新型コロナ報道、米国の実態とズレたのはなぜ?
米国で新型コロナウイルスが猛威か!?こんな見出しの記事が一部のメディアから流され、読者を刺激している。しかし、米国内の報道や米政府の疾病対策センター(CDC)の対応を見ると、少なくとも今のところは、猛威の「も」の字もなく、その兆しすら見えない。なぜ現実からかけ離れた報道が独り歩きしてしまっているのか。そこには、日本のメディアの構造的な問題が潜んでいる。
刺激的な見出し
「死者1万人超、アメリカで『インフル猛威』のなぜ」
「米、インフル症状に新型ウイルス検査へ 対策を大幅強化」
「死者1万人超『米国インフル猛威』は新型コロナかもしれない」
「米、新型ウイルスの検査開始へ インフル検査で陰性の患者に」
先週後半から今週前半にかけ、実際にネットに流れた主要メディアの見出しの一覧だ。流れた日付順に並べてある。拾い切れていないだけで、ひょっとしたらもっと流れているかもしれない。
新型コロナウイルスで日本中が大騒ぎになっている今、ネットでニュースや情報を検索中に、こんなような見出しが目に飛び込んできたら、普通の読者はどう反応するだろうか。「米国が、新型コロナで大変なことになりそうだ」「これは世界中、大変なことになるかもしれない」と不安になる人も多いだろう。1本目の見出しは、「新型」という文字こそ入っていないものの、「なぜ」という一言があることで、「理由はひょっとして、新型コロナ?」と勝手に思い込む読者もいるかもしれない。
見出しが気になって、クリックした人も多いに違いない。記事は、1本目を除き、いずれも、CDCが14日に会見を開き、新型コロナ対策の強化を発表したという内容だ。ところが、記事に目を通した後、CDCのホームページに残っている会見のテープを聴いたり、米国内で流れている記事をチェックしたりしたところ、日本で流れている記事のトーンやニュアンスが、会見や米国内の記事のそれとはかなり違うことに気付いた。
正確に報道されていないCDC会見
14日のCDCの会見は、一部のメディアを対象とした電話会見で、テレビカメラも入っていない簡単なものだった。初めに、国立予防接種・呼吸器疾患センターのナンシー・メッソニエ所長が、10分ほど新型コロナウイルスの感染の状況や米国内のインフルエンザに関する最新の患者数などを説明した後で、質疑応答を20分ほど行い、計約30分で終了した。
CDCが新型コロナウイルス対策を強化すると述べたのは、メッソニエ所長の説明の終わりのほうで、一瞬だった。日本のメディアが伝えたように、CDCが、ニューヨークやロサンゼルスなど全国5都市にある公衆衛生検査機関と協力し、インフルエンザに似た症状のある患者に対し新型コロナウイルスの検査をするという内容だった。
しかし、この対策強化の方針は、メッソニエ所長が14日の会見で初めて公表したものではなく、その前日に、保健福祉省のアレックス・エイザー長官がすでに言及していた内容だった。メッソニエ所長自身、会見でそう断っており、エイザー長官もメッソニエ所長の電話会見より以前に出演したラジオ番組で、まったく同じことを話している。
米メディアはほぼスルー
CDCの対策強化が本当にニュースに値する重要な内容なら、前日の13日のうちに米メディアが一斉に報じていたはずだ。しかし、米国のニュースを検索しても記事は見当たらなかった。
日本の一部のメディアが流した記事の見出しや中身を読むと、CDCがのっぴきならない状況で対策に乗り出したという印象も受ける。しかし、エイザー長官は、ラジオ番組の中で、「先を見越した」「先回りした」を意味する「proactive」という言葉を使いながら、今回の対策はあくまで米国内での感染の広がりを未然に防ぐための、計画された入念な予防策の一つであることを、落ち着いた口調で述べている。もちろん、警戒は強めているが、日本政府のようなバタバタ感はまったくない。
日本のメディアの中にも、米国内では新型コロナよりも通常のインフルエンザが猛威を振るっていることのほうがむしろニュースになっていることや、そのインフルエンザにしても今のところは新型コロナとは関係ない可能性が高いという見方を伝えるなど、米国内の実際の空気を冷静に伝えているところもある。だが、新型コロナウイルスのニュースに敏感になっている日本の読者の目にはなかなか留まりにくい。
通信社の影響
なぜ、米国内の実際の空気とかけ離れたトーンやニュアンスの記事が日本で流れてしまうのだろうか。理由はいくつかあるが、ここでは、通信社に依存する日本メディアの体質を指摘してみたい。
海外では特にそうだが、テレビや新聞はすべて自前で取材しているわけではない。通常の取材の陣容は極めて限られており、自前でカバーしきれない部分を通信社に頼っている。
通信社は、今でこそネットを使い読者に直接記事を届けることもできるが、本来の役割は、テレビや新聞が追わない細かいニュースを丁寧に拾って記事にし、テレビや新聞に配信することだ。テレビや新聞のしかるべき担当者は、通信社から配信されたニュースをチェックし、そのまま自社の媒体に載せたり、あるいは自社で追加取材し、独自記事として掲載したりする。したがって、あるニュースに対する通信社の記事のトーンや価値判断が、テレビや新聞の報道に影響してしまう場合も珍しくない。これはかつて、日本の大手新聞社の駐米記者として、米国で取材し記事を書いていた筆者の体験談でもある。
今回の米国の新型コロナ対策に関する記事は、まさに典型例だ。筆者の気づいた限りでは、CDCの会見の記事を最初に日本語で流したのは、フランスの通信社AFPだった。冒頭に並べた見出しの2番目だ。
この見出しの最後に「大幅強化」という文字が入っているが、これは記事の中に出てくる「米国内の新型ウイルス対策が大幅に強化された形だ」という一文から取っている。AFPの元々の記事はおそらく英語の記事で、日本で流れている記事はそれを翻訳したものだ。元々の英語版が見つからないため、「大幅に強化」という言葉が英語でどう表現されているのか筆者にはわからない。だが、AFPの記事のこの一言が、「これは大ニュースではないか」という印象を他のメディアにも与えてしまった可能性は否定できない。実際、3番目の見出しの記事は、AFPの記事を引用している。
正しい報道を見抜く目を
4番目の見出しの記事にも影響を与えた可能性がある。4番目は、通信社のロイター通信の記事だ。ヤフーニュースに18日に配信したことになっているが、記事を見ると、元々の日付は14日。日本語に翻訳して流すまでに4日のタイムラグがある。速報性を重視する通信社には珍しい。
筆者の想像だが、14日に配信した元々の英語の記事は、当初は、たいしたニュースではないとの判断で日本語に訳されないままだったのではないか。ところが、他のメディアに同じような記事が流れ、しかも読者の反応が大きいことを知り翻訳することにした、というのが4日もずれた理由ではないだろうか。
こうした実際の状況とメディアの報道との間のトーンやニュアンスの違いというのは、国内のニュースでは起きにくい。自国のことは読者も詳しいため、報道におかしいところがあればすぐに気付くからだ。ところが、海外ニュースはそうはいかない。ネット時代で様々なニュースが飛び交う中、どのメディアがより正確に事実を伝えているのか、冷静に見抜く目がますます必要となってくる。