【ご朱印帳】寺社を巡ってご朱印をいただく。ご朱印帳をはじめてやってみました。朱印の由来も説明します
みなさん、御朱印帳やってますか?
集めると楽しいし、いろいろなところにいけるのもおもしろいですよね。
こんにちは。デジアナリスト・手帳評論家・歌手の舘神龍彦(たてがみたつひこ)です。
今回は私が始めて御朱印帳を手に入れやってみた様子を紹介したいと思います。
御朱印帳をお寺でいただく
私が手に入れたのはこの御朱印帳です。
これは、浅草の浅草寺の御朱印をいただけるところでわけていただけるものです。3000円でした。これ以外に色や柄のバリエーションもありました。
そして、いただいたのがこの御朱印です。
よく見ると、
左上には「江戸三十三番 観音札所 第一番」とあります。
これは、東京にある三十三カ所のお寺ですね。ここを回ることが1つの修行と考えられているわけです。現代の三十三番観音札所については、こんなガイド書もあります。
もっとも歴史的には、今の三十三カ所とは違う所もあるそうです。
ともあれ、寺社をめぐり、御朱印をいただくのはなかなか楽しい経験でした。
東京都内の、ビルの谷間のような場所に寺社があり、そこを訪れるのは、貴重な機会だったと思います。
そもそも御朱印とは
さて、そもそも御朱印とは何なのでしょう。お寺なのに、仰々しいスタンプラリーみたいなものをやっている?いやどうやらそう言うことではないようです。
幸いにして、最初に訪れた浅草寺で、御朱印とともにこんな紙をいただきました。 それがこれです。
御朱印の由来が説明してあります。写真だとわかりにくいので以下に引用します。
「ご朱印について」
この頃、神社仏閣に参詣され「ご朱印」を受ける方が大変多くなっております。
これは「納経」とも呼ばれ、その由来は、参詣者がお経を書写して寺社に「お納め」することに始まっております。ですから昔は納経帳の右肩の所に、「奉納大乗経典」とかかれておりました。現在は「奉拝」という文字となっております。
いつの頃からか、この作法が簡略化されて、お写経を納めなくとも参詣の証として「ご判」をいただくことになって今日に及んでおります。そして各霊場を巡拝する巡礼信仰と結びついて盛んになりました。
(後略)
要するに、もともとは写経をしてそれをお寺に収めることの印として御朱印があったわけです。それが現在の形にはなっているわけですが、本来のあり方は違う。きちんとお経を書写し、あるいは読誦することがのぞましい。この文章の後半にはそのように記されています。
もちろん、この日はとても楽しかったのですが、意義深さという点では、この1枚の紙がとても重要に思えました。御朱印の本来のあり方、意味があかされていたからです。
というわけで、みなさまもこれから御朱印帳を始めようとするのならば、本来のあり方をまずよく考え、それが修養の1つの形である事を肝に銘じてもいいのかもしれません。