し、イスラーム国とイスラエルが「緊密且つ直接に連携している」との嫌疑を向けた。

備忘のため、声明全文を以下に掲載する。

イスラエルが今日、2022年3月7日の早朝にダマスカス郊外県の住宅地複数カ所に対して新たな攻撃を行ったことは偶然ではない。2022年3月6日、すなわちこの攻撃の数時間前、イスラーム国は、帰路についていたシリア・アラブ軍の英雄たちを殺害するという犯罪を行った。テロリスト・イスラーム国とイスラエルの今回の攻撃は、この二つの犯罪者の間に緊密且つ調節の連携が行われている真実を示している。

シリア・アラブ共和国はシリアに対して執拗に繰り返される攻撃がもたらす影響、人命やインフラに対する甚大な損失、さらには子供や女性といった民間人に与える恐怖について警告してきた。

シオニスト政体(イスラエルのこと)とダーイシュ(イスラーム国のこと)は国際社会で起きている出来事に乗じて、自らの残忍な攻撃を隠蔽している。だが、それによって虚偽が真実になることはなく、イスラエルとイスラーム国が、国際社会において白日のもとに晒されている両者共通の目標を実現するために行っていることをこの世界が誤認することもない。

国際司法、国際の平和と安定をめぐる問題に対処する国連の役割を信じて、シリア・アラブ共和国は国連、とりわけ安全保障理事会が責任を果たし、この深刻な危機に二重基準で対処し、国際法と国連憲章を無視して、こうした攻撃を支持し、犯罪者を養護する一部当事国に奉仕することがないよう要請する。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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