ウイズコロナを逆手に取った街づくりをしよう―公民連携による”快適インフラ”づくりを
コロナを機にリモートワークが広がる。一部には「都心は衰退、郊外の時代になる」「東京一極集中が終わる」という議論もある。在宅診療や大学の授業なども実現しつつある。時計の針が10年前倒しになった感がある。おりしもDXデジタル・トランスフォーメーションの時代だ。ミレニアル世代を中心にウィズ・コロナの新しいサービス、ビジネス、そして制度が生まれ、定着するだろう。今回はそうした流れが地域をどう変えるか、自治体と企業は変化にどう対応すべきか考えたい。
1.”ジモト経済”の出現
在宅勤務が伸びている。リモートを前提とした雇用も増えている。クラウドワークスやランサーズなど地方に住む人と大都市の企業を結びつける(マッチング)ビジネスも需要が伸びる。リモートの良さは通勤の解消だけではない。細切れ時間を使ったり育児や介護の合間に仕事ができる。また毛色の違った仕事を同時期に経験できる。リモートワークは地方(都会から離れた地域だけでなく都市の周辺の郊外地域を含む)にとって活性化を図るチャンスだ。
〇ジモト経済が立ち上がる
かつて各地に鉱山・炭鉱があった頃、山の中に門前町ができた。それと同じ伝で、在宅勤務者が集まる街はリモートワーカーの門前町として繁栄するだろう。なぜなら一日中家で仕事をすると疲れる。必ず家から出て近所を散歩する、あるいは気分転換で買い物やジョギングに出かける。外食や人との出会いを求め、喫茶店、居酒屋にも出かける。家が狭い、子供がうるさいなどで自宅で仕事がしにくい人は図書館や駅前のシェアオフィスに出てくる。在宅ワーカーの周りの新しい需要を私は”ジモト経済”と呼ぶ。これらの需要は今まで勤務先の都心で発生していた。それが1~2割にしろ地元に移る。地域の商店街、ショッピングモールがこれをどううまく取り込むかが課題だ。外出しても楽しくないならAmazonなどのサイバー経済にとられる。あるいはもっと楽しい地域に転出してしまう。だから、地域としてはコロナを機に戻ってきた在宅ワーカーをどうやって引き留めるか、そのための居心地のいい街づくりが必要になる。
2、“居心地インフラ”が重要
リモートワーカーが暮らしやすいまちづくりとは何か。まずはフリーWIFIだろうか?いや、むしろきれいな空気と緑が必須だ。第2には美しい街並みやアート、文化の香り。第3にカフェや図書館などやすらぎのサードプレイス。第4においしいレストラン。第5に知らない人と出会える場所づくり。私はこれらを“居心地インフラ”とよんでいるが、これは創造都市論に基づく。米国の経済学者リチャード・フロリダは、これから街が発展する条件として創造的人材(クリエーティブ人材)が集まる環境づくりをあげた。これからの時代、地域における付加価値創出の要は人材、特に研究者、発明家、デザイナー、アーティストなど才能を持った個人をどれだけ集められるかにかかってくる。都市政策でも、彼らが好んで居つく環境づくりが大切だ。こうした環境を整えた都市を創造都市(Creative City)と呼ぶのだが、その本質が“居心地インフラ”なのだ。
〇泉北ニュータウンの可能性
先進例として注目したいのが大阪の泉北ニュータウン(堺市南区及び和泉市)である。泉北ニュータウンは開発面積が1557haもある広大な地域で団子を3つ串に刺した形状をしている。串は鉄道、団子部分がニュータウンで、戸建てやUR賃貸住宅などが並ぶ。団子の間の隙間部分は昔ながらの農村地帯で旧村とよばれる。行ってみると大阪の一部とはとても信じられない濃い緑のじゅうたんが広がっている。古民家があちこちに残り、馬を飼う人もいる。奥には牧場(酪農団地)まである。団地で仕事をするリモートワーカーたちは仕事に疲れるとぶらぶら散歩しながら旧村に遊びに来る。緑溢れる田園地帯の中にはカフェや美味しいレストランが点在する。中には旧村の田畑を借りて野菜作りに精を出す団地民もいる。採れたばかりの新鮮野菜が団地の近隣センターのNPOショップに並ぶ。野菜を介して旧村の地元民と団地の若い世代の交流も進む。
泉北ニュータウンではほかにも府公社住宅を賃借人が自由に模様替え(DIY)できるエリアがあったり、PPP(公民連携)による公園再生、さらに近畿大学医学部病院の転入など様々な動きがある。北摂にある千里ニュータウンに比べると泉北ニュータウンは大阪中心部や新大
阪駅からは遠い。だがコロナを機にこうした豊かな“居心地インフラ”に注目する人が増えている。リモートワークが本格化すると大阪都心に毎日通う必要がなくなる。しかもラッシュ時に行く必要がなくなるので座って行かれる。そうしたライフスタイルを前提にすると、スローライフを楽しめる街としての泉北ニュータウンのポテンシャルはますます高く評価されるだろう。
3.オンとオフの潮目となる拠点を作る
コロナを機に大きくなるのは“ジモト経済”だけではない。コンタクトレスの追い風のもと、もともと進行中だった“サイバー経済”によるリアル経済の浸蝕も進む。そしてなかにはオンからオフへの展開、つまりオンラインの中で始まったものがリアルの世界に出てくるものもある。例えば米国の百貨店Nordstromでは顧客が店舗で試着したい服をアプリから予約できる。顧客はオンラインショップで気になる商品を見つけたら予約して店舗に足を運ぶ。そして専用のフィッティングルームで試せる。このようなオンのニーズをリアルの世界に切り出す施設も今後は増えるだろう。誘致すると雇用が生まれる。こうした店舗業態も“居心地インフラ”になる。
〇医療・教育のオンライン化を機に拠点再編が起きる
オンライン化も地域経営や街づくりに影響を与える。マイナス面で言えば大学は今までのような広いキャンパスを必要としなくなる。仮に半分の授業がオンライン化されると、理屈の上では教室も半減、教員も削減可能となる。ジモト経済にとってはマイナスだろう。さらに周辺の下宿や店舗など学生相手のビジネスが縮小する。片ややり方次第ではプラスになる。もしかすると世界中から学生を集めることができる。アーカイブ映像を使った授業なら人件費などが大幅に削減できる(もっとも大学は単に授業を受けるだけの場所ではない。友人を見つけたり、サークル活動をやったり、リアルの出会いの場がないと意味をなさない要素もある)。
あるいは医療も集約が起きる。専門医は中心部の大病院にいて、僻地には遠隔医療で対応するという動きも出るだろう。地方都市の中途半端な単科中心の病院が淘汰され、経営が難しくなる可能性がある。
〇オンからオフへの拠点も生まれる
オンラインで授業をやるN高という高校がある。これはネット企業の角川ドワンゴが作った高校で、プログラマーの卵など優秀な若者が全国から集まっている。通学コースもあるがネットが原則でほかの学生にほとんど会わないコースもある。それでも学校は行事の時など年に
数回、学生たちが実際に会える機会を用意する。これはインターネットの世界では「オンからオフへ(OFF2ON、あるいはO2O)」と言われる現象だ。街づくりにはこうした施設の誘致も有効だろう。若い頃に学び、あるいは友達や恋人にであう場所は一生の思い出の場所となる。多感な青春時代の思い出が詰まった街を誰しもがいとおしく思うだろう。大人になっても行ってみたい、縁があればまた住んでもいいと思うだろう。学校もまた“居心地インフラ”になりうる。今後もネットで授業をする高校や大学は増えるだろう。これらの拠点を自治体が競って誘致する時代になるだろう。
4.公共施設を DX(デジタル・トランスフォーメーション) しよう
リモートワークは必ずしも家の中で完結しない。2LDKのマンションで夫婦別室で仕事をしているくらいならいい。しかし、子供がいて泣いたりすると、一人はベッドルームで仕事となったりする。こういう時のために郊外の図書館にリモートワーク用のデスクを用意したらどうか。ミニ個室を並べると会議もできる。エンジニア向けには3Dプリンターもあると便利だ。足りない部品をさっと作ったり、それこそ人工呼吸器の部品だって作れる。You Tuberのための動画撮影設備の貸し出しも喜ばれるだろう。動画配信には高性能のライトやカメラが必要
になる。自分で買うと何十万もかかる。また対談などではスタジオがないと背景が美しくない。図書館や公民館にミニスタジオをつくってリモートワーカーを支援する政策が考えられないか。公民館や役場などの空き部屋も開放する。さらにはショッピングモールや商店街の空き店
舗なども活用する。タダで貸してもかまわない。とにかく人が来てくれてそこで仕事をすれば飲食需要が生まれる。これからの商店街振興は消費者を集めるイベントにとどまらない。生産者であるリモートワーカーを誘致する。そして派生する消費需要を取り込む。ちなみにこうし
た公共施設のリモートワーク拠点化は、公共施設のサービスのあり方を見直すいい機会になる。引っ越しを考えるリモートワーカーはこうした施設のあり方をチェックしに来る。まずはHP上で、次には訪問し、使い勝手をチェックする。チェックされる経験を経て施設のサービスも洗練されていく。
5.“居心地インフラ”とジモト経済は公民連携で育てる
図書館をシェアオフィスにする設備改善は自治体単独でもでできる。だが街全体に“居心地インフラ”を整備していくとなると、自治体の手に余る。自治体には居心地のいいカフェや出会いの場を演出するノウハウは乏しい。民間のプロデューサーが有用だし、一方では自治体が投資資金を提供したり、無利子で貸すといった支援策が必要になる。まちづくり公社、道の駅を運営する第三セクター、観光公社などをベースに“居心地インフラ”作りを進めるのがよい。そこには地元の高校生、大学生などの参画を得る。彼らは生まれた頃からデジタルネイティブだ。何がイケてるのかを見極めるセンスもある。
2代目の若い経営者なども重要だ。特にスーパーは店舗と駐車場を持っている。彼らはお客さんが集まってナンボの商売である。リモートワーカーが家にこもってモノの購買をネットばかりでやられてはたまらない。とにかく家から出てきてもらい、店にお金を落としてもらわなければならない。そういう意味でリモートワーカーが家から出て集まりやすい快適なサードプレイスづくりに協力してもらう。これからの流通業者にはかつての私鉄経営者のような才覚が求められる。私鉄の場合は沿線に遊園地などを作り、需要を掘り起こした。それと同様に流通業者はリモートワーカーたちを家の外に連れ出し、近所のモールで買い物をしてもらう工夫をすべきだ。そのために何をすればいいか。かつて阪急電車の小林一三翁の場合は温泉と遊園地が肝だと見抜き、成功した。21世紀の経営者と自治体は何がその土地の快適インフラかを見抜き、公民連携によって必要な投資を早めにやっていく必要があるだろう。