対ロ制裁、ロシア凍結資産の没収で中国は「漁夫の利」を得るのか
3年目に突入したロシア・ウクライナ戦争。いま国際社会が注目する問題の一つがウクライナへの支援の継続だ。
欧州連合(EU)の加盟27カ国は2月1日、ウクライナに対する500億ユーロ(約7兆9500億円)相当の支援パッケージを承認したが、支援の最も太い柱を担うアメリカは民主党と共和党の対立の余波を受け支援の見通しが立っていない。さらに欧州では、次々に生まれる右派政権が支援には消極的で、各国で勢力を伸ばす右派政党も発言力を強めている。
こうした情勢下で再び注目を集めているのが凍結したロシア資産を没収し、ウクライナの支援に充てようという案だ。欧米や日本などが経済制裁を発動して凍結したロシアの資産は、ロシア中央銀行の資産だけでおよそ3000億ユーロ(約48兆円)とされ、このほかロシア新興財閥・オルガルヒが海外に持つ資産もある。
交戦状態にある相手国の資産を没収することは過去にも例があり、国際法の範囲とも説明される。だが今回は交戦状態にない第三国の資産の没収であり、解釈は難しい。
アメリカとEUでも一致しない
アメリカは2023年12月の主要7カ国(G7)で、「国際法で許容される対抗措置」との考え方を示したが、EUではドイツ、フランスがこれを受け入れず、意見はまとまっていなかった。ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は「窃盗だ」と欧米を激しく非難していた。
そして2月24日、アメリカの見解にも変化が訪れたようだ。米ホワイトハウスのカリーヌ・ジャン=ピエール報道官は定例会見で、「凍結されたロシア資産の差し押さえを確実にする試みにおいて、米政権がある種の困難に直面している」と述べたのだ。
大きく報道したのはロシアのタス通信で、タイトルは〈米国によるロシア資産差し押さえの試みは困難に直面する―ホワイトハウス〉だ。
記事のなかで引用された報道官の回答には「少々複雑だ」とか、「言われているほど単純ではない」といった言葉が目立ち、歯切れが悪い。
それも当然で、オルガルヒの資産であれば私的な所有を否定することに繋がりかねず、ロシア中央銀行の資産の没収では否定的な見方を示す専門家も多いからだ。
イエレン財務長官は「合法でない」
アメリカの中央銀行・FRBの議長を務めたジャネット・イエレン米財務長官も、2022年5月18日、「ロシア中銀の資産を接収し、ウクライナ再建に充てることは合法ではない」とはっきり述べている。
法的な問題ばかりではない。欧米がロシアの凍結資産を没収することで、国際金融体制にダメージが及ぶことを懸念する声も聞こえてくる。世界にはアメリカとの関係に不安を覚える国も少なくない。そうした国々がドルで在外資産を持つことに慎重になり、ドル決済に代わる手段を模索する動きが広がれば、国際金融体制にも影響が及ぶと考えられるからだ。
顕著な例はロシアだ。中ロ貿易は2023年、対前年比で26・3%増の2401億ドル(約36兆円)と過去最高を更新し、その多くが人民元決済だった。またロシアはインドとの貿易でも、その一部を人民元での決済に切り替えた。こうした動きはアメリカと対立するイランなどの国だけでなく、中東の産油国や中南米の国にも少しずつ拡大している。中国は人民元の存在感を高めるまたとない機会を得たことになる。
中国とロシアの相互補完性
対ロ制裁に踏み切った欧米にとってさらに予想外であったのは、ロシア経済の思わぬ堅調ぶりだ。米CNNは2月25日、ロシアの国庫の現状を「3年目に突入したウクライナ侵略の前の水準に比べ13倍以上の現金を抱えるかつてない潤沢ぶり」だと報じた。
主因はインドへの原油輸出。「昨年、過去最高となる370億米ドルに達した」というが、一方で中国の果たした役割も決して小さくはない。
欧米からの制裁によってロシアに入る消費財の大部分を中国が代替して供給することになったからだ。中国の輸出業者にとっては巨大な専用市場が生まれたことを意味する。
中国の強みは何といってもありとあらゆる製造業が国内に存在する点だ。かつて世界の工場と呼ばれたことはよく知られているが、その中国は2019年「国際連合の国際標準産業分類の全ての工業分類を擁する国」(『人民日報日本語版』2019年9月21日)となり、その後も製造業大国としての地位を維持し続けている。
ロシアへの制裁は中ロ関係の相互補完性を両国に認識させる機会を与えてしまったのではないだろうか。