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2023年 年頭所感 事故による子どもの傷害を減らす

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:イメージマート)

 あけましておめでとうございます。年頭にあたり、事故による子どもの傷害を減らす取り組みについて述べたいと思います。

昨年を振り返ると

 昨年も、同じ事故が起こり続けました。信じられない事故死も起こりました。「安全を最優先」と言っている保育の場で、園バスに置き去りにされた子どもが熱中症で死亡しました。保育園に送り届けたと思い込んでいた子どもが、保護者の自動車の中に置き去りにされて死亡しました。高所からの子どもの転落死もありました。保護者等の車に轢かれて死亡、フォークリフトで遊んでいて死亡など、同じ事故死が起こり続けました。

 なぜ、毎年、同じ事故死が同じように起こり続けているのでしょうか? そして、われわれは何をしたらいいのでしょうか? 

同じ事故が同じように起こり続けている

 毎年、同じ事故が同じように起こり続けているというデータをお示ししましょう。死亡事故は数が少なく、経年変化を把握することはむずかしいので、医療機関にかかったケガのデータについて見てみます。最近では、インターネットでいろいろな情報を検索することができます。キーワードを3つか4つ入れてクリックすれば、すぐに情報が得られます。今回は、東京消防庁から毎年発表されている「救急搬送データからみる日常生活事故の実態」の中から乳幼児のデータを抜きだして、年ごとに並べてみました。

東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成
東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成

 東京消防庁では、日常生活事故を年間に12~13万件救急搬送しており、小児はだいたい15,000~16,000件の搬送数となっています。その中の「転落」で救急搬送した例を見てみましょう。0歳では、毎年だいたい520件、1歳は650件、2歳は550件くらいで、毎年ほとんど同じ数値が並んでいます。0歳はまだ歩き回る時期ではありませんので、「転落」はベッドやソファなどからの転落でしょう。保護者が心配して救急車を呼んでいるので、やや重傷度が高い事例だと思います。同じデータから、「どこから転落したか」を見てみますと、第1位はベッドで、毎年搬送数はほとんど変わりません。第2位は人、第3位はソファとなっています。1歳は、階段が第1位で、これも毎年ほとんど数が変わらず、第2位は椅子。2歳でも、第1位は階段で、毎年ほとんど搬送数は変わりません。

 すなわち、前年のデータをコピーして今年のところに貼りつければ、今年のデータが出来上がるような状況なのです。このデータから、現在行われている乳幼児の転落の予防対策は機能していないことがわかります。この現実に対して、何をしたらいいのか・・・頭を抱えてしまいますね。

東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成
東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成

東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成
東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成

東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成
東京消防庁「救急搬送データから見る日常生活事故の実態」から筆者作成

交通事故は毎年、死傷者数が減っている

 子どもの事故対策がほとんど機能していないのに対し、交通事故の対策はうまく機能しています。毎年警察庁から交通事故の統計が発表されており、令和3年の24時間以内の交通事故による死者数は2,636人で、死傷者数は減少しています。今年も1月4日に発表があり、令和4年の24時間以内の死者数は2,610人と、引き続き減少しています。

 交通事故が起きると、警察官が現場に行って詳しい調査をし、そのデータを交通事故総合分析センターに送って分析を行います。対策の効果が見られない、あるいは重傷度が高い事故については、交通違反の規則を変えて減点ではなく反則金にする、あるいは減点の度合いを厳しくするなどの対策を立てています。このPlan-Do-Check-Action(PDCA)がうまく働いているので、交通事故は毎年確実に死者数や重傷者数が減っているのです。

 1970年には24時間以内の交通事故による死者数が17,000人近くにまで増加し、国が社会的な問題として捉え、「交通安全対策基本法」という法律を作りました。中央交通安全対策会議を設置し、そのトップは首相です。それ以降、5年ごとに計画を立て、例えば第10次の計画は「2020年までに24時間以内の死者数を2,500人以下にする」などの目標を立ててデータを収集します。その結果、「2020年には目標値に達しなかった」と評価しています。大変科学的かつ合理的なシステムだと思います。子どもの事故についても、このようなシステムを作る必要があります。

園バス置き去りへの対応をモデルに

 2022年9月、静岡県の保育園の園バスに園児が置き去りにされ熱中症で死亡しました。2021年7月にも、園バスに置き去りにされた園児が死亡し、大きな社会問題になりました。2021年の事例が発生した直後には通知が出され、マニュアルやガイドラインなどの整備も行われましたが、それらは有効ではなかったことがはっきりしたのです。事故が起きた4日後の2022年9月9日には首相より対策の指示があり、関係省庁が集まって実態調査や機器を使った対策が示され、10月12日付で「こどものバス送迎・安全徹底プラン〜バス送迎に当たっての安全管理の徹底に関する緊急対策〜」が発表され、通園バスに置き去り防止のセンサなどの設置が義務づけられることとなりました。

 これまで、事故死が起こってもその管轄する部署だけで対応され、ヒトの「意識」や「注意力」「マニュアル」に頼ることで解決を図ろうとしてきましたが、今回はそれらに頼らないシステムが迅速に導入されることになったのです。このような対策が取られることになったきっかけは、首相の指示だと思います。

 昨年のこの園バス置き去りへの対応をモデルにして、子どもの安全を俯瞰し、死亡事故が起こった場合には、すぐに関係府省会議を設置して、指示や勧告ができる部署が不可欠です。本年4月に設置されるこども家庭庁に設置される「こども安全課」を日本の子どもの傷害予防の司令塔にする必要があります。

 そして、昨年のこの事故が初めて起きた事故ではなかったことを、私たちは心に留めておかなければなりません。この事故に限らず、死亡事故がきっかけになって法令ができたり製品やサービスが開発された例は多数ありますが、亡くなった子ども達はそのために生まれたのではなく、ましてやそのために亡くなったわけでもありません。本来であれば、犠牲者が出る前にリスクを予見し、重大な事態にならないような対策を事前に取っておくべきだったのです。

「予防する」から「減らす」へ

 私は、35年前から子どもの事故の予防に取り組んできました。当時は、「防止」「防護」という言葉も使われていましたが、「あらかじめ防ぐ」ということを強調したいと考え、「予防」という言葉を意識的に使ってきました。20年くらい前から、欧米ではaccidentという言葉ではなくinjuryという言葉が使われるようになりました。accidentという言葉には「避けられない」、「運命的なもの」という意味が含まれているので、科学的に取り組むことができません。そこで、「予測でき、予防可能である」という意味を強調するためにinjuryという言葉が使われるようになりました。わが国の人口動態統計では、現在でも「不慮の事故」と表記されていますが、「不慮の」という言葉は不適切だと思います。私は「不慮の」という言葉は一切使用せず、injuryの訳語として「傷害」という言葉を使うようにしています。

 英語のinjury controlのcontrolは「対策」と訳されています。対策は、事故が起こる前、事故が起こった時、事故で傷害を負った後の3つに分けられており、これら3つを合わせて「対策」と言います。これまで事故が起こる前のことは「予防」と言ってきましたが、私は最近では「制御」という言葉を使うようにしています。

 東京消防庁のデータを見て、事故は「減っていない」ことが問題だと気づきました。そして、「予防」という言葉はあいまいで、評価という意味が入っていないことにも気づきました。例えば、0歳児のベッドからの転落に対して、「6か月を過ぎるとベッドから転落します」、「柵は必ず上げましょう」、「つかまり立ちができるようになったら、マットは最下段に下げましょう」と書かれたリーフレットを作って健診で配布する、「0歳児がベッドから転落する動画を作って見せる」ことは「予防活動」と思われていますが、その効果を評価することはできません。情報を提供する側が、「これらの情報を提供すれば、保護者は学んで予防するだろう」と思い込んでいるだけなのです。「肥満の予防」、「はしかの予防」ではなく、「肥満を減らす」、「はしかを減らす」と言った方が意味が明確になります。そこで、これからは「傷害を予防する」ではなく、「傷害を減らす」と言い続けることにしました。メディアは「増えている」ことに注目しますが、今後は「減っていない」ことに注目していただきたいと思います。数値で示せない活動はほとんど意味がありません。

地域で傷害を減らす活動を

 これまで、子どもの事故の話で最初に取り上げられるのは、人口動態統計の「子どもの死因」の表でした。0〜14歳の年齢層では、年間の事故による死亡は250人くらいで、この数では予防策を行っても効果評価を行うことはできません。

 医療機関には重傷度が高い傷害例が集まりますが、受診例に偏りがあり、治療をする機関なので予防につながる傷害情報を入手することが難しく、科学的な評価をすることはできません。

 一方、消防の救急搬送のデータは、地域全体のデータで、同じ条件下のデータを継続して得られるので効果評価を行うことができます。すでに検討することができるデータはあったのです。今後は、救急搬送のデータを活用し、地域で子どものケガを減らす活動を実施し、救急搬送数の変化で効果評価を行う必要があります。

おわりに

 Yahoo!ニュース(個人)で発信させていただくようになって5年経ちました。これまでを振り返ってみると、ニュースで子どもの事故が報道されるたびに「以前にも同じ事故があった。予防するためには、人の注意力だけに頼るのではなく、製品や環境の改善が必要だ」といつも同じことを述べてきました。このパターンは、今でもまったく変わりません。初期のころは、いろいろな傷害事例について書きましたが、最近では同じ事故について書くことも多くなりました。そろそろ、いくつかキーワードを入れて、AIに記事を書いてもらってもいいのかもしれませんが、今年も、「モグラたたき」のような記事を書き続けていく所存です。本年も何卒よろしくお願いいたします。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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