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東京地検特捜部は「うすのろ」で「とんちき」になったのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(554)

極月某日

 安倍晋三後援会が主催した「桜を見る会」前夜祭の政治資金収支報告書への不記載について、メディアは東京地検特捜部が21日に安倍氏本人から任意で事情聴取したと一斉に報じた。

 特捜部は安倍前総理を不起訴にし、公設第一秘書を政治資金規正法違反の罪で略式起訴する見通しであることも一斉に伝えられた。要するに幕引きを図ろうとする時の検察のメディア操縦が行われた。

 黒川弘務前東京高検検事長を検事総長に据えてスキャンダルの摘発を免れようとした安倍政権の思惑は、国民の反発もあって阻止されたが、検察庁内には第二第三の黒川氏がいるらしい。東京地検特捜部は小渕優子事件より甘い処分で済まそうとしている。

 小渕優子事件とは、2014年に「週刊新潮」の記事から発覚したもので、後援会が毎年主催する「観劇会」に、地元後援者を安い会費で参加させ、収入と支出の辻褄が合わないところを政治資金収支報告書に虚偽の記載をしたという事件である。

 主導したのは父親の代からの古手の秘書で、議員本人には知らされていなかったとされ、小渕氏は不起訴となるが、秘書は在宅起訴され裁判で有罪判決を受けた。この事件の背後では法務省官房長だった黒川弘務氏が官邸に助言を行い、それが後に「政権の守護神」として重宝がられる出発点になったと言われる。

 その小渕事件で、親の代からの古手の秘書が親子ほど年の違う小渕氏に「カネ」の話を知らせないようにし、自分が防波堤になろうとしたのはあり得ない話ではない。おそらく小渕議員も親の代から続けられてきた慣習を、何の疑問もなくそのまま引き継いだのだろう。

 従って本当に知らなかった可能性はあると思う。それでも議員であれば監督責任は免れない。小渕氏は議員辞職しなかったが、その後は謹慎の議員生活を続けているように見える。そして防波堤となった秘書は、虚偽記載を認めたため逮捕ではなく在宅起訴され、裁判で有罪判決を受けた。

 ところが安倍前総理の場合はこれとは異なる。報道によれば、安倍前総理は事情聴取で政治資金収支報告書不記載への関与を否定したとされる。秘書が嘘の報告を行っていたとの報道もあり、だからなのか不起訴の見通しとされている。だとすると安倍前総理は秘書の嘘を全面的に信用していた話になる。

 秘書の嘘というのは、安倍晋三後援会が主催した前夜祭を、あたかもホテルが主催したように見せかける嘘である。会費5千円という料金を決めたのもホテルなら、当日の会場入り口で参加者から受け取った会費を受け取るのは安倍事務所だが、それをすぐホテル側に渡してホテルから領収書をもらい参加者に手渡す。ホテルと参加者の契約関係を安倍事務所は仲介しただけになる。

 だからホテル発行の領収書も明細書も安倍事務所は受け取っていないという嘘になる。ホテルの主催なら安倍総理夫妻も安倍事務所の人間もホテルに5千円支払わなければならないが、それを問われると、パーティでは一切飲食を行っていないという嘘を堂々と国会で披露していた。

 常識のある人間ならこの嘘は「ありえない」と思うのが普通だ。嘘に嘘を重ねて行かないと説明できない子供だましの嘘なのだ。その嘘を安倍前総理が本当に信じたというのなら、申し訳ないが「うすのろ」で「とんちき」と呼ばせてもらう。「うすのろ」とは「知能が少し劣っていること」、「とんちき」とは「とんまでまぬけ」を言う。

 安倍前総理は秘書に騙されたのではなく、とにかく非を認めることができない性分なので、周囲の人間と一生懸命に相談し、ホテルに睨みを利かせることで、ホテルに損な役割を負わせ、逃げ切ろうと計画したのではないのか。本当に騙されていたのなら国会で118回も自分に嘘をつかせたその秘書を八つ裂きにしても足りない怒りに燃えているはずだ。

 しかし安倍氏にそんな様子は微塵もない。そしてホテルを防波堤にする計画は現職総理の間は通用したが、総理を辞めればその限りでない。東京地検特捜部がホテル側を聴取すればすぐに領収書も明細書も出てきた。ところが安倍事務所はその領収書を破棄したという。証拠隠滅を図ったと見るべきで悪質だ。

 証拠が出てきたことで、安倍氏は国会で答弁したことと同じことを言えなくなった。言えば東京地検特捜部は安倍氏を逮捕せざるを得なくなる。安倍氏は補填の事実を認めて逮捕を免れるしかなくなった。そして不起訴を狙う。そのためには秘書に騙されたと言い続けるしかない。安倍氏は「うすのろ」で「とんちき」になるしかなくなったのである。

 東京地検特捜部が安倍氏を不起訴にする見通しと報道されていることは、東京地検特捜部が安倍氏は秘書に騙されたと見ていることになる。検察も安倍氏を「うすのろ」で「とんちき」と認定したようなものだ。同時にそう判断した東京地検特捜部も「うすのろ」で「とんちき」と言われかねない。あの子供だましの嘘を見抜けない嘘と考えているからだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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