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吉川元農水相と甘利元経済再生担当相の収賄容疑は同じ結論になるのか違うのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(550)

極月某日

 臨時国会が閉幕するタイミングを見計らったように、東京地検特捜部の政界捜査が相次いでいる。その第一は読売新聞が11月23日に報じた「桜を見る会」を巡る捜査だ。安倍前総理が国会で答弁してきた「嘘」を覆す事実が明らかにされた。

 安倍前総理の秘書は「桜を見る会」の前夜祭の収入と支出の差額800万円超を安倍事務所が補填していた事実を認めた。ホテルが発行した領収書のあて先は安倍前総理の資金管理団体『晋和会』である。安倍事務所はその領収書を破棄していた。

 報道の翌日、安倍事務所は安倍前総理に嘘の説明をしたため、安倍前総理は補填を知らなかったと言って、国会での虚偽答弁をかばった。しかし安倍前総理が国会で行った説明は誰が聞いても耳を疑いたくなる説明である。安倍前総理が秘書の説明を信じていたならその知的能力を疑いたくなる。

 実際には関係者の間で「口裏合わせ」をした節がある。「週刊文春」の報道によれば、国会で追及が始まった昨年11月14日にNHKがホテルニューオータニのコメントとして、「最低価格は1万1千円からで根切り交渉には応じられない」と報道すると、翌15日安倍事務所はニューオータニ幹部を議員会館に呼び、「5千円で引き受けた」と嘘を言うよう要求した。

 そしてその夜、安倍前総理は記者のぶら下がり取材に応じ、「安倍事務所としての収入・支出は一切ない」と断定的に答えた。ニューオータニも安倍事務所の要求通り「5千円で引き受けた」と説明するようになる。こうして安倍前総理はニューオータニに嘘をつかせて乗り切ろうとした。ニューオータニは現職総理に逆らうわけにはいかなかった。

 しかし東京地検特捜部の捜査によってホテル発行の領収書や明細書が押さえられ、物証があるため安倍事務所は補填の事実を認めざるを得なくなった。安倍前総理も否認はできない。否認すれば河井夫妻のように逮捕されてしまう。そして安倍前総理が恐れているのは政治資金規正法違反ではなく公選法違反で訴追されることだ。

 政治資金規正法違反なら会計責任者の訴追で終わるが、有権者への寄付行為を禁じた公選法違反となれば、河井夫妻や菅原一秀前経産大臣のように議員本人が役職を辞する必要が出てくる。自民党の小野寺五典衆議院議員は地元の有権者にお盆の線香を配った件で公選法違反に問われ、衆議院議員を辞職しなければならなかった。

 特捜部は政治資金規正法違反で秘書を立件する見通しだが、公選法違反には当たらないと決めているようだ。参加した地元有権者が安倍事務所から補填されていることを知らなかったというのがその理由だ。しかしそれは安倍前総理が補填を知らなかったと言うのに似て疑わしい。

 政治家の後援会が主宰する懇親会や旅行は、何らかのサービスがあると思うから参加するのが、残念ながら日本の有権者のレベルである。寄付文化が育っていない日本では、政治家を育てるために有権者が政治家に寄付をするのではなく、政治家の有権者に対するサービスの程度を見て応援すると言う者が多い。

 おそらく「桜を見る会」の前夜祭でも参加者は5千円以上の価格であることを薄々知っていて、だから安倍前総理を熱烈に支援する気になる。しかし特捜部は公選法違反には踏み込まず、政治資金規正法で捜査を終える見通しとの報道が多い。フーテンはだが事の悪質性を考慮しなければならないと思う。

 「口裏合わせ」もその一つなら、それを基に国会で虚偽答弁を繰り返したこと、そして2013年には補填分を収支報告書に記載していたのに14年から記載しなくなったのは、小渕優子事件の発覚を見て記載しない方針に変えたのではないかと思うからだ。小渕事件は正しく記載していたから事件になった。それを見て記載しなくなったとすれば悪質だ。

 この捜査は権力中枢の力関係に変化をもたらす。現下の政局を、権力を握った菅・二階連合と数で上回る安倍・麻生連合の戦いと見るフーテンからすれば、菅政権を来年9月で終わらせ、返り咲きを狙う安倍前総理とそれを支える麻生副総理にとって捜査は致命的痛手である。菅・二階連合の高笑いが聞こえてきそうな展開だ。

 ところが12月2日、今度は二階派事務総長の吉川貴盛元農水大臣が、大手鶏卵生産会社「アキタフーズ」の元代表から複数回にわたり大臣室で500万円の現金を受け取った疑いで特捜部が捜査していることが分かった。

 「検察はバランスを取った」とフーテンはまず思った。安倍・麻生連合に痛手を与えたら、今度は菅・二階連合にも痛手を与えてバランスを取る。検察は極めて政治的に立ち回る組織だと昔から思ってきたが、それがまた現れたのである。

 例えばロッキード事件で特捜部は国民から拍手喝采されたが、国民に見えないところで検察は厳しい批判にさらされた。田中角栄逮捕は日本政治に大混乱をもたらし、その責任は検察にあるとして、その後の検察は政界捜査に切り込めなくなった。ようやく政界捜査に着手するのは9年後の撚糸工連事件である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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