30歳のターニング・ポイントを迎えたレッドソックス・吉田の熱過ぎるシカゴ遠征。
渡米1年目から大活躍中のレッドソックス・吉田正尚外野手は球宴明けとなった14日(日本時間15日)、敵地でのカブス戦で後半戦開幕を迎えた。29歳と364日から、30歳と1日までの3日間。人生の大きなターニング・ポイントを過ごしたシカゴでの熱い72時間を振り返る。
14日の第1戦。吉田は「2番・DH」で先発。3打席凡退後、7回の第4打席で中前打、9回の第5打席で左前打。20代最後となった打席で、日本人メジャーではマリナーズ・イチローさんを越え、最長となる8試合連続マルチ安打を達成した。試合後は「越える、って言っても、それ位しか越えられないんで」と少しはにかんだ表情をみせたが、「記録というのはいずれ、途切れますし、自分の中では執着する記録ではない」と冷静だった。それより、重要視したのは、最終打席に安打が出たこと。「最後の打席は、次(の試合)に繋がる打席だと思うので、そういう意味では、明日またいいスタートが切れたらいい」と、30代の初戦として迎える第2戦に気持ちを切り替えていた。
翌日15日。試合前のミーティングでは、ベテランのターナーが蝋燭を灯したバースデーケーキを運び込み、吉田はチームメイト、コーチらに、初めて米国で迎えた誕生日を祝福された。コーラ監督は一塁側ベンチでメディアに対応。「凄いのは、2ストライク後(アプローチを変えて)逆方向に打つ技術。多くの打者が出来ることじゃない。彼はスペシャル。まだ30歳なのに」と語った。試合前に吉田に関する質問が出たのは、誕生日だから、だけじゃない。もう1試合マルチ安打すると、左打者としての球団記録となるテッド・ウィリアムス(1940年)を越えるからだ。日本メディアが、イチローさん以来となると俄然、熱を帯びるのと同じ。ボストンの英雄、ウィリアムスの名前が出ると、レ軍番記者たちの注目も一気に高まるようだ。
会見後、ダグアウトに残っていたコーラ監督に話しかけた。「昨日は打順・2番が功を奏しましたね。打順・5番だったら、第5打席はなかった」と言うと、「うん、うん。More at bats, More hits(打席が増える程、安打も増える)」と笑った。ウィリアムスに並んだという情報は入っていたそうだ。この日も「打順・2番」。指揮官も後押ししている。
5階のメディア食堂には、球団の殿堂入りで、現在、地元ボストンのスポーツ局「NESN」の解説者を務めるケビン・ユーキリス氏がいた。彼は、2007年に球団タイ記録となる9試合連続マルチ安打を達成。他には、1978年に殿堂入りのジム・ライス氏、最新では2022年のザンダー・ボガーツ(現パドレス)ら右打者4人が達成している。
「マサには是非、やって欲しい。昨日は3打席ノーヒットとなった時点で、ちょっと厳しいかなと思ったら、最後の2打席で2安打。凄いよね」。ユーキリス氏も興奮気味だ。ちなみに、同氏は9試合連続マルチ安打を達成した当時の記憶があまりないという。「実は、ボガーツが去年、タイ記録を達成した時、僕以来と記事に名前が出て、それで知った。当時のことは、あまり覚えてない。現役時代は記録についてメディアに聞かれるのが苦手でね。雑念が耳に入るのが嫌だった。でも、今は(解説者の立場だから)分かる。現役選手の活躍で、古い記録が掘り起こされるのは、とてもクールなこと。テッド・ウィリアムスの名前が出ると、野球ファンは、ほぉ〜ってなるじゃない」と言った。確かに…。吉田のお陰で歴史が紐解かれ、イチローさんが6試合連続マルチ安打を9度、7試合連続マルチ安打を5度と達成したことが報じられ、改めて、その非凡さが浮き彫りになった。
試合結果はご承知の通り。吉田は4打席無安打。連続マルチ安打試合は「8」で途切れた。試合後は「また明日、切り替えていきたい」と語り、多くのメディアは見出しに「30歳の誕生日に、ウィリアムス越えならず」と報じた。確かにバースデー快挙とはならなかったが、それは、残念というより、むしろ、あっぱれな出来事だ。29歳最後の日にイチローさんを越え、30歳の誕生日に、最後の4割打者に挑戦。もう、そのこと自体がクール過ぎる。誕生日までのカウントダウンで安打を重ね続けたからこそ、伝説の打者への挑戦権をゲットしたのだから。ロッカーで身支度する吉田にターナーが近づき、そっと右肩に手を置いた。
ブライス・ハーパーに憧れ、20代からメジャー志望が強かった吉田。国内FAを得るのが30歳。実際にはポスティング制度で29歳での渡米となったが、「どっちにしろ、大きなタイミングで30歳を迎えると思っていた。30歳前後で勝負というか。2、3年くらい前から逆算しながら、ある程度、日本で実績を積んで、30歳を迎えた時のイメージはしていた」。夢を追い、地道に実績を積み上げ、メジャーリーガーとして迎えた勝負の30代。その幕開けは、ド派手な満塁弾だった。16日のシリーズ最終第3戦。吉田は5番で先発、3打席目以降に今季11号となるグランドスラム、中越2点三塁打で自己最多タイの1試合6打点を稼いだ後に、最終打席で右前打。マルチ復活どころか、猛打賞。メジャー1年目では松井秀喜氏(ヤンキース)以来となるシーズン2本目の満塁弾で、全盛期の30代をスタートした。
結局、カブス3連戦で、吉田は14打数で1本塁打、1三塁打を含む6安打の打率・357。6打点3得点の大暴れで、シーズン100安打&50打点を記録。打率をリーグ2位の・317とし、シーズンマルチ安打試合もリーグ単独トップの36度に。チームの50勝に大きく貢献した。
「(30代前半は)年齢的にもプレーヤーとしても、一番良い時だと思う。長く(現役を)出来るように体のことも気にしながら、1年1年というか、日々、無駄なく過ごしていきたい。それが積み重なって、大きくなっていける。アスリートは30歳を越えると、どうしても変わる。自分自身、健康に気をつけて1歳ずつ年を重ねていければいい。まだまだ自分自身、進化できると思っている」
試合後、オークランド遠征に備えた荷物出しが慌ただしい中、メディア対応していた吉田の横を通り過ぎながら、ターナーが「マサ、連日の取材、お疲れ様〜」と通り過ぎていった。レッドソックスと5年総額9000万ドルで契約した吉田は、脂の乗り切ったプライム・タイムをこれから迎えることになる。打撃の神様、ウィリアムスに再挑戦するチャンスは、この先、何度でも訪れるだろう。