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ウクライナ危機:アラブ、アフガン、アフリカの難民は締め出し、ウクライナ難民は温かく迎える

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

国連のグテーレス事務総長はロシア軍のウクライナ侵攻について、緊急人道アピールを発表して17億ドルの支援を要請した。この時点で、ウクライナから近隣諸国に逃れた難民は52万人に達している。ウクライナからの難民の数は、状況の推移によっては400万人にも達することが予想されており、彼らに適切な援助を提供することは隣接国やヨーロッパ諸国だけでなく、国際的に喫緊の課題といえる。ウクライナに隣接するポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアなどは、ウクライナからの難民を温かく迎え、民間の自発的な「救援」についての報道も枚挙にいとまがない。

 その一方で、この状況には明らかな矛盾があり、既に疑問や不満の声が上がっている。というのも、ターリバーンの政権奪取を嫌ってアフガニスタンから逃れようとした人々には、いまだに行き先が決まらないどころかアフガニスタンからの脱出すら思うに任せない者たちが多い。また、ポーランドはつい最近ベラルーシとの国境に障壁を張り巡らせ、入国を希望するイラクやアフガンからの移民・難民をぶちのめして追い返し、極寒の野宿を強いた。ハンガリーやルーマニアは、2015年頃発生した「EUの難民危機」に際し、徒歩で越境をはかる「シリア難民」の行く手を阻み、自国での保護を断固拒絶した。「シリア難民」を積極的に受け入れた諸国ではそうした対応が政治的・社会的な争点となった

 こうした事例に止まらず、ウクライナから脱出しようとするアジア・アフリカ・南米系の人々が入国を阻まれたり、暴行や差別待遇を受けたりする事例があるようで、既に当事者の一部がその模様や不満をSNSなどで発信している。

 『クドゥス・アラビー』(ロンドンで発行のアラビア語紙)は、青い目やブロンドヘアーでウクライナ人をイラク・シリア・アフガニスタン・アフリカから来た人々と区別する事例がたくさんあると論じた。この記事は、確かにハンガリーとウクライナとの歴史的・文化的結び付や近似は、ハンガリーとアフガニスタンとの間のそれに比べてはるかに強いが、だからといって戦争による人道上の苦しみに白人も黄色人も違いはないと主張した。

 ウクライナにおける被災者支援は非常に重要な課題だし、戦争反対やウクライナへの連帯を表明することも大切なことだ。しかし、現地の情勢の中から我々が視聴することができたり、報道機関が報道・論評したりできることは、「情勢の全て」ではないし主観的に取捨選択された結果発信された情報でもある。つまり、問題への見方は特定の利害関係や思考の様式に沿ったものだけではないということだ。過去数年にわたり邪険にされ、厄介者扱いされ続けてきたアジア・アフリカ・中東からの移民・難民からの視点では、ウクライナ難民を温かく迎える当事国・国民の態度に疑問や不満が出るのも仕方ないことだろう。そして、このような矛盾や不満をなかったことにしてしまえば、今般の事態に対する立場表明の拠り所となる価値観の信頼性をも損なうことになるだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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