神戸に実在するシェアハウスの日々に心を寄せて。コロナ禍前、当たり前にあった何気ない日常の愛しさを!
旧グッゲンハイム邸は築100年を越える洋館。その裏にある裏長屋はシェアハウスとしていまも使われている。
作品は、その旧グッゲンハイム邸の裏長屋で実際に撮影。そこで暮らす住人たちのたわいもない会話やキッチンで料理を作る姿、共有スペースで一緒にのんだり、くつろいだりと、なんでもないふだん通りの日常風景が収められている。
目の離せなくなるような強烈なキャラクターが登場するわけでもなければ、特にドラマティックなことが起きるわけでもない(ミステリーなことはちょっとだけ起こる)。
でも、名もなき人々のありふれた営みを丁寧にすくいとった物語は、平凡な日常の中にある眩い瞬間や愛おしい時間を映し出す。
その光景は、コロナ禍が続くいま、ウクライナの悲惨な状況を日々目にしているいまこそ、いかに平凡で穏やかな日常がかけがえのないものであるかに気づかせてくれるに違いない。
知人とのおしゃべりが、みんな揃っての食事が、ちょっとした近所のお散歩が、なんだかとても愛おしくなる映画「旧グッゲンハイム邸裏長屋」。
ほとんど実際にあったことで構成されているといってもいいかも
本作が劇場デビュー作となる前田実香監督に訊いた(第一回・第二回・第三回)。(全四回)
前回(第三回)に続き、今回も脚本についての話から。
きわめて個人的だが、『わたしの思い出がぎゅっと詰まっているところもこの物語にはあります』という前田監督だが、具体的に盛り込んだエピソードなどはあったのだろうか?
「ほとんど実際にあったことで構成されているといってもいいかもしれません(笑)。
たとえば、誰かが裏長屋に不法侵入してきたことを示唆するうシーンがありますけど、あれも実際にあったこと。
わたしも何度か経験しているんですよ。
見知らぬ人が裏長屋の住居スペースに入り込んでいる。
確かにわかりずらくて、古い建物で物珍しいこともあって、『これなんだろう?』と興味を抱かれるのはわかるんですけど、実際に住んでいる方からするとプライバシーがあって、オープンに開かれた場ではない。
あくまで住居なので、そこまで入ってくるのは困っちゃうところがある。
これはやはり困ったエピソードとして入れました。
旧グッゲンハイム邸は、神戸ではそれなりに名の知られた場所なんです。
映画でも描いていますけど、最近ではイベントスペースや結婚式場として利用できる場としても知られている。
だから、旧グッゲンハイム邸を訪れる人に対して、裏長屋はあくまで住んでいる人がいる『住居』なんですよと注意喚起するのにもいいかなと(笑)」
恩師が石井岳龍監督らからの的確なアドバイス
脚本作りにおいては、恩師にアドバイスをもらったと明かす。
「以前に話しましたけど、神戸芸術工科大学で学んでいたときの恩師が石井岳龍監督で。
脚本がだいたいまとまったところで、石井監督に目を通していただいて、いろいろと助言をいただきました。
それから同じく恩師に当たるんですけど、同大学の山本忠宏助教にも見ていただいて、いろいろとアドバイスをいただきました。
『こういう要素を入れてみたら』とか、指摘が的確で、めっちゃ助けてもらいました(笑)」
みんな揃っての食事ができなくなるなんて想像していなかった
このような過程を経て完成したストーリーは、旧グッゲンハイム邸裏長屋の日常を映し出す。
みんなで食事をしたり、ちょっと近所を散歩したり、それぞれが自身の部屋で思い思いの時間を過ごしたり、と、それらの場面はとりたてて特別な瞬間ではない。
でも、今も続くコロナ禍、そして、いまのウクライナの戦況などを目の当たりにすると、とてもまぶしく見え、愛おしく思える。
「コロナ禍の前だったから、ああいうみんな揃ってのワイワイガヤガヤした食事シーンも撮れたんですよね。
コロナ禍だったら、撮ることはほぼ不可能だった。
当時はほんとうにシンプルに、旧グッゲンハイム邸裏長屋にふだん流れている時間やあの空間の居心地の良さみたいなのを体感してもらえればと思って撮っていました。
そこには、何気ない日常だけど、わたしにとっては思い出深い瞬間や場面が収められている。
ただ、みんな揃っての食事とか、は、コロナ前は当たり前のことだった。撮っているときも、みんな揃っての食事ができなくなるなんて想像していなかった。
ところが、コロナ後は当たり前ではなくなってしまった。したくてもできないことになってしまった。
それで、映画に収められた食事のシーンが、『みんな集まっての食事とか懐かしい』とか『一緒に食事とかいいよね』と感じてもらえるようなことなっている。
とてもうれしいことなんですけど、なんだか心境としては複雑です」
自分としてはちょっと盛っちゃったかなと思うところもあるんです
個人的にすばらしいと思うのは、無理によく見せようとしていないところだ。
食卓のシーンなど、ともすると、「こんな美しい彩りの料理がならんでます」「こんなおいしそうなごはんです」となにかみせつけようとしてしまいがちだ。
だが、そうしたある種の装飾は一切なし。フォトジェニックに撮ろうとしていない。
あくまで前田監督が旧グッゲンハイム邸裏長屋で過ごしているときの目線で眺めた日常の光景として映し出されている。
「そういってもらえるとありがたいです。
でも、自分としてはちょっと盛っちゃったかなと思うところもあるんですよ(苦笑)。
たとえば、さきほどから出ているみんな集まっての食事ですけど、そんなに頻繁ではなかった。
というか、わたしは特に仕事の時間が不規則だったんで、一人で食べることが多かったんですよ。
だから、『あんな毎日みんなで食事とかいいな』と思ってくれる方がいるとちょっと申し訳ないなと思ったりしてます(笑)。
ただ、自分が見ていた風景を大切にしていたことは確かで。
なにか、旧グッゲンハイム邸裏長屋とそこに住む人たちのありのままの姿を撮れればなと思ったんです。
もうそれだけで十分に魅力があると思ったので。
それから、わたしが好きなポジションから撮ることにしたところもあります。
たとえば、裏山からみえる風景も、登山をするところも、グッゲンハイム邸裏長屋を出入りするところも、わたしのお気に入りの場所で、そのポジションから撮っている。
そういう意味で、わたし自身がグッゲンハイム邸裏長屋に感じていた世界であったり、そのときに見えていた光景、過ごしていた時間をそのまま映したといっていいかもしれません」
そうして完成した作品は、地元・神戸での公開を経て、いま全国順次公開へとなった。
友人とのおしゃべりやひとりの時間を共有してくれる人がいてくれたら
これをどう受けとめているだろか?
「ありがたいことに神戸での上映や映画祭での上映で、『大阪でも見れないの?』とか『東京でも見たい』と言ってくださる方がいらっしゃって、劇場公開へとつながっていきました。
ずっとお話しているように私的なところが出発点になっていて、自分の周囲で実際に起こったことなどを基にしている。
かなりミニマムでめっちゃパーソナルな作品だと思うんですけど、何気ない日常や、友人とのおしゃべりやひとりの時間を共有してくれる人がいてくれたらうれしい。
ひとりでも多くの人に届けられたらと思ってます」
(※本インタビューは終了。次回、実際の住人によるキャスティングや撮影の舞台裏について訊いた番外編をお届けします)
映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』
監督・脚本:前田 実香
出演:淸造 理英子、門田 敏子、川瀬 葉月、藤原 亜紀、谷 謙作、平野 拓也、
今村優花、ガブリエル・スティーブンス、エミ、渡邉 彬之、有井 大智、
津田 翔志朗、山本 信記(popo)、森本 アリ ほか
撮影:岡山 佳弘 録音:趙 拿榮 編集:武田 峻彦
テアトル梅田、OSシネマズミント神戸にて公開中
イメージビジュアルおよび場面写真は(c)ミカタフィルム