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勝手に提供される「お通し」は断れるのか? 飲食店で賛否ある“お通し問題”の裏側

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

お通し問題

今年も残すところ、2ヶ月を切りました。コロナによる制限もなくなり、昨年よりも年末の忘年会も盛んになるのではないでしょうか。

この忘年会シーズンでよく話題に上るのが“お通し問題”。

飲食店、特に居酒屋へ訪れた時に、最初に注文していない小鉢が提供され、お通し代として会計に追加された経験がある人は多いでしょう。枝豆や冷奴、野菜スティックやポテトサラダから、酢の物や刺身、だし巻き卵や煮物など、お通しはバラエティ豊か。

また、訪日外国人数も復調していますが、お通しについて訪日外国人との間でトラブルが発生するケースもあります。

法的な観点からは、飲食店と客のオーダーは契約にあたるので、事前の説明や告知があれば契約が成立、なければ契約が成立したとみなされず、お通しを拒否できるという見方が一般的です。

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もちろん、入店するのにお通しが必須であれば、お通しを拒否してまで利用することはできません。

お通しについて、飲食店や食文化からの観点も重要なので、考察していきましょう。

待たせずに提供

お通しには、入店したばかりの客を待たせないための配慮もあります。入店してから、オーダーを取りに行き、そこからつくって提供したのでは、当然のことながら時間がかかってしまいます。混雑状況にもよりますが、簡単なサラダなどであったとしても、オーダーをとってから運ばれてくるまで5分くらいを要するでしょう。

日本料理において、初めに出てくる少量の、酒の肴(さかな)に適するものをいう。本来は、なまぐさ物と山菜物と2種出す。お通しは関東の名称で、関西では突き出し、先付けともいう。前菜(ぜんさい)ということばも広く用いられている。前菜は元来中国料理の名称(チエンツァイ)で、昭和の初めから関西料理で用いられたが、いまは日本料理全般に用いられている。[多田鉄之助]

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しかし、お通しであれば、事前に用意されているので、客が着席してすぐに提供することが可能です。加えて、もともとお酒と一緒に味わう酒肴といった位置付けなので、最初に注文するビールなどのアルコールともよく合います。

お通しと似たような仕組みがあります。

飲食店のランチでは、短時間に客が集中し、混雑するので、メニューを同じような構成にすることが多いです。例えば、ランチセットで、メインディッシュを1品選び、サラダやスープが付く構成にしておきます。そうすれば、予めサラダとスープを用意しておき、客が注文した後すぐにサラダとスープを運べるでしょう。そうすれば、メインディッシュまでのつなぎになります。

セットでは、お通しと異なり、別料金はかかりません。しかし、そもそもサラダやスープの値段を含んだ価格設定になっているという意味では、お通しと同じようなシステムであるといえます。

食材を効率よく利用

お通しは、飲食店が柔軟に内容を決められるので、食材を効率よく利用できます。

余っている食材を利用したり、安く仕入れられた食材を活用したりと、素材を効率よく利活用できるのは、SDGsの観点からよいことです。

お通しという“おまかせ”の一品が提供されることは、客にとっても飲食店にとっても、利点があります。

テーブルチャージ

飲食店のコストは、提供される料理にだけかかっているわけではありません。

料理を作る料理人やサービスを遂行するスタッフの人件費はもちろん、飲食店が入居するための賃貸料、内装の施工や維持の費用、テーブルウェアの購入費、空調や明かりやガスといった光熱費など、皿の上以外にもたくさんのお金がかけられているのです。

飲食店の空間や雰囲気にはしっかりとコストがかかっています。テーブルに座るだけでもお金がかかるのです。

イタリアの飲食店ではコペルトというテーブルチャージ(席料)が料金に計上されます。日本の飲食店でも、コペルトや席料といった名目で、テーブルを専有するための料金をとることは珍しくありません。夜のバーに行けばテーブルチャージが課され、生演奏があればカバーチャージ(ミュージックチャージ)として料金が取られます。

通常、街場の飲食店であれば、お通しは300円から600円、テーブルチャージは500円前後。夜間におけるホテルのバーやラウンジであれば、テーブルチャージは1,500円から2,000円、カバーチャージは2,500円から3,000円くらいでしょう。

アミューズ+席料と捉えれば、お通しの料金も納得しやすいかもしれません。

訪日外国人への説明

訪日外国人がどんどん増えていき、居酒屋へ訪れる外国人客も多くなってきました。新橋のガード下や新宿ゴールデン街の酒場なども活気を帯びています。

こういったところに足を運ぶ訪日外国人はきっと、日本の食文化を理解したい、体験したいと思っているはずです。そうであるからこそ、ミシュランガイドで星を獲得するレストランやホテル内のファインダイニングを選ばないのでしょう。

訪日外国人に対しても、お通しについてしっかり説明することが重要です。せっかく、日本の食文化に興味をもってもらっているだけに、お通しの体験を“日本旅行のよい思い出”として持ち帰ってもらえたらと思います。

日本の食文化

お通しの発祥に確たる説はありませんが、江戸時代に客からのリクエストに応じて、おまかせの酒肴を提供していたことが起源であるといわれています。そう考えると、お通しは数百年続いたおまかせの酒肴であり、日本の食文化であるといってもよいです。

ファインダイニングでは、食材の効率性を高めたり、料理人の才能をいかんなく発揮させたりするために、おまかせコースとなっていることが少なくありません。このおまかせコースを食べてみることが、その飲食店の実力を測る最適な方法です。

これと同じように、自由に内容を決められるお通しは、飲食店の実力を測るのにちょうどよい一品。たった数百円のお通しにも真摯に取り組んでおり、満足のいくものに仕上がっていれば、他の料理も期待できるに違いありません。

お通しは、全ての客が最初に食べる重要な料理。どのような一品が提供されるのか、飲食店の腕の見せどころと、楽しんでみてはいかがでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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