ネアンデルタール人も「冬眠」していた? ヒトの「人工冬眠」の可能性を探る
長期間の宇宙飛行が現実化すると何年もの間、宇宙飛行士を人工的に冬眠状態にすることが技術的な視野に入ってくる。ヒトの祖先の一部が冬眠していたのではないかという説もあり、こうした人工冬眠による医療分野への応用も研究が進んできた。人工冬眠は果たして可能なのだろうか。最近の研究論文から探る。
宇宙探査と医療への影響
近年、宇宙探査のため、ヒトを人工的に冬眠(人工冬眠、合成冬眠)させるための研究が盛んになっている。
例えば、現状の技術で火星探査へヒトを送り込む場合、往復で550日以上かかる。この間、狭い宇宙船の中で宇宙飛行士の状態を心身ともに健康に保つにはどうすればいいか議論が起きているが、その解決法の一つが人工冬眠だ(※1)。
実験動物のゼブラフィッシュに放射線を当てる研究では、人工的な冬眠状態にしたゼブラフィッシュのほうが放射線耐性が強いことがわかっている(※2)。この実験では、睡眠ホルモンのメラトニンの投与と低温によってゼブラフィッシュを冬眠状態にしたという。
冬眠中の動物は、筋肉が萎縮したりせず、骨量の減少も生じない。また、老化を抑え、寿命が延びることもわかっている。
医療分野でも人工冬眠についての研究が盛んになってきている。患者を人工冬眠状態にすることで、脳卒中後などの臓器の損傷を軽減したり、脊髄損傷などの外傷による神経回路の保護などに活用できたりするのではないかと考えられているからだ(※3)。
冬眠のメカニズムとは
最近、冬眠前のクマによる被害が多く報告されるようになっているが、ツキノワグマやヒグマも冬眠する生物だ。クマのほかに、リス、ハムスター、コウモリなどが冬眠する。
冬眠の目的は、低体温や低代謝にすることで冬季などの食料が得られない環境を乗り越えることにある。だが、冬眠する生物について、低体温や低代謝などに対し、全身の臓器がどう耐えているのか、そのメカニズムはまだよくわかっていない。
例えば、冬眠に入る際には心拍数が抑制され、呼吸数が減少し、体温が低下するが、脳のどの回路が機能するのか、冬眠しない実験用マウスでの研究が進められている(※4)。これによると視床下部の神経回路(Qニューロン)が関与し、冬眠に誘導するようだ。
冬眠中の腸内細菌がどうなっているのかについても研究は途上だ(※5)。また、冬眠中の深い睡眠状態と半覚醒状態の繰り返しに、なぜ心臓が損傷を負わずにすますことができているのかについての研究も端緒についたばかりという(※6)。
さらに、もし人工冬眠が可能になっても、もとの状態でヒトを目覚めさせる必要がある。冬眠からどうやって目覚めるのかについても、春の到来による気温の上昇や日中時間の延長といった環境変化に頼らず起きる可能性があり、それについても依然として研究が続いている(※7)。
ネアンデルタール人も冬眠をしていた?
では、実際にヒトを冬眠させることは可能なのだろうか。
冬眠へ誘導する研究はまだ手探りの状態だ。だが、すでに冬眠しない実験動物のマウスでの研究が積み重ねられ、今後はブタなどでの応用になっていくだろう。例えば、アデノシン-リン酸(アデニル酸、5’-AMP)の投与によって冬眠しない哺乳類を低代謝状態に移行できることがわかっており(※8)、前述した視床下部の神経回路への刺激などを組み合わせることが可能性としてありそうだ。
また、冬眠中の低代謝状態をどうヒトで再現するのか、そして冬眠からどう覚醒させるかはまだ研究途上だ。ただ、ネアンデルタール人が冬眠していたのではないかという研究もあり(※9)、ヒト(ホモサピエンス)も同様の遺伝子を持っている可能性がある。
人工冬眠が実現すれば、宇宙探査にも大きな影響を及ぼすだろう。また、医療の臨床現場で活用できれば、多くの命を救う可能性がある。
※1-1:A. Chouker, et al., "Hibernating astronauts-sceince or fiction?" Pflügers Archiv-European Journal of Physiology, Vol.471, 819-828, 19, December, 2018
※1-2:Matteo Cerri, et al., "Be cool to be far: Exploiting hibernation for space exploration" Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Vol.128, 218-232, September, 2021
※2:Thomas Cahill, et al., "Induced Torpor as a Countermeasure for Low Dose Radiation Exposure in a Zebrafish Model" cells, Vol.10(4), 906, 14, April, 2021
※3-1:Giacomo Stanzani, et al., "Do critical care patients hibernate? Theoretical support for less is more" Intensive Care Medicine, Vol.46, 495-497, 8, November, 2019
※3-2:Caitlin P. Wells, et al., "Life history consequences of climate change in hibernating mammals: a review" ECOGRAPHY, Vol.2022, Issue6, June, 2022
※3-3:Caiyun Liu, et al., "The future of artificial hibernation medicine: protection of nerves and organs after spinal cord injury" Neural Regeneration Research, Vol.19(1) 22-28, 31, May, 2023
※4:Tohru M. Takahashi, et al., "A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents" nature, Vol.583, 109-114, 11, June, 2020
※5:Kristen Grond, et al., "Microbial gene expression during hibernation in arctic ground squirrels: greater differences across gut sections than in response to pre-hibernation dietary protein content" frontiers in Genetics, Vol.14, 1210143, doi: 10.3389/fgene.2023.1210143, 10, August, 2023
※6:Yingyu Yang, et al., "Integrated transcriptomics and metabolomics reveal protective effects on heart of hibernating Daurian ground squirrels" Journal of Cellular Physiology, Vol.238(11), 2724-2748, November, 2023
※7:Satoshi Nakagawa, Yoshifumi Yamaguchi, "Spontaneous recurrence of a summer-like diel rhythm in the body temperature of the Syrian hamster after hibernation" PROCEEDINGS OF THE ROYAL SOCIETY B, Vol.290, Issue2009, 25, October, 2023
※8:Zhaoyang Zhao, et al., "Metabolite profiling of 5′-AMP induced hypometabolism" METABOLOMICS, Vol.10, 63-76, 2, June, 2013
※9:Antonis Bartsiokas, Juan-Luis Arsuaga, ''Hibernation in hominins from Atapuerca, Spain half a million years ago" L'Anthropologie, Vol.124, Issue5, December, 2020