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神戸にひっそり佇むシェアハウスの日常を映画に。実際の住人たちが演じることになった理由とは?

水上賢治映画ライター
映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』の前田 実香監督  筆者撮影

 映画「旧グッゲンハイム邸裏長屋」は、そのタイトル通りに、神戸に実在する旧グッゲンハイム邸の裏長屋が舞台にしたフィクション映画になっている。

 旧グッゲンハイム邸は築100年を越える洋館。その裏にある裏長屋はシェアハウスとしていまも使われている。

 作品は、その旧グッゲンハイム邸の裏長屋で実際に撮影。そこで暮らす住人たちのたわいもない会話やキッチンで料理を作る姿、共有スペースで一緒にのんだり、くつろいだりと、なんでもないふだん通りの日常風景が収められている。

 目の離せなくなるような強烈なキャラクターが登場するわけでもなければ、特にドラマティックなことが起きるわけでもない(ミステリーなことはちょっとだけ起こる)。

 でも、名もなき人々のありふれた営みを丁寧にすくいとった物語は、平凡な日常の中にある眩い瞬間や愛おしい時間を映し出す。

 その光景は、コロナ禍が続くいま、ウクライナの悲惨な状況を日々目にしているいまこそ、いかに平凡で穏やかな日常がかけがえのないものであるかに気づかせてくれるに違いない。

 知人とのおしゃべりが、みんな揃っての食事が、ちょっとした近所のお散歩が、なんだかとても愛おしくなる映画「旧グッゲンハイム邸裏長屋」。

 本作が劇場デビュー作となる前田実香監督に訊いた(第一回第二回)。(全四回)

洗い終わった箸を、食べる方を上にする派?それとも食べる方を下にする派?

 前回に続き、今回も旧グッゲンハイム邸裏長屋に実際に住んでの話から。

 前に話しで出たように、前田監督は8年半、「旧グッゲンハイム裏長屋」でシェアハウス生活を送ることになる。

「最初は、見ず知らずの人たちとのシェアハウス生活は無理だと思っていたのに、気づけば…です(苦笑)。

 居心地がよかったんです。

 長屋は、部屋はそれぞれ分かれていて、水回りだけが共同なんです。

 いくつか出入りできるところがあるので、絶対に玄関を通って、人に会わないと部屋に入れないという造りではない。

 ちょっと今日は住人に会いたくないときは、会わずに部屋に入ることができる。

 そういうプライベートがほどよく保たれるところがあって、住人との距離もとりたいときはとれる。

 だから、がっつり一軒家、同じ屋根の下で暮らしている感じではない。

 ご飯も一緒に食べたかったら食べるし、ひとりで部屋で食べたいときはそうする。

 1日まったく会わない住人もいる。

 そういうほどよい距離感があったのが、自分には合っていたのかもしれません。

 まあ、いいことばかりではないんですけどね。

 もちろん住んでいたら、揉めることはある。

 たとえば、共同で使用する水回りとか、それぞれルールがあるじゃないですか。

 めっちゃ細かいんですけど、洗った箸を入れる箸立てがあった。

 で、洗い終わった箸を、食べる方を上にする派と、食べる方を下にする派がいた。

 その当時は、食べる方を上にする派が多数派だったので、いったん、上にすることに統一しようということで話がまとまったんです。

 ただ、やっぱり癖で、下でやってきた人は無意識のうちに下にしてしまう。そんなことで大ゲンカになっちゃったことがありました。

 振り返ると、それもいい思い出です(笑)」

「旧グッゲンハイム邸裏長屋」より
「旧グッゲンハイム邸裏長屋」より

旧グッゲンハイム邸の時の移ろいとともに

変わらずの残り続けているものを記録しておきたい

 このような思い出深いグッゲンハイム邸裏長屋があって、ここでどんな物語を描こうとしたのか?

 脚本の出発点をこう明かす。

「主としてずっと思ってたことがやっぱりあって。

 旧グッゲンハイム邸は、築100年、この場所に立ち続けてきた。

 いまは、本館の方は、音楽ライブや結婚式とかイベントで使えるような貸館になっていて、その裏長屋はシェアハウスになっている。

 でも、100年の間には、管理する人も変わり、住人も変わっている。ただ、あの建物の佇まいは変わらずにずっと残っている。

 その旧グッゲンハイム邸の時の移ろいとともに変わらずの残り続けているものを記録しておきたい気持ちがまずベースにありました。

 プラス、裏長屋が象徴ですけど、時の移ろいとともに住人のように入れ替わったり、変化するものがある。

 シェアハウスのほうを見てると特に感じるんですけど、住んでいるメンバーが替わるとそこに流れている雰囲気も全然変わってくる。

 しっかりしたタイプの人が多いときは、ルールもきっちりして、緊張感とまではいわないですけど、なにかひとつ凛としたところがある。

 逆に、ゆるい感じの人が多いと、やっぱりゆるい雰囲気になる(笑)。

 そういうものをうまく表現できる脚本を書ければなと考えていました。

 で、最初は、私も女性なので、住人の女の子たちが、結婚するとか、就職するとか、独立するとか、人生の岐路に立って何かが起きるようなストーリーを考えていました。

 その時点では、役者さんを呼んで作ろうと思っていたので、いわゆるオーソドックスな人間ドラマのような物語を考えていた。

 それでこの構想のようなものを住人のみんなに話してみたんです。

 そうしたら、『役者さん呼ばんでも、興味あるから出てもいいよ』とみんなが言ってくれた。

 そうなったときに、あんまりフィクション、フィクションした作りこんだ物語より、脚本は作るけど、わたしがいままでシェアハウスのこの長屋で経験したことをベースに、物語を作っても『おもしろいかもしれへんな』と思いついた。

 本人らが『演じてもいい』といってくれるのなら、それ前提で書いてみようと思い立って、シフトチェンジしたんです。

 それで、当時住んでいた住人はもちろん、過去に住んでいた人たちのこと、裏長屋であったこととかを思い出して、脚本を書いていっていまの物語になりました。

 特になにかドラマティックなことが起きるわけではないですけど、このシェアハウスに流れている時間や空気であったり、個性豊かな住人たちの日々の営み、グッゲンハイム邸であり、グッゲンハイム邸のある塩屋の街の雰囲気が伝わればなと思いました。

 ですから、きわめて個人的なんですけど、わたしの思い出がぎゅっと詰まっているところもこの物語にはあります」

(※第四回に続く)

【前田実香監督インタビュー第一回はこちら】

【前田実香監督インタビュー第二回はこちら】

「旧グッゲンハイム邸裏長屋」イメージビジュアル
「旧グッゲンハイム邸裏長屋」イメージビジュアル

映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』

監督・脚本:前田 実香

出演:淸造 理英子、門田 敏子、川瀬 葉月、藤原 亜紀、谷 謙作、平野 拓也、

今村優花、ガブリエル・スティーブンス、エミ、渡邉 彬之、有井 大智、

津田 翔志朗、山本 信記(popo)、森本 アリ ほか

撮影:岡山 佳弘 録音:趙 拿榮 編集:武田 峻彦

5月13日(金)よりテアトル梅田、

5月20日(金)よりOSシネマズミント神戸にて公開

イメージビジュアルおよび場面写真は(c)ミカタフィルム

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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